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第六章・壊れてしまった物語を美しく終わらせるために、あの図書室で物語を分け合った先生と。
6-14・結果報告 その2
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「吐き気とかあります? 病気……はまあ、俺たちにはないでしょうけど、あんまり体調悪いようだったら」
「いや……大丈夫。たまにある、ことだから……少し休めば、なんとか」
「ああ……前にもありましたね、そう言えば」
「……ああ、そうか。あれも……お前といるときだったっけ」
痛む頭の奥から記憶を手繰る。仕事終わりのあの時も、俺の部屋で一緒に植え替えをしたあの時も。この頭痛が起こるときは、そう言えばいつもミゴーがそばにいた。……違う、厳密に言えば、いつもミゴーのことを考えていた?
「んん……なんだろうな、これ。お前がもうちょっと真面目になったら、俺の頭痛も収まるのかもな」
「……すみません」
「え? お、おい、ちょっと」
ついつい叩いた軽口に、ミゴーは減らず口のひとつも返さず目を伏せる。予想外の反応に俺の方がうろたえた。
「じょ、冗談だからな? 別に、本気でお前のせいだなんて思ってないからな?」
「あはは、わかってますよ。報告やっとくんで、休んでください」
「あ、ああ……」
いつもの笑みを浮かべつつ、しかし席に戻る足取りはどこか重たい。なんなんだ。そんなにまずいことを言ってしまったか、俺は。いや、今日に限った話ではない。ここ最近の彼はどこかおかしい。そして恐らくその理由は、俺に関係することだ。
ソファに横たわった姿勢から、目だけでミゴーの背を追った。安い事務椅子から生えた長身は、やはり普段より覇気がない。一拍置いてPCを起動させ、ひと通りの通知をチェックして──おそらくその行程の最中に、彼は不意に動きを止めた。
「……ん? ミゴー?」
不自然なブレーキを疑問に思って、寝転がったまま声をかける。返事はない。
「ミゴー、何かあったのか」
上体を起こして再度問いかける。返事はない。黒いスーツに包まれた背中は、凍りついたかのように微動だにしない。さすがに、おかしい。
ソファから降りようと靴に足を突っ込む。黒い革靴が床に当たる音に、ミゴーの背がびくりと跳ねた。
「ミ……」
「次の任務は、俺ひとりで行きます」
「は?」
こちらを見ないまま放たれた一言に、思わず眉間にしわを寄せた。
「何言ってんだお前、そんなこと」
「期日が明日までなんです。ユージンさん本調子じゃないでしょう、休んでてください」
「だからそれはそんな大したもんじゃ」
「上には俺から言っておきますから。お願いします」
平静を装う声色の奥に、微かな焦燥が滲んでいるように聞こえるのは俺の思い過ごしだろうか。とにかくソファから立ち上がろうとした瞬間、視界がぐにゃりと揺れた。収まりかけた頭痛が、再び頭の中で増幅し始める。まるで何かを訴えているみたいだ。脳髄の奥底で、何かが殻を破ろうとしているみたいだ。
ソファに座ったまま、両手でこめかみを抱え込む。駄目だ。まだ、駄目だ、今は。
「……ん、なこと、言ったって……」
「……お願いします」
掠れた声で呟いて、ミゴーが俺を振り返った。立ち上がってこちらへ歩み寄り、俺の目前で足を止める。頭の痛みをどうにか堪えて、指の間からその顔を覗き見た。
ミゴーの顔に、笑みはなかった。悲しげ、と言うよりは、何かを諦めたような黒い瞳で、俺のことをまっすぐに見下ろしていた。
「み、ご……」
「……寝ていてください。今は」
掴まれた肩に、抵抗できるだけの力は入らない。頭が痛い。意識がどこかに遠のいていく。頭が、痛い。
どくどくと響く血の音に混じって、何かがひび割れるような音が聞こえた。
ユージンさん。
頭の中で、ミゴーの声がする。
ああ、そうだ。思えばあいつにはずっと振り回されてばっかりだ。仕事の上でも、もちろんプライベートの上でも、とにかくなんと言うか色々な意味で。俺も俺でなんだかやけに説教ばかりしていた気がする。俺はあいつの上司でも何でもないのに。そもそもなんであいつは俺のことをさんづけで呼ぶんだ。大して敬っているわけでもないだろうに、敬語で喋る意味もわからない。
わからない。あいつのことは全部、一から十までわからないことばっかりだ。なんであいつのことを考えるだけで、こんなに頭が痛くなるんだ。なんであいつはあんな顔をするんだ。なんであいつは、俺と寝たんだ。
なんでだ──なんで、だっけ?
きつく閉じていたまぶたを、ほんのうっすら開いた。視界の真ん中に、ぼんやりと黒い背中が映る。珍しく真面目に仕事をしているようだ。デスクの端に置かれたコノフィツムが、小さな鉢の中で丸い葉を寄せ合っている。花言葉は確か、似た者同士。
頭が痛い。
ミゴーの声が聞こえる。
なんでだっけ。
なんであいつは、俺をあんなふうに呼ぶんだっけ。
ユージンさん。
ユージンさん。
──祐仁さん。
「いや……大丈夫。たまにある、ことだから……少し休めば、なんとか」
「ああ……前にもありましたね、そう言えば」
「……ああ、そうか。あれも……お前といるときだったっけ」
痛む頭の奥から記憶を手繰る。仕事終わりのあの時も、俺の部屋で一緒に植え替えをしたあの時も。この頭痛が起こるときは、そう言えばいつもミゴーがそばにいた。……違う、厳密に言えば、いつもミゴーのことを考えていた?
「んん……なんだろうな、これ。お前がもうちょっと真面目になったら、俺の頭痛も収まるのかもな」
「……すみません」
「え? お、おい、ちょっと」
ついつい叩いた軽口に、ミゴーは減らず口のひとつも返さず目を伏せる。予想外の反応に俺の方がうろたえた。
「じょ、冗談だからな? 別に、本気でお前のせいだなんて思ってないからな?」
「あはは、わかってますよ。報告やっとくんで、休んでください」
「あ、ああ……」
いつもの笑みを浮かべつつ、しかし席に戻る足取りはどこか重たい。なんなんだ。そんなにまずいことを言ってしまったか、俺は。いや、今日に限った話ではない。ここ最近の彼はどこかおかしい。そして恐らくその理由は、俺に関係することだ。
ソファに横たわった姿勢から、目だけでミゴーの背を追った。安い事務椅子から生えた長身は、やはり普段より覇気がない。一拍置いてPCを起動させ、ひと通りの通知をチェックして──おそらくその行程の最中に、彼は不意に動きを止めた。
「……ん? ミゴー?」
不自然なブレーキを疑問に思って、寝転がったまま声をかける。返事はない。
「ミゴー、何かあったのか」
上体を起こして再度問いかける。返事はない。黒いスーツに包まれた背中は、凍りついたかのように微動だにしない。さすがに、おかしい。
ソファから降りようと靴に足を突っ込む。黒い革靴が床に当たる音に、ミゴーの背がびくりと跳ねた。
「ミ……」
「次の任務は、俺ひとりで行きます」
「は?」
こちらを見ないまま放たれた一言に、思わず眉間にしわを寄せた。
「何言ってんだお前、そんなこと」
「期日が明日までなんです。ユージンさん本調子じゃないでしょう、休んでてください」
「だからそれはそんな大したもんじゃ」
「上には俺から言っておきますから。お願いします」
平静を装う声色の奥に、微かな焦燥が滲んでいるように聞こえるのは俺の思い過ごしだろうか。とにかくソファから立ち上がろうとした瞬間、視界がぐにゃりと揺れた。収まりかけた頭痛が、再び頭の中で増幅し始める。まるで何かを訴えているみたいだ。脳髄の奥底で、何かが殻を破ろうとしているみたいだ。
ソファに座ったまま、両手でこめかみを抱え込む。駄目だ。まだ、駄目だ、今は。
「……ん、なこと、言ったって……」
「……お願いします」
掠れた声で呟いて、ミゴーが俺を振り返った。立ち上がってこちらへ歩み寄り、俺の目前で足を止める。頭の痛みをどうにか堪えて、指の間からその顔を覗き見た。
ミゴーの顔に、笑みはなかった。悲しげ、と言うよりは、何かを諦めたような黒い瞳で、俺のことをまっすぐに見下ろしていた。
「み、ご……」
「……寝ていてください。今は」
掴まれた肩に、抵抗できるだけの力は入らない。頭が痛い。意識がどこかに遠のいていく。頭が、痛い。
どくどくと響く血の音に混じって、何かがひび割れるような音が聞こえた。
ユージンさん。
頭の中で、ミゴーの声がする。
ああ、そうだ。思えばあいつにはずっと振り回されてばっかりだ。仕事の上でも、もちろんプライベートの上でも、とにかくなんと言うか色々な意味で。俺も俺でなんだかやけに説教ばかりしていた気がする。俺はあいつの上司でも何でもないのに。そもそもなんであいつは俺のことをさんづけで呼ぶんだ。大して敬っているわけでもないだろうに、敬語で喋る意味もわからない。
わからない。あいつのことは全部、一から十までわからないことばっかりだ。なんであいつのことを考えるだけで、こんなに頭が痛くなるんだ。なんであいつはあんな顔をするんだ。なんであいつは、俺と寝たんだ。
なんでだ──なんで、だっけ?
きつく閉じていたまぶたを、ほんのうっすら開いた。視界の真ん中に、ぼんやりと黒い背中が映る。珍しく真面目に仕事をしているようだ。デスクの端に置かれたコノフィツムが、小さな鉢の中で丸い葉を寄せ合っている。花言葉は確か、似た者同士。
頭が痛い。
ミゴーの声が聞こえる。
なんでだっけ。
なんであいつは、俺をあんなふうに呼ぶんだっけ。
ユージンさん。
ユージンさん。
──祐仁さん。
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