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第六章・壊れてしまった物語を美しく終わらせるために、あの図書室で物語を分け合った先生と。
6-13・結果報告 その1
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欠片源所持者:能交望
行為遂行対象者:倉知理
場所:藤咲北高等学校第二図書室 空間転移にて対応
用具:特段の希望なし
備考:欠片生成時において源所持者が死亡済みの為、行為遂行に当たって仮形成体を貸与
源所持者を包んだ鮮烈な光に、俺は一瞬、仕事を忘れて見惚れた。初めてだったからだ。魂がいわゆる、天国へ導かれる瞬間を目にしたのが。天使の端くれと言っても俺の担当は周知の通り欲望担当、生と死を行き来はすれど直に境目を跨ぐことはない。今回は特殊なケースだ。死後の後悔から欠片が生まれたが故に、死者を生者と交わらせる荒業に出ざるを得なかった。結果としてたまたまこの場に居合わせることになったが、本来はノータッチであるべき管轄外の部分だ。
ぼけっと突っ立って光の柱を見つめていると、不意に手首が強く締めつけられた。振り向くと、顔を伏せたミゴーが俺の手を強く握りしめている。
「な、何」
「帰りましょう」
「え?」
「帰りましょう、ユージンさん。早く」
「あ、ああ……」
内心、困惑した。どうしてかはわからないが、ミゴーは明らかに切羽詰まっている。普段の、自堕落ゆえの切り上げ方とはおよそかけ離れた態度だ。纏う空気には焦燥すら滲んでいる。
「なんか……どうしたんだ、お前」
開いた扉をミゴーに手を引かれたままくぐりつつ、俺は怖々問いかける。返事はない。代わりというわけではないだろうが、見慣れた事務所の背後で扉が閉じた瞬間、ミゴーの手の力が少し抜けた。
「おい、ミ……」
「ユージンさんは」
言葉を塞ぐような強い口調で、ミゴーは俺の名前を呼ぶ。
「ユージン、さんは」
「うん」
「……」
「俺が、なんだ」
先を促す俺と、ミゴーの視線が一瞬、交錯する。どきりと心臓が鳴った。ミゴーの瞳は、見たことがないくらい頼りなく揺れていた。まるで迷子の子供みたいな、……いや、……違う。
俺はたぶん、ミゴーのこの目を知っている。
「……っ!」
「ユージンさんっ!?」
がくりと膝の力が抜けた。崩れ落ちそうになった体を、ミゴーの腕が寸前で支える。頭が痛い。金属音みたいな耳鳴りが、鼓膜を貫通して脳天に響く。
だけど。
「いい、大丈夫、だから……俺が、なんなんだよ」
「そんなこと言ってる場合じゃ」
「いいから……っ」
鼻にしわを寄せて痛みに耐えながら、腕の中からミゴーを見上げた。今ならば捕まえられるような気がする。ミゴーの真意を。へらへらと笑いながら自分を隠して、近づいたかと思えば逃げていくこの男の内面を。
ミゴーは困惑したように俺を見つめている。やがて彼は、一瞬だけ目を閉じてふっと息を吐いた。再び目を開けて俺に見せたのは、いつも通りの、笑顔だ。
「大したことじゃないんです。ユージンさんがこんな簡単に手握らせてくれるなんて、これは期待していいのかなって、あはは」
「嘘、だろ……っ」
「嘘じゃないですよ。なんでいちいち重く考えちゃうんですかね、ユージンさんは」
「ミゴ、……っ!」
「ああほら、無理しちゃだめですよ」
表情を顔に貼りつけたミゴーが、俺をソファの方へと引きずっていく。抵抗したつもりだったが、体に力が入らない。結局俺はなすすべなくソファに寝かされてしまった。知らずため息がこぼれた。ようやっと掴んだ尻尾が、するりと手の中から抜けてしまった気分だ。
行為遂行対象者:倉知理
場所:藤咲北高等学校第二図書室 空間転移にて対応
用具:特段の希望なし
備考:欠片生成時において源所持者が死亡済みの為、行為遂行に当たって仮形成体を貸与
源所持者を包んだ鮮烈な光に、俺は一瞬、仕事を忘れて見惚れた。初めてだったからだ。魂がいわゆる、天国へ導かれる瞬間を目にしたのが。天使の端くれと言っても俺の担当は周知の通り欲望担当、生と死を行き来はすれど直に境目を跨ぐことはない。今回は特殊なケースだ。死後の後悔から欠片が生まれたが故に、死者を生者と交わらせる荒業に出ざるを得なかった。結果としてたまたまこの場に居合わせることになったが、本来はノータッチであるべき管轄外の部分だ。
ぼけっと突っ立って光の柱を見つめていると、不意に手首が強く締めつけられた。振り向くと、顔を伏せたミゴーが俺の手を強く握りしめている。
「な、何」
「帰りましょう」
「え?」
「帰りましょう、ユージンさん。早く」
「あ、ああ……」
内心、困惑した。どうしてかはわからないが、ミゴーは明らかに切羽詰まっている。普段の、自堕落ゆえの切り上げ方とはおよそかけ離れた態度だ。纏う空気には焦燥すら滲んでいる。
「なんか……どうしたんだ、お前」
開いた扉をミゴーに手を引かれたままくぐりつつ、俺は怖々問いかける。返事はない。代わりというわけではないだろうが、見慣れた事務所の背後で扉が閉じた瞬間、ミゴーの手の力が少し抜けた。
「おい、ミ……」
「ユージンさんは」
言葉を塞ぐような強い口調で、ミゴーは俺の名前を呼ぶ。
「ユージン、さんは」
「うん」
「……」
「俺が、なんだ」
先を促す俺と、ミゴーの視線が一瞬、交錯する。どきりと心臓が鳴った。ミゴーの瞳は、見たことがないくらい頼りなく揺れていた。まるで迷子の子供みたいな、……いや、……違う。
俺はたぶん、ミゴーのこの目を知っている。
「……っ!」
「ユージンさんっ!?」
がくりと膝の力が抜けた。崩れ落ちそうになった体を、ミゴーの腕が寸前で支える。頭が痛い。金属音みたいな耳鳴りが、鼓膜を貫通して脳天に響く。
だけど。
「いい、大丈夫、だから……俺が、なんなんだよ」
「そんなこと言ってる場合じゃ」
「いいから……っ」
鼻にしわを寄せて痛みに耐えながら、腕の中からミゴーを見上げた。今ならば捕まえられるような気がする。ミゴーの真意を。へらへらと笑いながら自分を隠して、近づいたかと思えば逃げていくこの男の内面を。
ミゴーは困惑したように俺を見つめている。やがて彼は、一瞬だけ目を閉じてふっと息を吐いた。再び目を開けて俺に見せたのは、いつも通りの、笑顔だ。
「大したことじゃないんです。ユージンさんがこんな簡単に手握らせてくれるなんて、これは期待していいのかなって、あはは」
「嘘、だろ……っ」
「嘘じゃないですよ。なんでいちいち重く考えちゃうんですかね、ユージンさんは」
「ミゴ、……っ!」
「ああほら、無理しちゃだめですよ」
表情を顔に貼りつけたミゴーが、俺をソファの方へと引きずっていく。抵抗したつもりだったが、体に力が入らない。結局俺はなすすべなくソファに寝かされてしまった。知らずため息がこぼれた。ようやっと掴んだ尻尾が、するりと手の中から抜けてしまった気分だ。
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