死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。

7-16・それから その2

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 確かに、考えてみれば。裕仁さんの身になってみれば当たり前だ。きっと彼にとって俺との日々は、決して愛おしむべき記憶ではなかった。いや、例え悪からず思ってくれていたとしても、あの日の俺が台無しにした。なかったことにしたいだろう。したいはずだろう、絶対。忘れてくれるのは、むしろ彼の温情だ。
 わかっている。わかってはいても、ひどく胸が痛かった。
 天使は黙って俺の反応を待っている。唾を飲むように痛みを堪えて、光の方へと向き直る。

「俺が嫌だって言ったら、どうなるんですか」
「残念ながら、ご希望に沿うことはできません。世界の危機ですので、受け入れて頂くしか」
「世界? どういうことですか」
「詳細は省きますが……あなたと裕仁さんがセックスしてくれないと、この世界が少し悪い方に向かってしまう、とでも申しましょうか」
「はっ……なんだよ、それ」

 嘲笑を込めて吐き捨てる。なるほど。なるほどね。疑うよりはむしろ納得できた。と言うよりそんな因果でもない限り、天使がわざわざ性行為を推奨しに来ることなんてないだろう。反吐が出るような理由ではあったが、しかしこれですべてが繋がった。セックスなんて突飛なゴールを、彼がわざわざ設定したわけも。俺の前に現れた死神もどきも、ひょっとしたらこいつの仲間だったのか。可能性は、大いにある。
 構わない。知っていれば俺にもやりようはある。何も知らずに彼の意志だと思い込んでいるよりは、ずっといい。

「いいですよ。祐仁さんと、すればいいんでしょう?」
「はい。心の準備はよろしいですか?」
「もちろん」
「では」

 天からの光が強さを増して、俺の体を包み込んでいく。これから俺はどこに連れていかれるんだろう。どこでもいい。そこが今までと違う世界だと言うのなら、今度こそ俺はうまくやる。
 脳裏に、あのたった一夜の記憶が蘇る。祐仁さんの肌の感触。潤んだ瞳。忘れようにも忘れられないその記憶を、俺は胸の奥深くに沈めて蓋をする。
 俺の選択は、俺自身の責任だ。迫り来る死と彼への思慕に蝕まれて、俺自身があえて選び取った道だ。死神の来訪がなくてもそれは遅かれ早かれ訪れていた。責任を押しつけるつもりはない。
 でも裕仁さんは違う。もしもあの過ちを経ていなければ、そして天使に世界の危機とやらを説かれていなければ、俺とセックスしようなんて目的を、彼が意図して掲げるわけがないのだ。
 だったら俺のやるべきことはひとつしかない。
 俺との避けえぬ一夜を、あの人にとってできるだけ軽く終わらせること。
 光はもはや俺の全身を覆っている。日溜まりのような暖かさが、これから先の世界を予感させる。けれどしばらく待ってみても、俺の身がどこかへ飛び立つ気配はなかった。
 何となく、天使が俺の言葉を待っているような気がした。言いたいことなど何一つなかったが、ふと思いついて笑顔を上向けた。

「たかが一回、セックスするだけですよ」

 声色は、わざとらしいくらいに軽く作った。
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