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第四章
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「あんたかい、新しい操縦士って」
カーライルに小声で話しかけてきたのは、小柄な青年だった。年のころは二十歳を少しすぎたくらいだろうか。
「聞いているのか? 一昨日、墜落したんだ。あんたその代わりなんだよ」
「え、墜落…!」
「そう、高度を上げ過ぎて、エンジンがそれに耐えられなくて、急に失速したんだ」
「なんで、そんな無茶を」
「アスガネ工房の機体に勝つためさ」
「アスガネ工房のこと、知ってるのか?」
「もちろん、おれ、昨年までアスガネ工房にいたからね。そんなやつら、ここには大勢いるぜ」
「なんでハーレ商会に?」
「借金まみれのアスガネ工房じゃ、まともな飛空艇開発なんてできないからさ。今年の実験飛行にだって出て来るかどうか…」
「出て来るさ!」
「なんで、おまえにそんなことがわかるんだよ」
カーライルは、手渡された飛行服に着替えて、機体の側に近寄った。トーヤとリーヤの機体よりも細身ですっきりとしている、尾翼も細いが、その分高さがある。
双眼鏡を手にしたハーレが事務所から出てきた。さきほどと違って、ほかの作業員やエンジニアと同じつなぎを着ているのが以外だった。
「準備はできたか? 今日は、上がって降りるだけでいい。高度も自分ができる範囲でかまわない」
雑な手順で、操縦方法を教えられただけだ。こんな状況で飛ぶのなら、前任者が墜落するのも頷ける。
「一度、空に上がると誰も助けられない。自分だけを信じることだ」
これまで、様々なことを経験してきたカーライルだったが、まさか、自分の操縦で空を飛ぶはめになるとは思わなかった。
アスガネ工房でプロペラを回す実験は見ていたものの、プロペラの回る風だけで、これほど大きな機体が宙に浮くとは思わなかった。
しかし、本当に飛んだ。
初めて飛んだ空は、青く澄んでいて美しかった。しかし、その美しい光景に見とれている暇はなかった。
「応答しなさい! カーライル!」
この無線というのにはどうにも馴れない。その人がいないのに、近くで声がするのがなんとも奇妙な気分だ。
「聞こえているだろう!」
ハーレの声だ。
「高度、エンジン回転数、残燃料、報告」
カーライルは、指示された通りに、計器の数字を読み上げると、早々に帰還命令がでた。
着陸はもっとも気をつかう操縦だが、ハーレが事細かに、無線で指示をだしてくれた。なるほど、こういう使いかたができるのであれば、無線も役にたつ。
カーライルが操縦席から降りると、周りの整備員がかけよって、燃料を補充する。どうやら、まだ何回か飛行する必要がありそうだ。
その脇で、紙を挟んだボードにものすごい速度でメモをしている人間がひとり。ハーレだ。その姿をみて、トーヤとリーヤを思い出した。
「どうなんだ?」
「カーライルか。だめだな。まだろくな高度もだしていないのに、ふらふら飛んでいる。もっとしっかりと操縦桿を握れ、握力はあるんだろう?」
そう言って、カーライルの右手を握ってきた。
その言葉にカーライルは、力を入れて握り返した。女と思って加減して。しかし、握り返された握力はとても女性のものではなかった。カーライルは慌てて全力で握り返した。ハーレが小さく声を出したので、はっとしてカーライルは力を緩めたが、相当な力を入れてしまった。
「合格点だ」
ハーレが珍しく、笑みを浮かべて答えた。
「あんた、相当な握力だな」
「女なのに、か?」
「いや、そういうわけじゃないが」
カーライルは女というだけで侮って、最初力を抜いたことが恥ずかしくなった。
「操縦桿を安定させるには、握力がいるからな」
「あんた、操縦できるのか? それなら、自分で乗ったほうが…」
カーライルの言葉を遮るように、ハーレは自分の前髪をかきあげた。いつも金色の髪に隠れていた右の眼があらわになった。その瞳は白く濁って、何も映してはいなかった。
「昔、飛行中に風防が割れてな。運悪く目に刺さった。これでは、飛空艇には乗れん」
カーライルに小声で話しかけてきたのは、小柄な青年だった。年のころは二十歳を少しすぎたくらいだろうか。
「聞いているのか? 一昨日、墜落したんだ。あんたその代わりなんだよ」
「え、墜落…!」
「そう、高度を上げ過ぎて、エンジンがそれに耐えられなくて、急に失速したんだ」
「なんで、そんな無茶を」
「アスガネ工房の機体に勝つためさ」
「アスガネ工房のこと、知ってるのか?」
「もちろん、おれ、昨年までアスガネ工房にいたからね。そんなやつら、ここには大勢いるぜ」
「なんでハーレ商会に?」
「借金まみれのアスガネ工房じゃ、まともな飛空艇開発なんてできないからさ。今年の実験飛行にだって出て来るかどうか…」
「出て来るさ!」
「なんで、おまえにそんなことがわかるんだよ」
カーライルは、手渡された飛行服に着替えて、機体の側に近寄った。トーヤとリーヤの機体よりも細身ですっきりとしている、尾翼も細いが、その分高さがある。
双眼鏡を手にしたハーレが事務所から出てきた。さきほどと違って、ほかの作業員やエンジニアと同じつなぎを着ているのが以外だった。
「準備はできたか? 今日は、上がって降りるだけでいい。高度も自分ができる範囲でかまわない」
雑な手順で、操縦方法を教えられただけだ。こんな状況で飛ぶのなら、前任者が墜落するのも頷ける。
「一度、空に上がると誰も助けられない。自分だけを信じることだ」
これまで、様々なことを経験してきたカーライルだったが、まさか、自分の操縦で空を飛ぶはめになるとは思わなかった。
アスガネ工房でプロペラを回す実験は見ていたものの、プロペラの回る風だけで、これほど大きな機体が宙に浮くとは思わなかった。
しかし、本当に飛んだ。
初めて飛んだ空は、青く澄んでいて美しかった。しかし、その美しい光景に見とれている暇はなかった。
「応答しなさい! カーライル!」
この無線というのにはどうにも馴れない。その人がいないのに、近くで声がするのがなんとも奇妙な気分だ。
「聞こえているだろう!」
ハーレの声だ。
「高度、エンジン回転数、残燃料、報告」
カーライルは、指示された通りに、計器の数字を読み上げると、早々に帰還命令がでた。
着陸はもっとも気をつかう操縦だが、ハーレが事細かに、無線で指示をだしてくれた。なるほど、こういう使いかたができるのであれば、無線も役にたつ。
カーライルが操縦席から降りると、周りの整備員がかけよって、燃料を補充する。どうやら、まだ何回か飛行する必要がありそうだ。
その脇で、紙を挟んだボードにものすごい速度でメモをしている人間がひとり。ハーレだ。その姿をみて、トーヤとリーヤを思い出した。
「どうなんだ?」
「カーライルか。だめだな。まだろくな高度もだしていないのに、ふらふら飛んでいる。もっとしっかりと操縦桿を握れ、握力はあるんだろう?」
そう言って、カーライルの右手を握ってきた。
その言葉にカーライルは、力を入れて握り返した。女と思って加減して。しかし、握り返された握力はとても女性のものではなかった。カーライルは慌てて全力で握り返した。ハーレが小さく声を出したので、はっとしてカーライルは力を緩めたが、相当な力を入れてしまった。
「合格点だ」
ハーレが珍しく、笑みを浮かべて答えた。
「あんた、相当な握力だな」
「女なのに、か?」
「いや、そういうわけじゃないが」
カーライルは女というだけで侮って、最初力を抜いたことが恥ずかしくなった。
「操縦桿を安定させるには、握力がいるからな」
「あんた、操縦できるのか? それなら、自分で乗ったほうが…」
カーライルの言葉を遮るように、ハーレは自分の前髪をかきあげた。いつも金色の髪に隠れていた右の眼があらわになった。その瞳は白く濁って、何も映してはいなかった。
「昔、飛行中に風防が割れてな。運悪く目に刺さった。これでは、飛空艇には乗れん」
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