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第八章:そして死ぬ前にただ一度だけ、セックスをしたあの人と。
8-2・はじまり
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あの日。闇の中を漂っていた俺の魂に、どこかで見たような顔の天使は言った。
「白瀬祐仁さん。あなたには、死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?」
死ぬ前に、一度だけ。そんな相手、俺にはいない。いなかったはずだ。想像もしていなかったから。御郷が俺を見ていた視線も、俺が御郷に抱いた感情も、何もわからないままで終わってしまったから。
でも、今は。何も言えないまま死んでしまった今だからこそ、御郷に言ってやりたいことがある。流されるように受け入れてしまった行為の中でじゃなくて、今度は俺の意志による行為の中で。ぐちゃぐちゃに絡まった願いも執着もすべて解きなおして、裸の俺たちのままで、もう一度、もう一度だけでいいから。
「覚えてますか、ユージンさん」
するりとネクタイを解きながら、ミゴーが至近距離で俺に囁く。
「あのときのユージンさんが、どんなふうに俺に抱かれてたか」
「お、覚えてるわけないだろ」
「そうですか。俺は覚えてますよ。全部、残らず」
閉じた両脚の間に、ミゴーの膝が割り入ってきた。スラックスの生地がざらりと擦れる。逸らそうとした顎は、ミゴーの手に優しく堰き止められた。
「こんなふうにシャツを開いたとき、見えた肌が意外なくらい白かったこととか」
「……っ」
「緊張で硬くなった乳首が、指先で折れ曲がる感触とか」
「っは、……ちょ……っ」
「内腿の脈と一緒に……ユージンさんのここが、どくんどくんって脈打つのとか」
「い、いい、いちいち言わんでいいっ!」
思わず声を荒げると、ミゴーはふっと笑った。顎から手を離し、そのまま胸元へと移行させる。大きくて骨張った掌が、俺の平らな胸を円を描くように撫で回す。性的な意味合いを込めてと言うよりは、記憶にある感触を確かめているかのようだ。見続けているのも居たたまれないが、あからさまに知らんぷりもできなくて、思考は自然、俺の中にも残っているはずの「あのとき」に移ろっていく。
ミゴーの言う「あのとき」ってのは、どっちのことなんだろう。御郷の望みに従って、俺が彼に身を委ねたときのこと。そして記憶を封じた俺が、わけもわからず彼に抱かれたときのこと。恐らくは、両方だろう。どちらにせよ俺にとっては、嵐に呑まれたような感覚しか残っていない。苦しさと後ろめたい快感を、ない交ぜにして注ぎ込まれたようなあの感じ。今回も俺は、ああなるんだろうか。想像するだけで背筋が冷える。
不安が顔に出てしまっていたんだろうか。ミゴーがちょっと眉をしかめて、いきなり乳首をぴんと弾いた。
「ひぁっ!」
「なんて顔してるんですか、ユージンさん」
「う、ぁ、だ、だって」
「……いや。いいです。そんな顔させてるのは俺の責任ですね」
「ぃうっ!?」
スラックスの上から股間を掴まれて、うっかり妙な声が漏れる。反応を始めてもいないそこを、ミゴーは痛みに変わる寸前の絶妙な力加減で揉みしだく。
「ちゃんと気持ちよくしてあげますから。しっかりトロ顔晒してくださいね」
「なんっ、何、言ってっ、はうぅっ」
「義務でしょ? 誘ったのは、あなたなんだから」
ミゴーが軽口を叩く間に、俺のそれはもうあっさりと硬くなっている。頬が熱い。情けない。でも本当に情けなさで泣きたくなるのは、きっとここからが本番だ。
「白瀬祐仁さん。あなたには、死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?」
死ぬ前に、一度だけ。そんな相手、俺にはいない。いなかったはずだ。想像もしていなかったから。御郷が俺を見ていた視線も、俺が御郷に抱いた感情も、何もわからないままで終わってしまったから。
でも、今は。何も言えないまま死んでしまった今だからこそ、御郷に言ってやりたいことがある。流されるように受け入れてしまった行為の中でじゃなくて、今度は俺の意志による行為の中で。ぐちゃぐちゃに絡まった願いも執着もすべて解きなおして、裸の俺たちのままで、もう一度、もう一度だけでいいから。
「覚えてますか、ユージンさん」
するりとネクタイを解きながら、ミゴーが至近距離で俺に囁く。
「あのときのユージンさんが、どんなふうに俺に抱かれてたか」
「お、覚えてるわけないだろ」
「そうですか。俺は覚えてますよ。全部、残らず」
閉じた両脚の間に、ミゴーの膝が割り入ってきた。スラックスの生地がざらりと擦れる。逸らそうとした顎は、ミゴーの手に優しく堰き止められた。
「こんなふうにシャツを開いたとき、見えた肌が意外なくらい白かったこととか」
「……っ」
「緊張で硬くなった乳首が、指先で折れ曲がる感触とか」
「っは、……ちょ……っ」
「内腿の脈と一緒に……ユージンさんのここが、どくんどくんって脈打つのとか」
「い、いい、いちいち言わんでいいっ!」
思わず声を荒げると、ミゴーはふっと笑った。顎から手を離し、そのまま胸元へと移行させる。大きくて骨張った掌が、俺の平らな胸を円を描くように撫で回す。性的な意味合いを込めてと言うよりは、記憶にある感触を確かめているかのようだ。見続けているのも居たたまれないが、あからさまに知らんぷりもできなくて、思考は自然、俺の中にも残っているはずの「あのとき」に移ろっていく。
ミゴーの言う「あのとき」ってのは、どっちのことなんだろう。御郷の望みに従って、俺が彼に身を委ねたときのこと。そして記憶を封じた俺が、わけもわからず彼に抱かれたときのこと。恐らくは、両方だろう。どちらにせよ俺にとっては、嵐に呑まれたような感覚しか残っていない。苦しさと後ろめたい快感を、ない交ぜにして注ぎ込まれたようなあの感じ。今回も俺は、ああなるんだろうか。想像するだけで背筋が冷える。
不安が顔に出てしまっていたんだろうか。ミゴーがちょっと眉をしかめて、いきなり乳首をぴんと弾いた。
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「なんて顔してるんですか、ユージンさん」
「う、ぁ、だ、だって」
「……いや。いいです。そんな顔させてるのは俺の責任ですね」
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「なんっ、何、言ってっ、はうぅっ」
「義務でしょ? 誘ったのは、あなたなんだから」
ミゴーが軽口を叩く間に、俺のそれはもうあっさりと硬くなっている。頬が熱い。情けない。でも本当に情けなさで泣きたくなるのは、きっとここからが本番だ。
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