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第八章:そして死ぬ前にただ一度だけ、セックスをしたあの人と。
8-11・結果報告 その2
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報告書は、早々と完成した。なんせ自分の身に起きた事態だ。衆目に晒すことに抵抗がないとは言えないが、これも因果応報だ、座して受け入れるより他はない。努めて事務的に書き終えた文面を、投擲する気分で事務方に送る。
ふぅ、と大きく息を吐いた。椅子の背もたれに身を預け、天井の蛍光灯に目を細める。しぱしぱと瞬きをして隣を見れば、ミゴーの方も、任せていた備品関係のチェックを終えたようだ。
「終わったか」
「はい。大丈夫だと思います、多分」
「多分、って」
「あはは。まあまあ、大丈夫でしょう」
相変わらず不安しかない言い草に、思わずジト目でミゴーを睨む。なんだかんだで致命的なミスはしない男だが、致命的にならない部分はお世辞にも完璧とは言いがたい。
ミゴーはいつもの締まりのない笑みを浮かべている。さっきまでの真剣な顔はどこに忘れてきたんだ、まったく。だがモニターに向き直ろうとした寸前、その表情がわずかに引き締まるのが横目に映る。
「なんか、安心しました、ちょっと」
「え? なんか言ったか」
「いえ。こっちの話です」
「うん……?」
問い返そうとして横を向いて、そのまま言葉に詰まった。ミゴーは安い事務椅子を目いっぱい上げて、やや窮屈そうな姿勢でPCと睨み合っている。姿勢だけはしゃんとしているが、表情にそれほどやる気は見られない。普段と何も変わらない、もう何年も見慣れた仕事姿だ。けれど。
「……」
俺の目を吸い寄せたのは、キーボードの上を踊る手と、シャツの下に隠れた筋肉質な腕だった。ミゴーのこの手はさっきまで俺に触れていて、この腕は確かに俺を抱いていた。思い返してみれば今までだってこの腕は、事実として俺に触れた過去を持っていた。けれど今度はもう、言い訳も逃げることもできない状況で、自分からそうされることを望んだのだ、俺が。
そう意識した瞬間、ふっと肩の力が抜けた。自分でも意外だった。脳裏に浮かんだその場面は、以前の俺にとっては劇薬にもなり得た光景だ。それがどうだ。今の俺は思い返したその経験を、むしろ面映ゆいような喜びをもって受け入れている。無論多少頬が熱くなるのには変わりないが、頭を振って忘れ去るべき記憶だとは思わない。
居並ぶ多肉の鉢に目を移す。俺とミゴーの机に並ぶ、いくつもの小さな植木鉢。落ちても葉から芽吹くしぶとい生命は、俺の意志もミゴーの迷惑もお構いなしに生きて、育っていく。ミゴーには申し訳ないが、見守る俺の趣味もやっぱりやめられそうにはない。
「ユージンさん」
「ん?」
腕をちょんちょんとつつかれて顔を上げる。ミゴーはなんだか妙に真面目な表情をしている。いや、緊張しているのか、これは。釣られて俺も佇まいを直すと、彼はその顔のまま物々しく息を吸う。
「これからも、よろしくお願いしますね」
「……おお」
出てきたセリフの普通さに、思わず笑いそうになるのを寸前で堪えた。こういうところはこいつの可愛げだよな。なんて、我ながらこっぱずかしい考えを胸中に収めつつ、言葉の代わりに右手を差し出す。
ミゴーは一瞬躊躇って、けれどすぐに俺の手を強く握り返した。繋いだ手の体温は、覚えのある暖かさをしていた。
ふぅ、と大きく息を吐いた。椅子の背もたれに身を預け、天井の蛍光灯に目を細める。しぱしぱと瞬きをして隣を見れば、ミゴーの方も、任せていた備品関係のチェックを終えたようだ。
「終わったか」
「はい。大丈夫だと思います、多分」
「多分、って」
「あはは。まあまあ、大丈夫でしょう」
相変わらず不安しかない言い草に、思わずジト目でミゴーを睨む。なんだかんだで致命的なミスはしない男だが、致命的にならない部分はお世辞にも完璧とは言いがたい。
ミゴーはいつもの締まりのない笑みを浮かべている。さっきまでの真剣な顔はどこに忘れてきたんだ、まったく。だがモニターに向き直ろうとした寸前、その表情がわずかに引き締まるのが横目に映る。
「なんか、安心しました、ちょっと」
「え? なんか言ったか」
「いえ。こっちの話です」
「うん……?」
問い返そうとして横を向いて、そのまま言葉に詰まった。ミゴーは安い事務椅子を目いっぱい上げて、やや窮屈そうな姿勢でPCと睨み合っている。姿勢だけはしゃんとしているが、表情にそれほどやる気は見られない。普段と何も変わらない、もう何年も見慣れた仕事姿だ。けれど。
「……」
俺の目を吸い寄せたのは、キーボードの上を踊る手と、シャツの下に隠れた筋肉質な腕だった。ミゴーのこの手はさっきまで俺に触れていて、この腕は確かに俺を抱いていた。思い返してみれば今までだってこの腕は、事実として俺に触れた過去を持っていた。けれど今度はもう、言い訳も逃げることもできない状況で、自分からそうされることを望んだのだ、俺が。
そう意識した瞬間、ふっと肩の力が抜けた。自分でも意外だった。脳裏に浮かんだその場面は、以前の俺にとっては劇薬にもなり得た光景だ。それがどうだ。今の俺は思い返したその経験を、むしろ面映ゆいような喜びをもって受け入れている。無論多少頬が熱くなるのには変わりないが、頭を振って忘れ去るべき記憶だとは思わない。
居並ぶ多肉の鉢に目を移す。俺とミゴーの机に並ぶ、いくつもの小さな植木鉢。落ちても葉から芽吹くしぶとい生命は、俺の意志もミゴーの迷惑もお構いなしに生きて、育っていく。ミゴーには申し訳ないが、見守る俺の趣味もやっぱりやめられそうにはない。
「ユージンさん」
「ん?」
腕をちょんちょんとつつかれて顔を上げる。ミゴーはなんだか妙に真面目な表情をしている。いや、緊張しているのか、これは。釣られて俺も佇まいを直すと、彼はその顔のまま物々しく息を吸う。
「これからも、よろしくお願いしますね」
「……おお」
出てきたセリフの普通さに、思わず笑いそうになるのを寸前で堪えた。こういうところはこいつの可愛げだよな。なんて、我ながらこっぱずかしい考えを胸中に収めつつ、言葉の代わりに右手を差し出す。
ミゴーは一瞬躊躇って、けれどすぐに俺の手を強く握り返した。繋いだ手の体温は、覚えのある暖かさをしていた。
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