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第六章・壊れてしまった物語を美しく終わらせるために、あの図書室で物語を分け合った先生と。
6-12・それから
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能交望様
前略
今から認めるこの手紙は、本来ならば貴方の墓前で、自らの口で語るべき内容だろう。だが私は元来口が回らぬ性質で、貴方と相対したまま上手く言葉を選べる自信がない。勿論出来うる限りは肉声で告白するつもりではあるが、委細については手紙の形を取る非礼を許して欲しい。
現在私は教職を辞し、故郷の山間に居を構えている。私と貴方の間にあったものがなんであれ、私が教え子に対して許されざるない感情を抱いていた事実は変わらない。一度自覚してしまった以上、年少者を教え導く任の続行は不可能だ。貴方にとっては承服しかねる事態だろうが、これは私の、人として最低限のけじめだと思ってもらいたい。幸い昔からの知己が文章仕事を回してくれていることもあり、生活の方は細々ながら成り立っている。何も無い田舎だが、静かで心安らかな、善いところだ。
貴方が私の前に現れたあの日から、今日までずっと考え続けていた。果たしてあれは、愛だったのだろうか。身を挺して諭してくれた貴方には申し訳ない限りだが、私は私の中に鬱積していた感情を、今もって全面的に肯うことはできない。隠し立てなく告白すれば、私が貴方に対して抱き続けていたほの暗い情動は、例え教師と生徒という立場を切り離して考えたとしても到底誠実なものとは言い難い。肉体的な欲望は言うまでもなく、私の脳裏から滲み出した貪婪たる情念、所有欲、恥ずべき浅ましい執着は、ことによれば行き先が貴方である必然性すらなかった。であるからこそ私は、子供が野良猫を隠すがごとくその感情を必死で隠し、その突端が貴方の死に繋がってしまったことに絶望したのだ。
美辞麗句で表面を糊塗したところで、中身の泥濘が清水に変わるわけもない。さりとてあのときの貴方は、綺麗な物語にしましょう、と私に告げた。貴方が私に寄せてくれた思慕と、私の醜悪な欲望を全て混ぜ合わせた上で、美しい愛の物語としてピリオドを打つことが、貴方自身の望みなのだと。ならば私は全力で成し遂げねばならない。もしもあの日体を重ねた貴方が例によって私の幻覚であり、本当の貴方が私を恨んだまま死んでいったのだとしても。そしていつか来る私の終幕に、煉獄にて貴方に責められるならまだしも、断罪の機会すら与えられずにのうのうと消えていくのが定めなのだとしても。それでも私は私に誓い続けなければならない。私の目に焼き付いたあの日の貴方が、美しい物語を望み続けている限り。
あれは、愛だったのだと。
貴方にこの手紙が届くかどうかは知れない。もしも貴方に届かぬまま終わるとしても、これは私自身が未来に紡ぐ物語、そのものに対しての決意表明だ。
貴方が貴方の物語を読み返すとき、美しい感慨を抱いていることを願う。
草々
二月七日 倉知理
前略
今から認めるこの手紙は、本来ならば貴方の墓前で、自らの口で語るべき内容だろう。だが私は元来口が回らぬ性質で、貴方と相対したまま上手く言葉を選べる自信がない。勿論出来うる限りは肉声で告白するつもりではあるが、委細については手紙の形を取る非礼を許して欲しい。
現在私は教職を辞し、故郷の山間に居を構えている。私と貴方の間にあったものがなんであれ、私が教え子に対して許されざるない感情を抱いていた事実は変わらない。一度自覚してしまった以上、年少者を教え導く任の続行は不可能だ。貴方にとっては承服しかねる事態だろうが、これは私の、人として最低限のけじめだと思ってもらいたい。幸い昔からの知己が文章仕事を回してくれていることもあり、生活の方は細々ながら成り立っている。何も無い田舎だが、静かで心安らかな、善いところだ。
貴方が私の前に現れたあの日から、今日までずっと考え続けていた。果たしてあれは、愛だったのだろうか。身を挺して諭してくれた貴方には申し訳ない限りだが、私は私の中に鬱積していた感情を、今もって全面的に肯うことはできない。隠し立てなく告白すれば、私が貴方に対して抱き続けていたほの暗い情動は、例え教師と生徒という立場を切り離して考えたとしても到底誠実なものとは言い難い。肉体的な欲望は言うまでもなく、私の脳裏から滲み出した貪婪たる情念、所有欲、恥ずべき浅ましい執着は、ことによれば行き先が貴方である必然性すらなかった。であるからこそ私は、子供が野良猫を隠すがごとくその感情を必死で隠し、その突端が貴方の死に繋がってしまったことに絶望したのだ。
美辞麗句で表面を糊塗したところで、中身の泥濘が清水に変わるわけもない。さりとてあのときの貴方は、綺麗な物語にしましょう、と私に告げた。貴方が私に寄せてくれた思慕と、私の醜悪な欲望を全て混ぜ合わせた上で、美しい愛の物語としてピリオドを打つことが、貴方自身の望みなのだと。ならば私は全力で成し遂げねばならない。もしもあの日体を重ねた貴方が例によって私の幻覚であり、本当の貴方が私を恨んだまま死んでいったのだとしても。そしていつか来る私の終幕に、煉獄にて貴方に責められるならまだしも、断罪の機会すら与えられずにのうのうと消えていくのが定めなのだとしても。それでも私は私に誓い続けなければならない。私の目に焼き付いたあの日の貴方が、美しい物語を望み続けている限り。
あれは、愛だったのだと。
貴方にこの手紙が届くかどうかは知れない。もしも貴方に届かぬまま終わるとしても、これは私自身が未来に紡ぐ物語、そのものに対しての決意表明だ。
貴方が貴方の物語を読み返すとき、美しい感慨を抱いていることを願う。
草々
二月七日 倉知理
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