81 / 115
第六章・壊れてしまった物語を美しく終わらせるために、あの図書室で物語を分け合った先生と。
6-12・それから
しおりを挟む
能交望様
前略
今から認めるこの手紙は、本来ならば貴方の墓前で、自らの口で語るべき内容だろう。だが私は元来口が回らぬ性質で、貴方と相対したまま上手く言葉を選べる自信がない。勿論出来うる限りは肉声で告白するつもりではあるが、委細については手紙の形を取る非礼を許して欲しい。
現在私は教職を辞し、故郷の山間に居を構えている。私と貴方の間にあったものがなんであれ、私が教え子に対して許されざるない感情を抱いていた事実は変わらない。一度自覚してしまった以上、年少者を教え導く任の続行は不可能だ。貴方にとっては承服しかねる事態だろうが、これは私の、人として最低限のけじめだと思ってもらいたい。幸い昔からの知己が文章仕事を回してくれていることもあり、生活の方は細々ながら成り立っている。何も無い田舎だが、静かで心安らかな、善いところだ。
貴方が私の前に現れたあの日から、今日までずっと考え続けていた。果たしてあれは、愛だったのだろうか。身を挺して諭してくれた貴方には申し訳ない限りだが、私は私の中に鬱積していた感情を、今もって全面的に肯うことはできない。隠し立てなく告白すれば、私が貴方に対して抱き続けていたほの暗い情動は、例え教師と生徒という立場を切り離して考えたとしても到底誠実なものとは言い難い。肉体的な欲望は言うまでもなく、私の脳裏から滲み出した貪婪たる情念、所有欲、恥ずべき浅ましい執着は、ことによれば行き先が貴方である必然性すらなかった。であるからこそ私は、子供が野良猫を隠すがごとくその感情を必死で隠し、その突端が貴方の死に繋がってしまったことに絶望したのだ。
美辞麗句で表面を糊塗したところで、中身の泥濘が清水に変わるわけもない。さりとてあのときの貴方は、綺麗な物語にしましょう、と私に告げた。貴方が私に寄せてくれた思慕と、私の醜悪な欲望を全て混ぜ合わせた上で、美しい愛の物語としてピリオドを打つことが、貴方自身の望みなのだと。ならば私は全力で成し遂げねばならない。もしもあの日体を重ねた貴方が例によって私の幻覚であり、本当の貴方が私を恨んだまま死んでいったのだとしても。そしていつか来る私の終幕に、煉獄にて貴方に責められるならまだしも、断罪の機会すら与えられずにのうのうと消えていくのが定めなのだとしても。それでも私は私に誓い続けなければならない。私の目に焼き付いたあの日の貴方が、美しい物語を望み続けている限り。
あれは、愛だったのだと。
貴方にこの手紙が届くかどうかは知れない。もしも貴方に届かぬまま終わるとしても、これは私自身が未来に紡ぐ物語、そのものに対しての決意表明だ。
貴方が貴方の物語を読み返すとき、美しい感慨を抱いていることを願う。
草々
二月七日 倉知理
前略
今から認めるこの手紙は、本来ならば貴方の墓前で、自らの口で語るべき内容だろう。だが私は元来口が回らぬ性質で、貴方と相対したまま上手く言葉を選べる自信がない。勿論出来うる限りは肉声で告白するつもりではあるが、委細については手紙の形を取る非礼を許して欲しい。
現在私は教職を辞し、故郷の山間に居を構えている。私と貴方の間にあったものがなんであれ、私が教え子に対して許されざるない感情を抱いていた事実は変わらない。一度自覚してしまった以上、年少者を教え導く任の続行は不可能だ。貴方にとっては承服しかねる事態だろうが、これは私の、人として最低限のけじめだと思ってもらいたい。幸い昔からの知己が文章仕事を回してくれていることもあり、生活の方は細々ながら成り立っている。何も無い田舎だが、静かで心安らかな、善いところだ。
貴方が私の前に現れたあの日から、今日までずっと考え続けていた。果たしてあれは、愛だったのだろうか。身を挺して諭してくれた貴方には申し訳ない限りだが、私は私の中に鬱積していた感情を、今もって全面的に肯うことはできない。隠し立てなく告白すれば、私が貴方に対して抱き続けていたほの暗い情動は、例え教師と生徒という立場を切り離して考えたとしても到底誠実なものとは言い難い。肉体的な欲望は言うまでもなく、私の脳裏から滲み出した貪婪たる情念、所有欲、恥ずべき浅ましい執着は、ことによれば行き先が貴方である必然性すらなかった。であるからこそ私は、子供が野良猫を隠すがごとくその感情を必死で隠し、その突端が貴方の死に繋がってしまったことに絶望したのだ。
美辞麗句で表面を糊塗したところで、中身の泥濘が清水に変わるわけもない。さりとてあのときの貴方は、綺麗な物語にしましょう、と私に告げた。貴方が私に寄せてくれた思慕と、私の醜悪な欲望を全て混ぜ合わせた上で、美しい愛の物語としてピリオドを打つことが、貴方自身の望みなのだと。ならば私は全力で成し遂げねばならない。もしもあの日体を重ねた貴方が例によって私の幻覚であり、本当の貴方が私を恨んだまま死んでいったのだとしても。そしていつか来る私の終幕に、煉獄にて貴方に責められるならまだしも、断罪の機会すら与えられずにのうのうと消えていくのが定めなのだとしても。それでも私は私に誓い続けなければならない。私の目に焼き付いたあの日の貴方が、美しい物語を望み続けている限り。
あれは、愛だったのだと。
貴方にこの手紙が届くかどうかは知れない。もしも貴方に届かぬまま終わるとしても、これは私自身が未来に紡ぐ物語、そのものに対しての決意表明だ。
貴方が貴方の物語を読み返すとき、美しい感慨を抱いていることを願う。
草々
二月七日 倉知理
3
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。


久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる