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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。
7-5・ここにいる理由
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正直、迷った。突っ込んで聞いていい話だろうか。普段の俺ならばきっと、聞こえなかったふりをして話題を逸らす場面だ。でもそのときの俺はなぜか、咄嗟にその手段を取ることができなかった。
ためらいを表情に出してしまっていたんだろう。俺の顔を見上げて、祐仁さんはふっと息をつく。
「あー、なんだ。大したことない話だよ。わざわざ言うのも恥ずかしいくらい」
「……それは……俺が聞いても、いい話ですか」
「ん……」
思案するように口元に手をやって、祐仁さんは空を見上げる。釣られて俺も顔を上げた。濃紺色の濁った空に、星はひとつふたつしか見えない。
「……うちってさ、ひとり親なんだよ。あー、違う、ひとり親だったんだよ」
「はい」
「だったんだけど、少し前……半年くらい前に、母親が再婚して。苗字と、あと、家も変わって」
初対面の時の彼を思い出す。白瀬じゃなくて、祐仁で。違和感のあった要請の理由はそれか。
「別に、関係が悪いわけじゃない。むしろすごくよくしてもらってると思うよ、客観的に見ても。俺が一人暮らししようかって言ったときも、君さえよければ一緒に住めばいいじゃないか、って」
「……」
「ただ……だからこそ、俺がこの家にいていいのかなって、考えることが多くて」
そこで言葉を切って、祐仁さんは軽く首を振る。
「……違うな。俺が居心地悪いんだ、実際。よく知らない、いい人と、家族としてずっと一緒にいるのが。でもそれを認めたら、自分が最悪な奴みたいでさ。あっちこっちにいい顔したくて、家にいなくても許される理由探して、結果、こうなってる」
大きく息を吐いて、祐仁さんは斜め後ろの俺を振り向いた。目が合う。心臓が音を立てる。
「ごめん。だから今日のも多分、御郷のためとかそんなんじゃないんだ。いや、お前の支えになりたいって気持ちも確かにあったけど、それでも一番は俺の言い訳のためなんだ」
「そう、だったんですか」
「がっかり、だよな。いい歳して甘ったれんなって感じだよな。……ごめん」
「謝る必要、ないですよ」
項垂れかける彼に向かって、窓からぐっと身を乗り出した。
「むしろ嬉しいです、俺は」
「は?」
「俺ばっかり尽くしてもらってるつもりでいたのに、それが祐仁さんのためにもなってたんだなって。なんかそれって、うまく言えないですけど、対等って感じじゃないですか」
窓枠と、花壇に阻まれた距離がもどかしい。俺が点滴なんかに繋がれていなければ、窓枠を飛び越えて彼の隣に座れただろうか。歯痒さを胸の奥にしまい込んで、俺を見上げる彼に笑顔を向ける。
「だから、嬉しいです。これからは俺も、心置きなく引き留められますね」
「……はは。いいのか、そんな結論で」
「だってWin-Winでしょ?」
フォローのつもりでもなんでもなく、心底俺はそう思っていた。僅かに浮かれてすらいた。
俺の下心を知ってか知らずか、祐仁さんはちょっと眉を寄せて笑った。
「いい奴だな、御郷は」
「祐仁さんには負けますよ」
「だから俺は……」
反射のように放ちかけた異議に、祐仁さんは途中でブレーキをかける。
「……まあ、いいや」
独り言のようにそう呟いて、彼はまた空を見上げた。
桜の枝を縫うように、飛行機の小さな光が、明滅しながら夜空を渡っていく。
ためらいを表情に出してしまっていたんだろう。俺の顔を見上げて、祐仁さんはふっと息をつく。
「あー、なんだ。大したことない話だよ。わざわざ言うのも恥ずかしいくらい」
「……それは……俺が聞いても、いい話ですか」
「ん……」
思案するように口元に手をやって、祐仁さんは空を見上げる。釣られて俺も顔を上げた。濃紺色の濁った空に、星はひとつふたつしか見えない。
「……うちってさ、ひとり親なんだよ。あー、違う、ひとり親だったんだよ」
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「……」
「ただ……だからこそ、俺がこの家にいていいのかなって、考えることが多くて」
そこで言葉を切って、祐仁さんは軽く首を振る。
「……違うな。俺が居心地悪いんだ、実際。よく知らない、いい人と、家族としてずっと一緒にいるのが。でもそれを認めたら、自分が最悪な奴みたいでさ。あっちこっちにいい顔したくて、家にいなくても許される理由探して、結果、こうなってる」
大きく息を吐いて、祐仁さんは斜め後ろの俺を振り向いた。目が合う。心臓が音を立てる。
「ごめん。だから今日のも多分、御郷のためとかそんなんじゃないんだ。いや、お前の支えになりたいって気持ちも確かにあったけど、それでも一番は俺の言い訳のためなんだ」
「そう、だったんですか」
「がっかり、だよな。いい歳して甘ったれんなって感じだよな。……ごめん」
「謝る必要、ないですよ」
項垂れかける彼に向かって、窓からぐっと身を乗り出した。
「むしろ嬉しいです、俺は」
「は?」
「俺ばっかり尽くしてもらってるつもりでいたのに、それが祐仁さんのためにもなってたんだなって。なんかそれって、うまく言えないですけど、対等って感じじゃないですか」
窓枠と、花壇に阻まれた距離がもどかしい。俺が点滴なんかに繋がれていなければ、窓枠を飛び越えて彼の隣に座れただろうか。歯痒さを胸の奥にしまい込んで、俺を見上げる彼に笑顔を向ける。
「だから、嬉しいです。これからは俺も、心置きなく引き留められますね」
「……はは。いいのか、そんな結論で」
「だってWin-Winでしょ?」
フォローのつもりでもなんでもなく、心底俺はそう思っていた。僅かに浮かれてすらいた。
俺の下心を知ってか知らずか、祐仁さんはちょっと眉を寄せて笑った。
「いい奴だな、御郷は」
「祐仁さんには負けますよ」
「だから俺は……」
反射のように放ちかけた異議に、祐仁さんは途中でブレーキをかける。
「……まあ、いいや」
独り言のようにそう呟いて、彼はまた空を見上げた。
桜の枝を縫うように、飛行機の小さな光が、明滅しながら夜空を渡っていく。
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