死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
上 下
95 / 115
第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。

7-11・夜を行く舟の上で

しおりを挟む
 暗闇の中で、俺は身を起こした。医療機器はすべて消えていた。苦しくはなかった。ぼんやりとあたりを見回しても、目につく物体は何もない。まるで真っ暗な夜の海に、木の葉の舟に乗って浮かんでいるみたいだ。ひとたびベッドの外に足をつけば、そのまま闇の底まで引きずり込まれてしまいそうな気がする。
 遠くに、ぽつりと白い光が灯った。灯台のようなそれはみるみるうちに大きくなって、やがて人の形を成していく。俺が流れ着いたのか、それとも彼が流れて来たのか。どちらにせよ俺が祐仁さんの姿を認めたとき、彼はただ口を引き結んで、俺を見つめていた。
 言おうと思っていた言葉は、喉の奥でつかえた。祐仁さんの表情には、動揺も困惑も見当たらない。知っているのだ。自分がどうしてここにいるのか。俺が何を望んで、彼を呼び寄せたのか。
 手元のシーツを強く掴んだ。本当は、知られたくなかった。けれどもうそんなことを言える段階はとっくに通り越している。他にどうすればよかったのかは、今の俺にはわからない。
 ベッドと祐仁さんが、ほど近い距離を保って静止した。祐仁さんはものも言わずにベッドに腰を下ろす。二人分の体重に、鉄製のベッドが悲鳴みたいに軋む。

「……いいんですか」

 沈黙に耐えられなくなる前に、俺の方から切り出した。

「わかってるんですよね、もう。ああ違う、そうじゃなくて、幻滅してますか、俺に」
「……御郷」
「当たり前ですよね。でも逃げずにここに来たってことは、同情してくれたってことでしょ。なら期待してもいいですよね。ってか、同意だとみなしますよ、俺は」
「御郷、俺は」
「祐仁さん」

 何か言いかけるのを遮って、背中から彼を引き寄せた。抵抗はなかった。目を見も見られもしないように、首元に顔を埋めて小さく呟く。

「思い出をくださいよ」

 なんて陳腐で、卑劣な台詞だろう。こんなこと本当は言いたくなかった。本当は。なんだ、本当はって。俺の本当がどうだって、祐仁さんの前ではなんの価値もない。今俺が彼にぶつけているのは、本来彼には何ら関係ない肉欲とエゴだけだ。
 こみ上げる反吐を吐き尽くすように、残していた言い訳を絞り出す。

「どうせ俺は、死ぬんだから」

 祐仁さんの背が強張った。呼吸を忘れて答えを待つ。あるいはここで、俺の呼吸が止まってしまえばいいと思った。
 どこまでも続く闇の中で、祐仁さんの肢体はほのかに光っている。ずっとこの体に触れたかった。祐仁さんがあの窓を越えて、隣に来てくれたのが嬉しかった。でも俺は、自分の意志であの窓の先にいけない。追いかけることもできない。なら、どうしたらいい。遠からずこの世界から消える俺が、祐仁さんを俺のもとに留めておくためには。
 刻みつけるしかないじゃないか。彼自身の体と、記憶に。
 やがて腕の中に、ふうっと息を吐く感触が伝わってきた。祐仁さんが振り返った。逸らす間もなく合ってしまった目には、歪んだ面の俺自身が映っていた。

「……わかった」

 囁くように告げられたその一言に、理不尽にも俺の方が泣きたくなっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

処理中です...