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第八章:そして死ぬ前にただ一度だけ、セックスをしたあの人と。
8-9・静かな呼吸と心臓の音
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静かだ。
ベッドを取り巻くペチュニアの花が、ほんの微かに音を立てて揺れている。外でも屋内でもないこの場所には、当然風なんかひとひらも吹いていない。花びらを揺らしているのはきっと、俺たちの僅かな呼吸だ。そしてその花鳴りよりももっと小さな音で、ミゴーの心臓がとくんとくんと鳴っている。
俺の肩に顔を伏せたまま、ミゴーは数回息を吸って、吐いた。そして吐息の合間に混じらせて、今にも消えそうな声で呟いた。
「こんなの……都合よすぎるじゃないですか」
「そうかもな」
「そうですよ。……俺に、都合がよすぎる」
ぽた、と。生温い水の感触が、肌の上に落ちては広がっていく。思わず苦笑が浮かんだ。目の前にある頭を、再びくしゃくしゃと撫で回す。
「泣くなよ」
「……止められないんです」
「うん。いや、いい。いいよ。泣くこともないけど、泣いて悪いこともないよ」
「俺に……泣く資格なんか、ないでしょ」
「なんだよ、資格って」
言いたいことも、諭してやりたいことも山ほどあった。けれど俺はそのまま口をつぐんだ。聞こえるのは花ずれと鼓動の音、それとお互いの呼吸だけだ。それ以外は、今は要らない。
咲き乱れるペチュニアの隙間から、小さなカランコエが覗いている。ふと、これを渡したときのミゴーを思い出した。口では渋々を装いつつも、なんだか少しだけ嬉しそうに見えたのは、俺の思い込みではなかったんだと、今ならわかる。
どれくらいそうしていただろうか。体に伝わる震えがようやく収まった頃、ミゴーは途切れ途切れに口を開き始めた。
「……ずっと」
「うん」
「ずっとあなたに、謝りたかった」
「……うん」
「謝って……ちゃんと、好きだった……好きだって、言いたかった」
「うん。わかってる」
もう一度撫でてやろうと頭に手を伸ばす。けれど寸前で、拒絶するように左右に振られた。
「こんなの……駄目だ、俺が……俺には、駄目だよ」
「たとえ駄目でも、俺は許すよ」
絞り出すような独白は俺に向けられたものではなかったけれど、掬い取るように俺が答えた。世間や他の誰か、あまつさえミゴー本人の意志すら関係なかった。許すも許さないもないのだ、だって。
「俺も……いや、俺が、そうしたいんだから」
ミゴーが顔を上げる。濡れて光る瞳が俺を捉える。その目元が、いつも笑みを浮かべていた口元が、小さな子供みたいにくしゃりと歪んだ。
「ユージンさん。祐仁さん」
「うん」
まばたきと深呼吸を数度重ねて、涙を払って、息を整えて。その間もミゴーは、俺から目を逸らさない。
「……好きです。あなたのことが、好きです」
「……うん」
目元に手を伸ばす。残る雫を拭って、そのまま頬を包んだ。俺の中に今、ミゴーがいる。何も言えないまま道を分かったはずの御郷がいる。それだけでこんなに胸がいっぱいになるのは、つまりは、そういうことだ。
裸の背にそっと腕を回した。今度は俺の声が震えそうになるけれど、どうにか堪えて耳元に唇を寄せた。
「俺も──」
ずっと伝えたかった言葉は、ようやく、伝えたかったただひとりに届いた。
ベッドを取り巻くペチュニアの花が、ほんの微かに音を立てて揺れている。外でも屋内でもないこの場所には、当然風なんかひとひらも吹いていない。花びらを揺らしているのはきっと、俺たちの僅かな呼吸だ。そしてその花鳴りよりももっと小さな音で、ミゴーの心臓がとくんとくんと鳴っている。
俺の肩に顔を伏せたまま、ミゴーは数回息を吸って、吐いた。そして吐息の合間に混じらせて、今にも消えそうな声で呟いた。
「こんなの……都合よすぎるじゃないですか」
「そうかもな」
「そうですよ。……俺に、都合がよすぎる」
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「うん。いや、いい。いいよ。泣くこともないけど、泣いて悪いこともないよ」
「俺に……泣く資格なんか、ないでしょ」
「なんだよ、資格って」
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咲き乱れるペチュニアの隙間から、小さなカランコエが覗いている。ふと、これを渡したときのミゴーを思い出した。口では渋々を装いつつも、なんだか少しだけ嬉しそうに見えたのは、俺の思い込みではなかったんだと、今ならわかる。
どれくらいそうしていただろうか。体に伝わる震えがようやく収まった頃、ミゴーは途切れ途切れに口を開き始めた。
「……ずっと」
「うん」
「ずっとあなたに、謝りたかった」
「……うん」
「謝って……ちゃんと、好きだった……好きだって、言いたかった」
「うん。わかってる」
もう一度撫でてやろうと頭に手を伸ばす。けれど寸前で、拒絶するように左右に振られた。
「こんなの……駄目だ、俺が……俺には、駄目だよ」
「たとえ駄目でも、俺は許すよ」
絞り出すような独白は俺に向けられたものではなかったけれど、掬い取るように俺が答えた。世間や他の誰か、あまつさえミゴー本人の意志すら関係なかった。許すも許さないもないのだ、だって。
「俺も……いや、俺が、そうしたいんだから」
ミゴーが顔を上げる。濡れて光る瞳が俺を捉える。その目元が、いつも笑みを浮かべていた口元が、小さな子供みたいにくしゃりと歪んだ。
「ユージンさん。祐仁さん」
「うん」
まばたきと深呼吸を数度重ねて、涙を払って、息を整えて。その間もミゴーは、俺から目を逸らさない。
「……好きです。あなたのことが、好きです」
「……うん」
目元に手を伸ばす。残る雫を拭って、そのまま頬を包んだ。俺の中に今、ミゴーがいる。何も言えないまま道を分かったはずの御郷がいる。それだけでこんなに胸がいっぱいになるのは、つまりは、そういうことだ。
裸の背にそっと腕を回した。今度は俺の声が震えそうになるけれど、どうにか堪えて耳元に唇を寄せた。
「俺も──」
ずっと伝えたかった言葉は、ようやく、伝えたかったただひとりに届いた。
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