空の話をしよう

源燕め

文字の大きさ
上 下
34 / 70
第十章

(1)

しおりを挟む
「アーネスティ! ああ、オージュルヌに帰っていたんだな。ちょうど良かった」
 長い廊下に日射しが差している。このオージュルヌでは午後になっても、その日射しは強く、磨き抜かれた大理石の床が、白く光りを反射している。呼び止められたアーネスティが振り返ると、その背にある白い羽にも光がきらめいていた。
「なにか用?」
 普段から愛想のよくないアーネスティだが、どうやら今日はさらに機嫌が悪いようで、いつもよりも不愛想に返事をすると、呼び止めたほうもちょっとためらいがちに話を続けた。
「…ああ、長殿がおまえを呼んでいた」
「また…」
「おまえも苦労するな。よりにもよって、あんな奴を婚約者に持ったばっかりに」
「婚約なんて、とうに解消したわ」
「それでも、いまだに後見人を引き受けているじゃないか。見かけによらず世話好きなんだな」
「あいつに身寄りがいないのだから、仕方がないでしょう。ほっておくわけにもいかない」
「そういうところが、お人よしだって、言うんだよ」
 アーネスティをからかっている者の背にも、同じように大きな白い羽があった。

 目の前には自分の背の二倍はありそうな立派な扉がある。アーネスティは、ひとつ溜息をつくと、その扉を控えめに叩いた。
「入れ」
 扉の向う側から聞こえたのは、重々しい古びた声だった。
 アーネスティが部屋に入ると、その奥には、青銀色の髪を膝の下あたりまで長く伸ばした、美しい羽人がゆったりと座っていた。人間の老人のように皺があるわけでも、背が曲がっているわけでもない。一見すれば、まだ二十代の若者にも見える。ただ、よく見れば、その髪にも肌にも若々しい艶はなく、その瞳は、深い湖の淵のように静かに沈んでいた。
「アーネスティです。ただいま戻りました」
 羽人の長の前まで進みでて、膝を折ると、型どおりの挨拶をした。
「息災か?」
「はい、エセルバート様。お気遣いありがとうございます」
「何故、ここに呼ばれたのか、理由はわかるか?」
「いえ、しかとは…。ただ、あの者のことではないかと」
「わかっているではないか」
「では、やはりカーライルが何か?」
「このオージュルヌを抜け出したようだ」
「な…!?」
「その様子だと、いなくなったことに気付いておらなんだか」
「申し訳ありません」
「そなたの監督不行き届きであるな」
「…返す言葉もございません」
 アーネスティは、さらに深くこうべを垂れた。
「あの者が、おとなしくしているとでも思っておったか」
「いえ…。しかしながら、カーライルはすでに羽を失くしており、自由にどこへでも行けるわけもないと。これまで通り館で待っているものと…」
「地方の視察で留守がちなそなたに、カーライルを預けたわたしにも落ち度はある」
「エセルバート様、そのようなことは…」
「そなたと、カーライルの婚約を認めたのも、その婚約解消を認めたのも、長であるこのわたしだ。責任はあろう」
「どちらも、わたしの申し出を認めてくださってのことです」
「カーライルの病状は?」
「…良くはありませんでした」
 アーネスティが少し唇を噛んでそう答えた。アーネスティが最後にカーライルの姿を見たのは、地方視察でオージュルヌを立つ前の話だ。もう数か月近く前になる。
「羽を切り落したのだ。さもあろう」
「もう、随分と若くなってしまい。十五・六の少年のように見えるかと…」
「…それでも、よく生きながらえているものだ」
 長であり、羽人として最も長く同朋を見てきたエセルバートでも、羽を失ってなおこれほどの年月、生き続けている者を知らなかった。
「はい」
 絞り出すようなアーネスティの返事に、しばし重苦しい空気が漂った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【シーズン2完】おしゃれに変身!って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね?

ginrin3go/〆野々青魚
児童書・童話
「どうしてこんな事になっちゃったの!?」  陰キャで地味な服ばかり着ているメカクレ中学生の月澄佳穂(つきすみかほ)。彼女は、祖母から出された無理難題「おしゃれしなさい」をなんとかするため、中身も読まずにある契約書にサインをしてしまう。  それは、鳥や動物の能力持っている者たちの鬼ごっこ『イソップ・ハント』の契約書だった!  夜毎、コウモリ女に変身し『ハント』を逃げるハメになった佳穂。そのたった一人の逃亡者・佳穂に協力する男子が現れる――  横浜の夜に繰り広げられるバトルファンタジー! 【シーズン2完了! ありがとうございます!】  シーズン1・めざまし編 シーズン2・学園編その1  更新完了しました!  それぞれ児童文庫にして1冊分くらいの分量。小学生でも2時間くらいで読み切れます。  そして、ただいまシーズン3・学園編その2 書きだめ中!  深くイソップ・ハントの世界に関わっていくことになった佳穂。これからいったいどうなるのか!?  本作はシーズン書きおろし方式を採用。全5シーズン順次書き上がり次第公開いたします。  お気に入りに登録していただくと、更新の通知が届きます。  気になる方はぜひお願いいたします。 【最後まで逃げ切る佳穂を応援してください!】  本作は、第1回きずな児童書大賞にて奨励賞を頂戴いたしましたが、書籍化にまでは届いていません。  感想、応援いただければ、佳穂は頑張って飛んでくれますし、なにより作者〆野々のはげみになります。  一言でも感想、紹介いただければうれしいです。 【新ビジュアル公開!】  新しい表紙はギルバートさんに描いていただきました。佳穂と犬上のツーショットです!

かつて聖女は悪女と呼ばれていた

楪巴 (ゆずりは)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」 この聖女、悪女よりもタチが悪い!? 悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!! 聖女が華麗にざまぁします♪ ※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨ ※ 悪女視点と聖女視点があります。 ※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪

【完結】HARBINGER〜人類滅亡の世界で蔓延る記憶喪失の謎〜

澄海
児童書・童話
ここは人類滅亡後の世界。朽ちた建物だけが残るこの場所で犬たちがのんびり暮らしていた。 ある日、犬のルヴァンは自分の影が二つになっていることに気づく。ルヴァンは不思議な影に導かれ、仲間とともに人間滅亡の原因を探る旅に出る。途中ルヴァンは記憶を失った多くの犬たちに出会う。  なぜ記憶を失う犬たちが増えているのか。そしてなぜ人間は滅亡したのか。  謎を解く鍵を握るのは人間が犬と会話するために作った一体のロボットだった。ルヴァンはロボットとの会話を通じて、人間滅亡の秘密と犬たちの記憶喪失の真相に迫る。

星座の街のエル&ニ−ニョ 〜世界を石に変えてしまったふたり〜

藍条森也
児童書・童話
 お転婆なエルはダナ家の子。  やんちゃなニ−ニョはミレシア家の子。  星座の街を二分する名家として常にいがみ合う両家。その両家に生まれたエルとニ−ニョはことあるごとに張り合っていた。ある日、子供っぽい意地の張り合いから《バロアの丘》へ肝試しに向かうことに。その体験からお互いを認め、兄弟分となったふたり。しかし、大人たちはそれを認めず、家に監禁して引き離そうとする。反発したふたりは家出を決行。人里離れた野山の中で力を合わせて暮らし始める。  ところが、大人たちは、互いに相手の家にさらわれたのだと決めつけ、戦争状態に突入。責任を感じたエルとニ−ニョは《邪眼のバロア》の復活を装い、戦争を食い止めようとする。ところが──。  ふたりが呪いの言葉を放ったとき、世界のすべては石へと変わった。  なぜ、こんなことになったのか。  答えを求め、奔走するふたり。  空は透明な闇に覆われ、飛来するは無数のデイモン。対するはたったふたりのただの子供。史上、最も戦力差のある戦いがいま、はじまる。  ※毎日18:30更新。   2022/7/14完結

夜空駆ける翼

四季
大衆娯楽
未来へ飛び立ちたい詩です。 2019.12.2

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

逃げるが価値

maruko
恋愛
侯爵家の次女として生まれたが、両親の愛は全て姉に向いていた。 姉に来た最悪の縁談の生贄にされた私は前世を思い出し家出を決行。 逃げる事に価値を見い出した私は無事に逃げ切りたい! 自分の人生のために! ★長編に変更しました★ ※作者の妄想の産物です

【完結】やいまファンタジー、もうひとつの世界

BIRD
児童書・童話
2024.8.28 本編完結しました! 七海とムイ、ふたりの視点で進む物語。 八重山諸島の伝説の英雄オヤケアカハチが、ちがう未来に進んだ世界の話です。 もしもイリキヤアマリ神がアカハチに力を貸していたら? もしも八重山(やいま)が琉球国や日本とは別の国になっていたら? そんなことを考えながら書いています。 算数が苦手な小学6年生・城間 七海(しろま ななみ)。 0点をとってしまった答案用紙を海辺へかくしに行ったら、イタズラ者のキジムナー「ムイ」に答案用紙を飛ばされた。 七海はそれを追いかけて海まで入っていき、深みにはまって流されてしまう。 あわてたムイが七海を助けようとしたとき、不思議な光の円が現れた。 2人が引きこまれたのは、星の海。 七海はそこで、自分そっくりな男の子とすれちがう。 着ている服がちがうだけで、顔も体つきもそっくりな子。 七海そっくりな男の子はこう言った。 「やあこんにちは。あとはまかせたよ」 けれど七海が話しかける前に、男の子は通り過ぎてどこかへ消えてしまう。 七海たちが光のトンネルからおし出された場所は、知らない砂浜。 キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、知らない大人たちがあわてた様子でかけ寄ってきた。 七海は、だれかとまちがわれて連れて行かれてしまう。 そこは、七海の世界とはちがう歴史をもつ、もうひとつの世界。 七海は、ヤイマ国の第七王子ナナミにそっくりだった。 おまけに、ヤイマ国の王妃は、七海のママにそっくり。 王妃から「ナナミがもどってくるまで第七王子のフリをしてほしい」とお願いされた七海は、しばらくお城で暮らすことになる。 ひとりっこの七海に6人も兄が出来て、うれしかったり、とまどったり。 すぐ上の兄リッカとは、いちばんの仲良しになる。 七海が王子の代わりに勉強することになるのは、なんと魔術(マジティー)。 七海は魔術書を読んでみて、その内容が算数よりもずっとカンタンだと気づいた。 ※第2回きずな児童書大賞エントリー 8月から本編スタートしました。 おまけとして、島の風景や暮らしや伝説なんかも書いています。 沖縄の食べ物も画像つきで紹介!

処理中です...