死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第八章:そして死ぬ前にただ一度だけ、セックスをしたあの人と。

8-12・それから

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 事務所のドアと重なるようにして、空間に大きな黒い穴が開く。時空の扉だ。彼岸と此岸、過去と未来、こことどこかを繋ぐ背理の扉。その中に躊躇なく足を踏み入れて、俺とミゴーは今日も仕事に向かう。

「ミゴー。念のため確認しておくが、覚えてるか、今日の任務」
「嫌だなあ、ユージンさん。そろそろ信用してくださいよ」
「ほお。じゃ、欠片源所持者の名前を言ってみろ」
「……手元で確認可能な内容に、記憶のリソースを割く必要はないと思うんですよね、俺」
「……」
「あ、あはは」

 じっとりと睨みつけると、ミゴーは目を逸らして足を速める。ったく。こいつの方こそ、俺がそんな口に乗ってやる人間かどうか、いい加減学習してほしいもんだが。

「でも、やること自体は把握してますよ。先に天寿を全うしたパートナーに、もう一度体を重ねて感謝を伝えたかった、でしたっけ」
「ああ。なんだ、ちゃんと覚えてるじゃないか」
「いい話ですよねえ。枯れ木に咲いても花は花、って感じですね」
「その言いぐさはどうかと思うが、まあ、珍しく穏便な任務であることは確かだな」

 人の未練と欲望に関わる仕事だ。いつもすべてがうまく行くとは限らないし、後味の悪い思いをするときもある。自分自身を振り返ってみてもそうだ。たかがセックス、されどセックス。一度きりのセックスじゃ変わらないこともあるし、望まない方向に変わってしまうこともある。
 それでも今の俺は、前よりはいくらか、この仕事にやりがいを見出し始めている。きっとそれは、今俺の隣にいる、嘘くさい笑顔の男に無関係ではない。
 長い暗闇の先に、ぽつんと白い光が見えてきた。出口が近い。俺たちの歩みに合わせて、光はだんだんと強さを増していく。その光を今まさにくぐらんとするときに、ミゴーが妙に爽やかな笑顔を浮かべた。

「それじゃ、どうですか、今夜」
「は?」
「うまくいけば早めに終われそうですし。人情話的な仕事を通じて、大事な人と今を精一杯愛し合っておこう、って教訓を得るのも一興じゃないですか、ねえユージンさん」
「気が早い、そして調子に乗るな」

 教訓を先に決めるな、と呆れかえる。ミゴーはあはは、と声を上げて笑う。拍子抜けするようないつも通りの光景だ。けれど──ふと、思い立った。今の俺なら、言わせっぱなしにさせなくたっていいのだ。
 光の寸前で足を止める。あれ、と不思議そうな声を出して、ミゴーは俺を振り返る。早くも曲がりかけているそのネクタイを、片手で掴んでくい、と引いた。

「なんですか」
「仕事が首尾よく終わったら、そういう教訓を得ることもあるかもな」
「え」
「首尾よく終わったら、な」
「ちょっ……」
「ほら、行くぞ」

 熱の溜まりかけた頬を掌で冷やして、光の扉に踏み込んだ。一拍遅れて、慌てた様子のミゴーがついてくる。内心で笑いを噛み殺した。してやられるばかりだったこいつの言動にも、なかなか対応力がついてきたんじゃないか、俺。もっとも狼狽する彼をほんのちょっとだけ可愛いと思ってしまうあたり、プラマイで言えばゼロになってしまっているかもしれないが。
 繋がった先は、畳敷きの広い仏間だ。縁側に、小さく丸まった背中が見える。この先後悔を抱いて死んでしまう人、未練のカケラを生み出してしまうはずの人間だ。膝に三毛猫を乗せたその老人は、空を見つめて何事か物思いに耽っているようだ。その思索がこの場に見えるもうひとりの老人、仏壇の中で穏やかに微笑む彼と関連していることは想像に難くない。
 膝の猫がぴんと耳を立て、俺たちの方を見てにゃあと鳴いた。老人も釣られて振り返り、その瞬間目を丸くする。仏間の真ん中に立っている……というか、土足が着かないようにギリギリ浮いているのは、白い翼を広げた黒スーツ姿の俺と、ミゴー。古い日本家屋には、だいぶ不釣り合いな光景であることは否めない。

「な、なんだね、あんたら」
「あー、決して怪しいものではありません」

 咄嗟に返したミゴーの言葉には、頭を抱えたくなるくらい説得力がない。当たり前だ、普通に考えれば即通報ものの事態だ。背中の翼が唯一神秘性の担保ではあるが、この老人にどこまで通じるかは果たしてわからない。
 これ以上警戒心を与えないように、いつもの営業スマイルを顔面に貼りつける。隣のミゴーも動揺は一切見せず、むしろふてぶてしいくらいのにこにこ顔だ。やっぱり表情の作り方は彼の方が上手い。こういう点に限っては、俺も学ぶべきところがあるかもしれないな。頭の中でそんなことを考えながら、俺はいつもの、お決まりのセリフを老人に告げた。

「あなたには──死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?」



<おしまい>
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