死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
上 下
100 / 115
第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。

7-16・それから その2

しおりを挟む
 確かに、考えてみれば。裕仁さんの身になってみれば当たり前だ。きっと彼にとって俺との日々は、決して愛おしむべき記憶ではなかった。いや、例え悪からず思ってくれていたとしても、あの日の俺が台無しにした。なかったことにしたいだろう。したいはずだろう、絶対。忘れてくれるのは、むしろ彼の温情だ。
 わかっている。わかってはいても、ひどく胸が痛かった。
 天使は黙って俺の反応を待っている。唾を飲むように痛みを堪えて、光の方へと向き直る。

「俺が嫌だって言ったら、どうなるんですか」
「残念ながら、ご希望に沿うことはできません。世界の危機ですので、受け入れて頂くしか」
「世界? どういうことですか」
「詳細は省きますが……あなたと裕仁さんがセックスしてくれないと、この世界が少し悪い方に向かってしまう、とでも申しましょうか」
「はっ……なんだよ、それ」

 嘲笑を込めて吐き捨てる。なるほど。なるほどね。疑うよりはむしろ納得できた。と言うよりそんな因果でもない限り、天使がわざわざ性行為を推奨しに来ることなんてないだろう。反吐が出るような理由ではあったが、しかしこれですべてが繋がった。セックスなんて突飛なゴールを、彼がわざわざ設定したわけも。俺の前に現れた死神もどきも、ひょっとしたらこいつの仲間だったのか。可能性は、大いにある。
 構わない。知っていれば俺にもやりようはある。何も知らずに彼の意志だと思い込んでいるよりは、ずっといい。

「いいですよ。祐仁さんと、すればいいんでしょう?」
「はい。心の準備はよろしいですか?」
「もちろん」
「では」

 天からの光が強さを増して、俺の体を包み込んでいく。これから俺はどこに連れていかれるんだろう。どこでもいい。そこが今までと違う世界だと言うのなら、今度こそ俺はうまくやる。
 脳裏に、あのたった一夜の記憶が蘇る。祐仁さんの肌の感触。潤んだ瞳。忘れようにも忘れられないその記憶を、俺は胸の奥深くに沈めて蓋をする。
 俺の選択は、俺自身の責任だ。迫り来る死と彼への思慕に蝕まれて、俺自身があえて選び取った道だ。死神の来訪がなくてもそれは遅かれ早かれ訪れていた。責任を押しつけるつもりはない。
 でも裕仁さんは違う。もしもあの過ちを経ていなければ、そして天使に世界の危機とやらを説かれていなければ、俺とセックスしようなんて目的を、彼が意図して掲げるわけがないのだ。
 だったら俺のやるべきことはひとつしかない。
 俺との避けえぬ一夜を、あの人にとってできるだけ軽く終わらせること。
 光はもはや俺の全身を覆っている。日溜まりのような暖かさが、これから先の世界を予感させる。けれどしばらく待ってみても、俺の身がどこかへ飛び立つ気配はなかった。
 何となく、天使が俺の言葉を待っているような気がした。言いたいことなど何一つなかったが、ふと思いついて笑顔を上向けた。

「たかが一回、セックスするだけですよ」

 声色は、わざとらしいくらいに軽く作った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...