死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第七章・死ぬ前に一度だけ、セックスをしたかったあの人と。

7-1・いつもと違う景色

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 窓の外には、桜の木。

 俺にとってはすっかり馴染みの木だ。今回は、葉桜。風を受けて揺れる枝の一本一本に、青々とした葉が満ちている。春に見た、文字通りの桜色一色が嘘みたいだ。
 病院のシンボル的な存在であるこの桜を、俺は入院のたびに飽きもせず眺め続けている。春の花盛り。赤と黄の溶け合った秋の彩。木枯らしの冬を凛と耐える白黒の立ち姿。覗く窓の位置は毎回変わっても、この桜が心の慰めでいてくれたことには変わりない。裏返して言えば、闘病中の慰めが窓からの景色くらいしかなかった、ということでもあるが。
 けれど、今回は違った。



 昼過ぎに目覚めたとき、久しぶりに気分がよかった。外の風を浴びたくなって、ベッドから身を起こして立ち上がる。ぺたぺたと鳴るスリッパに合わせて、点滴台の車輪がカラカラと滑る。ベッドから窓までという近距離の間ですら、この拘束具は俺のことを逃してはくれない。
 窓を開けた瞬間、ぶわ、とカーテンが膨れ上がった。コの字型の病棟に挟まれて、いつも強い風の吹く中庭だ。視界を覆うカーテンを片手で払いのける。と、微かにいつもと違う匂いがした。湿気を含んで立ち昇ってくる、少しすえたような匂い。これは、土の匂い?
 何の気なしに窓から顔を出した。と、すぐ下から「うわっ」という叫び声が聞こえた。

「え?」

 視線を窓の下に落とす。目が合った。男の人だ。片手にじょうろを持った男性が、壁沿いの花壇に尻餅をついて俺を見上げている。

「あ、すいません、気づかなくて」

 慌てて頭を下げたのは、その瞳が俺を睨んでいるように見えたからだ。青年はじょうろを花壇のふちに置いてから、尻についた土を払いつつ立ち上がる。背が高い。俺も病持ちの身にしてにはだいぶ伸びた方だが、彼の身長は恐らく俺と大差ない。

「大丈夫。液肥はこぼさなかったから」
「申し訳ないです。ええと、クリーニング代とか……」
「え? いや、別にそんなの……ん?」

 形のいい眉がふと歪み、俺は思わず身を硬くする。無意識の警戒を気取られてしまったか、目の前の彼はぎこちなく笑って首を傾げた。

「もしかして俺、怒ってるように見える?」
「……違うんですか?」
「あああ、違う違う、怒ってない怒ってない」

 愛想笑い(だったのだろう、たぶん)を苦笑いに変えて、彼はぶんぶんと片手を振る。シャープで端正な印象の人だが、動作がつくと若干親しみやすく見えなくもない。

「俺、園芸ボランティアだから。汚れるのは最初から織り込み済みだよ」
「ああ、なるほど……あれ?」

 今度は俺が疑問を抱く番だった。この病院の花壇を、ボランティアの人が手入れしてくれていること自体は本当だ。町内会の集まりや大学のサークルで、わいわいと花や木を植えているところは、俺も何度か見かけたことがある、が。

「ひとり、なんですか?」
「うん。最初は大学から十人くらいで来てたんだけど。あいつらだんだん来なくなりやがるんだ、地味だし意外と重労働だから」
「はあ……」
「……念のため言っておくけど、不審者じゃないからな?」

 内心の懸念を見抜いたか、彼は首から下げた名札を俺に見せつけた。中のカードに印字されているのは、見覚えのある病院のロゴと、目の前の彼と同じ顔の写真、それに名前。

「……白瀬しらせ祐仁ゆうじん
「うん。君は?」
「え?」
「君の名前」
「俺、ですか?」

 ちょっと面食らう。特に意味もなく声に出してしまっただけなのだが、思いのほか屈託なく問い返されてしまった。まあ、別に隠すようなことでもない。どうせ病室の前を横切るだけで、誰彼構わずわかる情報だ。
 少しの警戒を慣れた作り笑いの裏に隠して、俺は彼に自分の名前を告げた。

「御郷です。御郷みごう玄斗はると
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