92 / 115
第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-8・外の世界
しおりを挟む
別に。彼と親しげに言葉を交わす人たちに嫉妬を覚えたとか、そういうことじゃない。さすがに俺の心はそこまで狭くない、と思う。グループの中には女の人もいたが、彼の態度に友達以外の何かはかけらも見受けられなかった。
そうじゃない。そうじゃなくて、もっと。
ひとしきり祐仁さんと言葉を交わした後で。三人の中で一番前に出ていた男が、ようやく俺に気づいたみたいだ。
「ところで、祐仁。その人は?」
「ああ、ともだち。友達になった」
「御郷です。どうも」
とっさに口角を上げて笑顔をつくった。四×二=八個の目が一身に集中する。へえ、よろしく、なんて口々に挨拶をしながら、俺を観察する視線。境遇への同情と少しの好奇心を、礼儀と言う名の善人面で塗り隠した表情。
彼らに悪意はない。俺だってきっとそんな顔をする。ひとつ間違えばいつ死ぬかわからない、かわいそうな病人の前では。
貼りつけた笑顔のまま、なんでもない風を装って口を開いた。
「よろしくお願いします。よろしくって言っても、俺は明日死んでるかもわかんないですけどね、あはは」
祐仁さん以外の三人が、ぎょっとしたように身を竦ませる。僅かな時間、沈黙が流れた。
「は……はは。パンチ効いてんなあ」
一人が呟いた言葉を合図に、他の二人からもお愛想のような空笑いが漏れる。にこにこ笑って聞き流しながら、祐仁さんの様子を窺った。怒られるだろうか。怒ってくれることを期待していた。けれど意外にも彼は、訝しげな、何かを探るような目で俺を見つめていた。
「御郷、お前……」
「なんですか?」
「……いや。……いや、なんか……」
麦わら帽子のつばを深く下げて、祐仁さんは黙り込む。何だよ。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。それとも何か、俺に言えないことでも思い出してしまったか。
三人組が遠巻きに会話を交わしている。俺の耳には届かない。心音がうるさい。息苦しくて熱っぽい感覚は、日射しのせいか、それとも自分でも名状しがたい感情のせいか。
「……っ」
胸郭が、押し潰されるように痛んだ。心臓を押さえて顔を伏せる。まずい。こんなところ、祐仁さんには見せたくないのに。
「……御郷? どうした」
「……は……っ」
「!? おい、御郷っ!?」
苦しい。気管にスポンジが詰め込まれているみたいだ。キーンという耳鳴りと共に、世界が俺から遠のいていく。
ぼやけていく視界の中心に、窓を飛び越えてくる祐仁さんが見えた。
ああ、いいな。
祐仁さんは自分の意志で、あんなに軽々と窓を越えられて、
──いいなあ。
別に。
知らなかったわけじゃない。ただ実感していなかっただけだ。俺と一緒にいるこの時間以外にも、祐仁さんには祐仁さんの世界がある。大学とか家とか、俺の知らない、外の世界が。そこが彼にとってどんなに居心地よくても悪くても、俺はその世界に入っていくことも、それどころか覗くことすらもできない。精神的な意味以前に、物理的な意味で。
でも俺にだって、昔はあったはずなのだ。もうどんなものだったかも思い出せないけれど。ひょっとしたら自ら絶ってしまったのかもしれない。哀れまれるのが嫌で。自分たちとは違うものだと、特別扱いで置いていかれるのが嫌で。
本当はみんな、いい人たちだってこともわかってる。
だけどいい人たちはみんな、かわいそうな俺に優しくしてしまう。
そうじゃない。そうじゃなくて、もっと。
ひとしきり祐仁さんと言葉を交わした後で。三人の中で一番前に出ていた男が、ようやく俺に気づいたみたいだ。
「ところで、祐仁。その人は?」
「ああ、ともだち。友達になった」
「御郷です。どうも」
とっさに口角を上げて笑顔をつくった。四×二=八個の目が一身に集中する。へえ、よろしく、なんて口々に挨拶をしながら、俺を観察する視線。境遇への同情と少しの好奇心を、礼儀と言う名の善人面で塗り隠した表情。
彼らに悪意はない。俺だってきっとそんな顔をする。ひとつ間違えばいつ死ぬかわからない、かわいそうな病人の前では。
貼りつけた笑顔のまま、なんでもない風を装って口を開いた。
「よろしくお願いします。よろしくって言っても、俺は明日死んでるかもわかんないですけどね、あはは」
祐仁さん以外の三人が、ぎょっとしたように身を竦ませる。僅かな時間、沈黙が流れた。
「は……はは。パンチ効いてんなあ」
一人が呟いた言葉を合図に、他の二人からもお愛想のような空笑いが漏れる。にこにこ笑って聞き流しながら、祐仁さんの様子を窺った。怒られるだろうか。怒ってくれることを期待していた。けれど意外にも彼は、訝しげな、何かを探るような目で俺を見つめていた。
「御郷、お前……」
「なんですか?」
「……いや。……いや、なんか……」
麦わら帽子のつばを深く下げて、祐仁さんは黙り込む。何だよ。言いたいことがあるならはっきり言えばいい。それとも何か、俺に言えないことでも思い出してしまったか。
三人組が遠巻きに会話を交わしている。俺の耳には届かない。心音がうるさい。息苦しくて熱っぽい感覚は、日射しのせいか、それとも自分でも名状しがたい感情のせいか。
「……っ」
胸郭が、押し潰されるように痛んだ。心臓を押さえて顔を伏せる。まずい。こんなところ、祐仁さんには見せたくないのに。
「……御郷? どうした」
「……は……っ」
「!? おい、御郷っ!?」
苦しい。気管にスポンジが詰め込まれているみたいだ。キーンという耳鳴りと共に、世界が俺から遠のいていく。
ぼやけていく視界の中心に、窓を飛び越えてくる祐仁さんが見えた。
ああ、いいな。
祐仁さんは自分の意志で、あんなに軽々と窓を越えられて、
──いいなあ。
別に。
知らなかったわけじゃない。ただ実感していなかっただけだ。俺と一緒にいるこの時間以外にも、祐仁さんには祐仁さんの世界がある。大学とか家とか、俺の知らない、外の世界が。そこが彼にとってどんなに居心地よくても悪くても、俺はその世界に入っていくことも、それどころか覗くことすらもできない。精神的な意味以前に、物理的な意味で。
でも俺にだって、昔はあったはずなのだ。もうどんなものだったかも思い出せないけれど。ひょっとしたら自ら絶ってしまったのかもしれない。哀れまれるのが嫌で。自分たちとは違うものだと、特別扱いで置いていかれるのが嫌で。
本当はみんな、いい人たちだってこともわかってる。
だけどいい人たちはみんな、かわいそうな俺に優しくしてしまう。
3
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。



【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる