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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-17・結果報告 その1
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欠片源所持者:御郷玄斗
行為遂行対象者:白瀬祐仁
場所・用具・手段→特に希望なし
備考:御郷玄斗の健康状態を一時的に回復
事務所のソファで目を覚ましたとき、目元が少し濡れているのに気がついた。
理由はわからない。悲しかったのか。同情したのか。共感したのか。どれも違う気がする。今はただ妙に冴え冴えとした、頭にかかっていたもやが晴れ渡ったような気分だ。頭痛は、嘘のように収まっていた。
ソファから降りてデスクに歩み寄る。居並ぶ多肉植物の鉢はいつもと変わらない姿で、放射状に葉を広げている。無意識に手を伸ばしたとき、背後で微かなノイズが聞こえた。
振り向くと、どうやら仕事を終えたらしいミゴーが、空間の穴を抜けて戻ってくるところだった。
「戻りました、ユー、……っ」
無表情に言いかけて、しかし彼は急制動をかけられたように言葉を止めた。俺と目が合ったからだ。表情が、みるみるうちに強張っていく。
「……ミゴー。俺」
「思い出しましたか。『祐仁さん』」
「……ああ」
「そう。そうですか」
反応からして、ミゴーは最初から覚えていたのだろう。俺のことも、ミゴー自身のことも。俺が祐仁で、ミゴーが御郷だったころの記憶も、全部。
二、三歩こちらに近寄って、ミゴーはひたりと足を止めた。
「正直、予感はしてたんですよね」
場にそぐわぬ明るい声でそう言うと、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「最近俺といると頭痛いって言うし、今日来た仕事の内容が内容だったし。……そうですか。ついにこの日が来ちゃいましたか、あはは」
取ってつけたようなお得意の空笑い。だがかろうじて笑っているのは声色だけだ。その面持ちに、笑みは見えない。
緊張を逃すみたいに、大きく息を吐いた。流れ込んできた記憶をすべて整理しきれたわけじゃない。けれど、言わなきゃいけないことがあるのはわかってる。
「あー……何から話せばいいのかわからないんだが……とにかく、ミゴー」
「はい」
「いや、その……まずは、話をさせてくれ。まだうまく言葉にできる自信はないんだが」
「話、ねえ」
言い捨ててミゴーはククッと肩を揺らす。嫌な笑いだ。いつもの彼の嘘くさい笑いよりも、ずっと。
「今さら話すことなんてあります? 終わったことでしょ、全部」
「な、何言ってんだ、あるだろ、山ほど」
「そうですかね。正直もう触れない方がいいんじゃないですか? 忘れたい過去だったんでしょ、あなたにとっても。ああ、それとももう俺の顔なんて見たくないとか、そういうことですか? なら今すぐにでも」
「ミゴー!」
舌の回りが止まらない彼の肩を、反射的に右手で強く掴んだ。ミゴーはびくりと体を揺らして、そのまま貝のように黙り込んでしまう。その様を俺は、彼の肩に手を置いたまま見つめていた。
たぶん、こいつもいっぱいいっぱいだ。もしかしたら俺以上に。けれど慮ってそっとしておいてやるだけの余裕は、俺にもない。
行為遂行対象者:白瀬祐仁
場所・用具・手段→特に希望なし
備考:御郷玄斗の健康状態を一時的に回復
事務所のソファで目を覚ましたとき、目元が少し濡れているのに気がついた。
理由はわからない。悲しかったのか。同情したのか。共感したのか。どれも違う気がする。今はただ妙に冴え冴えとした、頭にかかっていたもやが晴れ渡ったような気分だ。頭痛は、嘘のように収まっていた。
ソファから降りてデスクに歩み寄る。居並ぶ多肉植物の鉢はいつもと変わらない姿で、放射状に葉を広げている。無意識に手を伸ばしたとき、背後で微かなノイズが聞こえた。
振り向くと、どうやら仕事を終えたらしいミゴーが、空間の穴を抜けて戻ってくるところだった。
「戻りました、ユー、……っ」
無表情に言いかけて、しかし彼は急制動をかけられたように言葉を止めた。俺と目が合ったからだ。表情が、みるみるうちに強張っていく。
「……ミゴー。俺」
「思い出しましたか。『祐仁さん』」
「……ああ」
「そう。そうですか」
反応からして、ミゴーは最初から覚えていたのだろう。俺のことも、ミゴー自身のことも。俺が祐仁で、ミゴーが御郷だったころの記憶も、全部。
二、三歩こちらに近寄って、ミゴーはひたりと足を止めた。
「正直、予感はしてたんですよね」
場にそぐわぬ明るい声でそう言うと、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「最近俺といると頭痛いって言うし、今日来た仕事の内容が内容だったし。……そうですか。ついにこの日が来ちゃいましたか、あはは」
取ってつけたようなお得意の空笑い。だがかろうじて笑っているのは声色だけだ。その面持ちに、笑みは見えない。
緊張を逃すみたいに、大きく息を吐いた。流れ込んできた記憶をすべて整理しきれたわけじゃない。けれど、言わなきゃいけないことがあるのはわかってる。
「あー……何から話せばいいのかわからないんだが……とにかく、ミゴー」
「はい」
「いや、その……まずは、話をさせてくれ。まだうまく言葉にできる自信はないんだが」
「話、ねえ」
言い捨ててミゴーはククッと肩を揺らす。嫌な笑いだ。いつもの彼の嘘くさい笑いよりも、ずっと。
「今さら話すことなんてあります? 終わったことでしょ、全部」
「な、何言ってんだ、あるだろ、山ほど」
「そうですかね。正直もう触れない方がいいんじゃないですか? 忘れたい過去だったんでしょ、あなたにとっても。ああ、それとももう俺の顔なんて見たくないとか、そういうことですか? なら今すぐにでも」
「ミゴー!」
舌の回りが止まらない彼の肩を、反射的に右手で強く掴んだ。ミゴーはびくりと体を揺らして、そのまま貝のように黙り込んでしまう。その様を俺は、彼の肩に手を置いたまま見つめていた。
たぶん、こいつもいっぱいいっぱいだ。もしかしたら俺以上に。けれど慮ってそっとしておいてやるだけの余裕は、俺にもない。
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