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第十七章
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カーライルは、自分の見てきたことをすべて、皆に話した。大峡谷の向う側に大きな亀裂があったこと。すでに崩落が始まっていたこと。そして、自分たちの住む大陸の下方には、もうひとつ大陸があったこと。
「もしかすると、世界にはまだだまたくさんの大陸が空に浮いているのかもしれない」
「簡単には信じられないけどね」
リュドミナは肩をすくめてそう言った。
「少なくとも帝国の歴史が始まってからこっちのことしか、わたしたちは知らないんだから」
歴史という意味では、オージュルヌほうが、フェーレジュルヌ帝国の歴史よりもずっと長い。この大陸に生きる人の背には、皆、羽があったというのだから。羽をもたなくなってから長い時が経った後に建国された帝国の人間に、帝国の外の世界のことをわかれといわれても、実感がわかなくて当然だ。
「ここも崩れて消えちまうのかね…」
「すぐかどうかはわからない。東側は完全に山脈が崩壊していたけど、南北は安定しているように見えた。西側も崩れたのは、外側だけだ。すぐに全部崩れるとは言えないと思う」
カーライルは見てきたこと、感じたことをそのままに語った。
夜になって、アーネスティが訪ねてきた。タシタカの外れにある湖でエセルバートが待っているというのだ。
月明りの下、アーネスティと肩を並べながら、林の中を歩いていく。
「それで、二つの集落はどうなったんだ」
「間一髪で助かったのよ。崩れ落ちたのは、皆を大峡谷の手前まで避難させたあとだった」
ハーヴィーから知らせを受けたエセルバートは、急遽、年若い羽人をかき集め、救助に向かわせたのだという。先行していたアーネスティとともに、手助けが必要な者たちが逃げ遅れないように手分けして、全員で大峡谷を渡り切った。
あの地響きが鳴り渡ったのはその直後だったという。
「オージュルヌだと、あの崩落の衝撃はすごかったんだろうな。タシタカにいてもかなり揺れたから」
「うん。…正直、怖くて足が震えたわ。あなたが逃げろと言ってくれなかったら、みんなを助けることなんてできなかった」
「良かったよ。役にたてて」
月明りをたたえた湖の向うに、ゆっくりと羽を休めているエセルバートの姿があった。
「カーライル…」
「エセルバート様」
「カーライル、今度のことは、どう感謝すればいいか。おまえのおかげで、いくつもの命を救うことができた」
「おれにできることをしただけですよ」
「そうだ。羽を失ったおまえが、羽のあるわたしたちにはできなかったことをやり遂げた」
エセルバートは、そう言って養い子を久方ぶりに抱きしめた。
「こんなに、小さくなってしまったおまえが…」
羽を失ったカーライルは、オージュルヌを出奔してからわずかの間に、また一回りほど小さく華奢になっていた。もうこの症状は治まることはないだろう。
「羽を失ったことを悔やんでも、どうにもなりません。自分にできなくなったことを悔やむより、自分にできることをやったほうがいいんだ」
それはエセルバートに答えるというより、自分に言い聞かせた言葉だった。
「おれには、もう羽人の羽はないけど、キールとキールの子どもたちが作ってくれた羽があるんだから」
「そうか…」
エセルバートは、ゆっくりとカーライルの体を離すと、長の顔に戻った。
「おまえは、この大陸の下に、別の大陸があるのを見たそうだね」
「はい」
「羽人の長に代々伝わっていることがある。大陸には寿命があるのだ。それは数百年であるのか数千年であるのかは定かではない。ただ永遠ではないのだ。大陸に寿命がきたとき、移り住むために、わたしたちの背には羽がある」
「なら…」
「わたしたちは、新しい大陸へ行くべきなのだろう」
移り住むのであれば、片道だけだ。助け合えば、羽人たちは新しい大陸へ飛んで行くことができるかもしれない。
「おれは、ここに残ります」
「カーライル!」
アーネスティが悲鳴のような声を上げた。
「どのくらいの時間がかかるかわからない。でも、キールが残してくれたこの鉄の羽をみんなが使えるようになれば、羽人でなくても新しい大陸へ渡ることができる。それまで、新しい大陸をお願いします」
「わかった…。お前の思うようにするが良い」
エセルバートはうなずき、奥深い湖のような光をたたえた瞳を伏せた。
そして、ゆっくりと羽を広げると、月明かりの向う、オージュルヌへと帰っていった。
「もしかすると、世界にはまだだまたくさんの大陸が空に浮いているのかもしれない」
「簡単には信じられないけどね」
リュドミナは肩をすくめてそう言った。
「少なくとも帝国の歴史が始まってからこっちのことしか、わたしたちは知らないんだから」
歴史という意味では、オージュルヌほうが、フェーレジュルヌ帝国の歴史よりもずっと長い。この大陸に生きる人の背には、皆、羽があったというのだから。羽をもたなくなってから長い時が経った後に建国された帝国の人間に、帝国の外の世界のことをわかれといわれても、実感がわかなくて当然だ。
「ここも崩れて消えちまうのかね…」
「すぐかどうかはわからない。東側は完全に山脈が崩壊していたけど、南北は安定しているように見えた。西側も崩れたのは、外側だけだ。すぐに全部崩れるとは言えないと思う」
カーライルは見てきたこと、感じたことをそのままに語った。
夜になって、アーネスティが訪ねてきた。タシタカの外れにある湖でエセルバートが待っているというのだ。
月明りの下、アーネスティと肩を並べながら、林の中を歩いていく。
「それで、二つの集落はどうなったんだ」
「間一髪で助かったのよ。崩れ落ちたのは、皆を大峡谷の手前まで避難させたあとだった」
ハーヴィーから知らせを受けたエセルバートは、急遽、年若い羽人をかき集め、救助に向かわせたのだという。先行していたアーネスティとともに、手助けが必要な者たちが逃げ遅れないように手分けして、全員で大峡谷を渡り切った。
あの地響きが鳴り渡ったのはその直後だったという。
「オージュルヌだと、あの崩落の衝撃はすごかったんだろうな。タシタカにいてもかなり揺れたから」
「うん。…正直、怖くて足が震えたわ。あなたが逃げろと言ってくれなかったら、みんなを助けることなんてできなかった」
「良かったよ。役にたてて」
月明りをたたえた湖の向うに、ゆっくりと羽を休めているエセルバートの姿があった。
「カーライル…」
「エセルバート様」
「カーライル、今度のことは、どう感謝すればいいか。おまえのおかげで、いくつもの命を救うことができた」
「おれにできることをしただけですよ」
「そうだ。羽を失ったおまえが、羽のあるわたしたちにはできなかったことをやり遂げた」
エセルバートは、そう言って養い子を久方ぶりに抱きしめた。
「こんなに、小さくなってしまったおまえが…」
羽を失ったカーライルは、オージュルヌを出奔してからわずかの間に、また一回りほど小さく華奢になっていた。もうこの症状は治まることはないだろう。
「羽を失ったことを悔やんでも、どうにもなりません。自分にできなくなったことを悔やむより、自分にできることをやったほうがいいんだ」
それはエセルバートに答えるというより、自分に言い聞かせた言葉だった。
「おれには、もう羽人の羽はないけど、キールとキールの子どもたちが作ってくれた羽があるんだから」
「そうか…」
エセルバートは、ゆっくりとカーライルの体を離すと、長の顔に戻った。
「おまえは、この大陸の下に、別の大陸があるのを見たそうだね」
「はい」
「羽人の長に代々伝わっていることがある。大陸には寿命があるのだ。それは数百年であるのか数千年であるのかは定かではない。ただ永遠ではないのだ。大陸に寿命がきたとき、移り住むために、わたしたちの背には羽がある」
「なら…」
「わたしたちは、新しい大陸へ行くべきなのだろう」
移り住むのであれば、片道だけだ。助け合えば、羽人たちは新しい大陸へ飛んで行くことができるかもしれない。
「おれは、ここに残ります」
「カーライル!」
アーネスティが悲鳴のような声を上げた。
「どのくらいの時間がかかるかわからない。でも、キールが残してくれたこの鉄の羽をみんなが使えるようになれば、羽人でなくても新しい大陸へ渡ることができる。それまで、新しい大陸をお願いします」
「わかった…。お前の思うようにするが良い」
エセルバートはうなずき、奥深い湖のような光をたたえた瞳を伏せた。
そして、ゆっくりと羽を広げると、月明かりの向う、オージュルヌへと帰っていった。
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