空の話をしよう

源燕め

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第九章

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「ちょっと、あんた。カーライルだっけ、顔貸しな」
「おれ?」
「あんた以外にいないだろ」
 ハーレが学生時代に設計したという飛空艇に夢中になっているトーヤとリーヤを脇に、ちょっと物騒な顔をしたリュドミナがカーライルを呼びつけた。
「双子ちゃん、わたしちょっと、外で煙草吸ってくるから」
「はーい」
「ごゆっくり」
 片手でひらひらと双子に手を振りながら、もう一方の手でカーライルの腕を引っ張り、倉庫の外へ出た。
 夕陽がもう地上すれすれのところまで落ちかかっていて、あたりは真っ朱に染まっている。リュドミナは、双子に言った通り、胸のポケットから紙巻煙草を取り出して、火を点けた。
 ふうと一息つくと、その箱をカーライルに差し出した。
「いや、おれは…」
「歳、見かけ通りじゃないんだろ」
 リュドミナの言葉にどきりとしたが、カーライルは煙草を受け取らなかった。
「ハーレは、初日から受け取って、盛大に咳込みながら吸ってたけどね。十五歳だったってのに、悪いこと教えちゃったよ」
「ハーレには煙草は似合わないって、言っておいたけど…」
「まあ、かっこつけてるけど、地はかわいい顔してるからね。わたしには似合わないって言わないのかい?」
「だって、似合ってるし…」
 大柄で堂々としているリュドミナが、倉庫の壁に背を預けて煙草をふかしている姿には、どこか絵になるような風格があった。
「そりゃ、どうも」
 カーライルが差し出した煙草を受け取らないとわかったリュドミナは、そのまま自分のポケットにしまい込んだ。
「で、あんただ。なんで、連れ出したかわかるかい?」
「いや…?」
 東から少しずつ夜の色に空が染まってくる。ひとつ、ふたつと星が輝き始めていた。それはカーライルの青銀色の髪と同じ色だった。
「善良な双子ちゃんたちは騙せても、わたしまで、同じようにはいかないよ」
「騙してなんか…」
「タシタカには、羽人の話は伝わってないのかねぇ…」
 リュドミナが吐き出したのは、煙草の煙なのか、溜息なのか、そのまま少し黙りこんだ。
「ハーレから、何か聞いていたのか?」
 沈黙に我慢できずに口を開いたのはカーライルの方だった。
「あの子は、あんた以上の秘密主義だよ。全部自分の中に抱え込んで、恩師のわたしにだって、ひとことも相談なんてしやしなかった」
 指で持てるぎりぎりまで煙草を吸い切ると、意外にも足で踏み消すようなことをせず、手持ちの携帯灰皿でもみ消すと、そのまま吸殻も仕舞った。やはり、エンジンの技術者だけあって、火の扱いには用心しているようだった。
「カーライル、あんた、背中の羽、どこにやった?」
「……」
 カーライルは、リュドミナの目を見つめ返した。
「あの目立つ羽がなくても、その青銀色の髪をみれば、ぴんとくるだろ」
「銀色? ちょっと薄い金髪なだけで、それほど珍しい色じゃない…」
「ごまかせるわけないだろ。この帝国にあんたみたいな髪の色の奴はいないさ」
 トーヤやリーヤのようにはいかないよと、リュドミナはそう続けた。
「どうして、羽人が帝国にいる? オージュルヌと帝国の間に不可侵協約があるのを知らないわけじゃないだろう」
「…」
 カーライルは答えなかった。答えられなかった。
「もう一度聞く。羽はどうした?」
「羽はないんだ…」
「ない?」
「傷がもとで、壊死したから、切り落したんだ」
 リュドミナに取っては思いがけない言葉だったのだろう。うつむきながら話すカーライルから目をそらした。
「なら、どうやって、この帝国までやってこれた。羽がないのに」
「それは…」
「リュドミナ先生、カーライル兄ちゃん、何してるの?」
 倉庫の扉からひょっこり顔を出したのはリーヤだった。
「先生、倉庫の中、真っ暗になっちゃたんですけど、ランプかなにかありませんか?」
「ランプ? そんなもの必要ないね。ちょっと待ってな」
 リュドミナは外にある、発動機を起動すると、バッテリーの状態を確認した。
「長い間ほったらかしにしていた割には、ちゃんと動くね。やっぱりわたしの設計に間違いはない!」
 そう言うと、倉庫の内側のスイッチを入れた。
 突然、倉庫の内側が明るくなる。
「わあ!」
 双子が声をあげるも無理はない、天井につるされた電灯は、ランプの何倍も明るかった。
「まあ、こいつは、けっこう燃料を喰うから、一晩中つけておくわけにはいなかいけどね」
 まだ、広げっぱなしになっていた図面をくるくると丸めて片付けながら、リュドミナが説明した。
「さすがに、ちょっと腹が減ったね。昼から運転し通しだったし。リーヤ、トーヤ、隣の小屋が台所になってる。夕食の準備をしてもらってもいいかい?」
「はい」
「そっちの小屋も電灯がつくから。煮炊きは薪だけどね。リーヤ、料理はできる?」
「飛空艇の設計の次に得意です!」
「そりゃ、心強い。でもね、お嫁に行くには、その順序は逆のほうがおすすめだよ」
「お嫁にはいかないから、心配いりません。リュドミナ先生だって、そうでしょ?」
「こりゃ、まいったな。たしかに、わたしはエンジンと結婚しちまったみたいなもんだから…」
 リュドミナが気まずそうに、頭を掻いた。
「リーヤ、それはだめだぞ!」
 横から、トーヤが口を挟んだ。
「亡くなった父さんと母さんに約束したんだ。おれが、リーヤをちゃんと嫁に出すって。嫁入り道具だって、ちゃんと揃えるし、花嫁衣裳だって、おれが何とかするって…」
 想像力豊かに、その時のことを考えてしまったのか、トーヤの目が潤み始めた。
「はあ? わたし、嫁入り箪笥より、新しい工具箱を誂えてもらうほうが、嬉しいんだけど」
「ごめん、父さん、母さん。おれ、約束、守れそうにない…」
「リーヤが結婚するかどうかなんて、まだまだわからないだろ。心配するのが早すぎるって」
 そうカーライルが助け船を出すと、トーヤは、ぐずぐずになっていた鼻水を盛大にすすりあげた。
「そうだよな。カーライル兄ちゃん。おれ、どんなに寂しくなったとしても、ちゃんとリーヤを嫁に出すよ」
「トーヤ、なんか忘れてるみたいだけど、リーヤを嫁に出す頃にはさ、トーヤ自身にもかわいいお嫁さんが来てくれると思うぞ」
「…?」
 どうやら、トーヤは自分のことには無頓着だったらしく、自分の結婚のことは考えもしてなかったようだ。どちらにしろ、まだ十二かそこらの双子にとって、結婚は遠い話には違いなかった。
 カーライルは、思いがけない双子の将来のことで、話がそれたことにほっとした。
 しかし、こちらを見るリュドミナの目つきは、まだカーライルのことを信じているとは言い難く、また、双子がいないところで、問い詰められることになりそうだった。
「火を起こすのに、薪がいるんだよな。おれ、林の中へ行って集めてくるよ」
 カーライルは、リュドミナが一緒に行くと言う前に、倉庫の外へ駆けだしていった。
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