死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第六章・壊れてしまった物語を美しく終わらせるために、あの図書室で物語を分け合った先生と。

6-6・その先へ

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 一瞬躊躇したのは、あのときのことを脳裏に思い描いたからかもしれない。最後の、たった一度だけの生身の記憶。僕にとってあまりにも鮮烈で、忘れがたい刻印。その先に起こる化学反応への恐れが、僅かな迷いを呼び起こしたのかもしれない。
 けれど──あの日のように窓際から先生を眺めつつ、僕は考える──今の僕はかりそめの肉体で現世に降り立った、期限付きの人間だ。いや、本質的な意味ではあの頃の僕もそう変わらなかったのだけれど、ほど近い終わりが明示されているという点では大差がある。だったら、なすべきことを為さねばならない。本当の意味でなすべきこと、なのかどうかはともかく──昼も夜もない場所で漂いながら、唯一捨てきれなかった心残りであるのは確かだ。
 窓辺から、重力に従って床へとつま先を置いた。先生は相変わらず顔さえ上げない。その肩に、逡巡の膜を指先で突き破るようにして手を置いた。

「ねえ、先生」

 薄手のシャツ越しに、先生の体温を感じる。やわらかくてあたたかい生身の感触。勝手なイメージで言ってしまえば、やっぱり先生には、こういう生々しさは不似合いだ。けれど今度は手を離さない。僕が望もうが望むまいが、先生の肉体には血が流れている。

「僕が戻ってきたのはね。先生とセックスするためなんですよ」

 あえて露骨な言葉を選ぶ。掌の下から、僅かに動揺の気配が伝わってくる。背中から滑らせるようにして、先生の胸元に腕を回した。僕より明らかに分厚い大人の肉体。本来もうないはずの心臓が、やたらと存在を主張するのが妙な感覚だった。
 耐え切れなくなったとでも言わんばかりに、先生が深く息を吐く。

「……もう、いい。やめてくれ」
「うん?」
「これ以上、私の醜悪さを形にして見せつけないでくれ。もう沢山だ」

 口調はいっそ淡々としていた。無感情と言うよりは、振り絞る苦痛すら残っていない、というふうに思えた。胸が痛む。今から僕がやろうとしていることは、本当に必要な行為なんだろうか。ただでさえ暗闇の中にいる先生を、より深い地獄へと突き落とすことになりはしないか。
 例え、そうであっても。回した腕に力を込める。始めから献身や善行のつもりはない。僕はただ、見たいだけだ。あの日開いたままにしていたページの先を。僕と先生の、物語の終わりを。

「……先生は、何もしないでいいよ」

 腕を解いて、机の下に跪く。怖気づく自分を隠すように、あえて微笑みながら首を傾げた。

「僕は僕のために、先生とセックスするんだ」

 先生は何も言わないまま、諦めたように目を伏せた。
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