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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-18・結果報告 その2
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「……ミゴー。その、俺はだな」
「はい」
「俺は……なんだ、その」
「……」
言葉の見つからないもどかしさに、左手で前髪をかきむしる。何から話したものか、本当に見当もつかなかった。何を言っても恨み言か、もしくは言い訳に聞こえてしまいそうだ。今さら、という彼の言葉も、ある意味では道理かもしれない。
それに、尋ねるのが怖いこともある。記憶をなくした俺を、ミゴーはどういう目で見ていたのか。俺がやり直したいと願ったことを薄情さや後悔の証と取って、それでもう、幻滅してしまっているんじゃないのか。
ぎこちない沈黙がしばし流れる。自宅の次に馴染んでいるはずのオフィスが、まるで他人の家みたいに居心地悪く感じてしまう。
そのとき。
背後で不意に、モニターが点灯した。俺たちは同時に振り返る。電源も入れていなかったはずの俺のPCに、見慣れた通知が光っている。
「……指令?」
困惑を覚えながら、ミゴーとモニターを交互に見比べた。こんなときに。しかもこんな続けざまに任務が入るなんて、この仕事を始めてから数年来なかったことだ。躊躇で動けずにいる俺に、ミゴーはひとつ息を吐いた。
「どうぞ」
「いいのか?」
「ええ。仕事はちゃんとしますよ、俺も」
その言葉に信頼性があるのかどうかは置いておくとして、少なくとも隙を見て逃げ出すつもりはなさそうだ。小さく頷き返してからデスクへと向かう。事務椅子に浅く腰掛け、点滅する通知を開封して──目を見張った。
まず、あり得ない、と思った。俺たちの任務──欲望を抱いて死んだ人間に、一度きりのセックスを遂行させること──を字面通りに取るのなら、目の前に表示された案件は例外中の例外だ。けれど本来俺たちの目的は、欲望のカケラに残された未練を解消すること。そう考えればこの任務が下ったのは、むしろ必然とすら言えるかもしれない。
乱れた呼吸をどうにか整え終わる頃には、自分でもすんなりと腑に落ちていた。想像していた形とはだいぶ違う。けれど今ならわかる。願いを抱いて死んだ俺はたぶん、結局、ここにたどり着きたかったのだ。
「ミゴー」
振り向くと、ミゴーは突っ立ったまま目を逸らしている。なんだか叱られた子供みたいだ。呆れ半ば微笑ましさ半ばで手招くと、ミゴーは口を結んだまま寄ってきた。
「任務だ」
言ってモニターを指し示す。背もたれの上から覗き込んだミゴーは、文面を目にした瞬間、呻き声を漏らした。
「……なんで」
「さあ。でも」
小さく息を吸う。自分から口にするのはずいぶん勇気が要る。でも今度は、俺から言わなきゃいけないことだ。
「任務であろうとなかろうと、俺は今、お前とならセックスしても……」
言いかけて途中で言葉を止めた。違う。そうじゃなくて、こうだ。
「……俺は今お前と、セックスしたいと思ってるよ」
ミゴーの顔は、とても見れない。代わりに画面の文章を、免罪符みたいにじっと睨みつけた。ミゴーは何も言わない。呼吸の音すらも聞こえないのは、息を止めているからかもしれない。
『欠片源所持者:ユージン
行為遂行対象者:ミゴー』
味もそっけもないいつものテンプレートには、俺たち二人の、天使としての名前が記入されていた。
「はい」
「俺は……なんだ、その」
「……」
言葉の見つからないもどかしさに、左手で前髪をかきむしる。何から話したものか、本当に見当もつかなかった。何を言っても恨み言か、もしくは言い訳に聞こえてしまいそうだ。今さら、という彼の言葉も、ある意味では道理かもしれない。
それに、尋ねるのが怖いこともある。記憶をなくした俺を、ミゴーはどういう目で見ていたのか。俺がやり直したいと願ったことを薄情さや後悔の証と取って、それでもう、幻滅してしまっているんじゃないのか。
ぎこちない沈黙がしばし流れる。自宅の次に馴染んでいるはずのオフィスが、まるで他人の家みたいに居心地悪く感じてしまう。
そのとき。
背後で不意に、モニターが点灯した。俺たちは同時に振り返る。電源も入れていなかったはずの俺のPCに、見慣れた通知が光っている。
「……指令?」
困惑を覚えながら、ミゴーとモニターを交互に見比べた。こんなときに。しかもこんな続けざまに任務が入るなんて、この仕事を始めてから数年来なかったことだ。躊躇で動けずにいる俺に、ミゴーはひとつ息を吐いた。
「どうぞ」
「いいのか?」
「ええ。仕事はちゃんとしますよ、俺も」
その言葉に信頼性があるのかどうかは置いておくとして、少なくとも隙を見て逃げ出すつもりはなさそうだ。小さく頷き返してからデスクへと向かう。事務椅子に浅く腰掛け、点滅する通知を開封して──目を見張った。
まず、あり得ない、と思った。俺たちの任務──欲望を抱いて死んだ人間に、一度きりのセックスを遂行させること──を字面通りに取るのなら、目の前に表示された案件は例外中の例外だ。けれど本来俺たちの目的は、欲望のカケラに残された未練を解消すること。そう考えればこの任務が下ったのは、むしろ必然とすら言えるかもしれない。
乱れた呼吸をどうにか整え終わる頃には、自分でもすんなりと腑に落ちていた。想像していた形とはだいぶ違う。けれど今ならわかる。願いを抱いて死んだ俺はたぶん、結局、ここにたどり着きたかったのだ。
「ミゴー」
振り向くと、ミゴーは突っ立ったまま目を逸らしている。なんだか叱られた子供みたいだ。呆れ半ば微笑ましさ半ばで手招くと、ミゴーは口を結んだまま寄ってきた。
「任務だ」
言ってモニターを指し示す。背もたれの上から覗き込んだミゴーは、文面を目にした瞬間、呻き声を漏らした。
「……なんで」
「さあ。でも」
小さく息を吸う。自分から口にするのはずいぶん勇気が要る。でも今度は、俺から言わなきゃいけないことだ。
「任務であろうとなかろうと、俺は今、お前とならセックスしても……」
言いかけて途中で言葉を止めた。違う。そうじゃなくて、こうだ。
「……俺は今お前と、セックスしたいと思ってるよ」
ミゴーの顔は、とても見れない。代わりに画面の文章を、免罪符みたいにじっと睨みつけた。ミゴーは何も言わない。呼吸の音すらも聞こえないのは、息を止めているからかもしれない。
『欠片源所持者:ユージン
行為遂行対象者:ミゴー』
味もそっけもないいつものテンプレートには、俺たち二人の、天使としての名前が記入されていた。
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