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第六章・壊れてしまった物語を美しく終わらせるために、あの図書室で物語を分け合った先生と。
6-10・終幕
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後ろで快感を受け取るには、慣れも成熟もいまだ足りてはいない。けれどスムーズな動かし方は少しずつわかってきた。先生が出入りするのに合わせて、萎えていた自分の前を扱く。自慰行為の抱き合わせみたいな不自然なセックス。それでもいい。僕と先生がただ一度、体を重ねた事実だけあればいい。
「先生、倉知先生、……理さん、好き……好きです、好きだよ、ずっと」
「……能交、っ……」
弾む息の間で、僕としては信じられないくらいに素直に言い放つ。名前を呼んだ瞬間に、僕を貫くものが膨れ上がった。少し、可笑しい。口でどんなに堅いことを言っても反応を隠しきれない愚直さが、僕の好きな彼そのものだ、と思う。
顎を上向かせて、勝手に唇に口づけた。銀縁眼鏡の冷たいフレームが、火照った頬を掠める。
「もしも理さんの中にあるものが、単なる動物的な性欲だけだとしても……それを知っているのは、他ならぬ僕たちだけだ」
だから、いいんだよ。
重なる舌と舌の合間に、注ぎ込むようにして囁いた。嘘だっていい。脚色だってフィクションだって構わない。僕らに都合のいい空虚な美談に、僕と先生だけは書き換えていい。
「綺麗な物語にしましょう、先生」
絡ませた舌をぬるりと引き抜いた。唾液に濡れた唇を、おとぎ話のような甘ったるいキスで上書いた。
「能交望は最後に愛する人と抱きしめ合って、消えていきました、って」
先生の瞳孔が、小さく収束する。
「……能、交……、……いや」
捕まえていた手首から、すっと力が抜けた。手を離して、先生の首に腕を絡める。骨張った彼の手は僅かに空を彷徨って、それから僕の背へと恐る恐る着地した。
「…………望」
「ぁ、は……っ!」
力強い腕が、僕の全身をぐっと引き寄せる。声が漏れてしまったのは苦しかったからじゃない。嬉しかったからだ。
今までの全てをぶつけるかのように、先生は激しく動き始めた。骨と骨が打ち合って互いの身肉を削る。僕のかりそめの体が、先生の形へと作り変えられていく。
「望、望っ……離さない、もう、私の、私だけの……望っ……!」
「んっ、先生、理さん、好き、愛してる、あっ、離さないで、このまま、ずっと、永遠に……っ!」
「ああ、ずっとだ、ずっと……永遠に、愛している、愛しているっ……!」
「理さんっ……理さん……っ!」
交わしあう言葉の空虚さを、僕らは知りすぎるほどに知っているはずだ。永遠はない。愛と呼ぶべき時間も未来も、もはや僕らの手からは失われてしまった。重ねた肉体すら一時の借り物で、もうすぐ僕はあの闇の果てへと消えていってしまう。全部が虚しい嘘で、銀メッキのフィクションだ。
けれど、それでも、僕と理さんの魂は、今確かにひとつに溶け合っている。そのひとつだけをピリオドにして、僕たちの物語は終幕を迎えるのだ。
「望っ、望っ……っく、あ、私、はっ……はぁ……っ!」
「いいよ、理さん……来て、全部、僕の、なかにっ……!」
「のぞ、むっ……愛して、いる……っ!」
「あっ、あぁっ、僕、もっ……うぁあっ!!」
身が千切れるほどの抱擁と共に、理さんの熱が僕の一番奥へと注ぎ込まれる。眩しくて鮮烈な光が、脳内を真っ白に染めていく。
天国の光みたいだと思った。
「先生、倉知先生、……理さん、好き……好きです、好きだよ、ずっと」
「……能交、っ……」
弾む息の間で、僕としては信じられないくらいに素直に言い放つ。名前を呼んだ瞬間に、僕を貫くものが膨れ上がった。少し、可笑しい。口でどんなに堅いことを言っても反応を隠しきれない愚直さが、僕の好きな彼そのものだ、と思う。
顎を上向かせて、勝手に唇に口づけた。銀縁眼鏡の冷たいフレームが、火照った頬を掠める。
「もしも理さんの中にあるものが、単なる動物的な性欲だけだとしても……それを知っているのは、他ならぬ僕たちだけだ」
だから、いいんだよ。
重なる舌と舌の合間に、注ぎ込むようにして囁いた。嘘だっていい。脚色だってフィクションだって構わない。僕らに都合のいい空虚な美談に、僕と先生だけは書き換えていい。
「綺麗な物語にしましょう、先生」
絡ませた舌をぬるりと引き抜いた。唾液に濡れた唇を、おとぎ話のような甘ったるいキスで上書いた。
「能交望は最後に愛する人と抱きしめ合って、消えていきました、って」
先生の瞳孔が、小さく収束する。
「……能、交……、……いや」
捕まえていた手首から、すっと力が抜けた。手を離して、先生の首に腕を絡める。骨張った彼の手は僅かに空を彷徨って、それから僕の背へと恐る恐る着地した。
「…………望」
「ぁ、は……っ!」
力強い腕が、僕の全身をぐっと引き寄せる。声が漏れてしまったのは苦しかったからじゃない。嬉しかったからだ。
今までの全てをぶつけるかのように、先生は激しく動き始めた。骨と骨が打ち合って互いの身肉を削る。僕のかりそめの体が、先生の形へと作り変えられていく。
「望、望っ……離さない、もう、私の、私だけの……望っ……!」
「んっ、先生、理さん、好き、愛してる、あっ、離さないで、このまま、ずっと、永遠に……っ!」
「ああ、ずっとだ、ずっと……永遠に、愛している、愛しているっ……!」
「理さんっ……理さん……っ!」
交わしあう言葉の空虚さを、僕らは知りすぎるほどに知っているはずだ。永遠はない。愛と呼ぶべき時間も未来も、もはや僕らの手からは失われてしまった。重ねた肉体すら一時の借り物で、もうすぐ僕はあの闇の果てへと消えていってしまう。全部が虚しい嘘で、銀メッキのフィクションだ。
けれど、それでも、僕と理さんの魂は、今確かにひとつに溶け合っている。そのひとつだけをピリオドにして、僕たちの物語は終幕を迎えるのだ。
「望っ、望っ……っく、あ、私、はっ……はぁ……っ!」
「いいよ、理さん……来て、全部、僕の、なかにっ……!」
「のぞ、むっ……愛して、いる……っ!」
「あっ、あぁっ、僕、もっ……うぁあっ!!」
身が千切れるほどの抱擁と共に、理さんの熱が僕の一番奥へと注ぎ込まれる。眩しくて鮮烈な光が、脳内を真っ白に染めていく。
天国の光みたいだと思った。
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