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第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。
5-14・疑念と、そして
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机の端っこを両手で掴んで、尻を突き出す形になった体を支える。後ろに回り込んだ蜘藤がオレの腰に手を添えた。緊張で跳ね上がりそうになる体をかろうじて抑える。至近距離からの吐息が、熱く耳元をくすぐる。
「佐薙、覚えているか」
「えぁ、な、何?」
「この席。お前が座っていた席だ」
「あ……あぁ?」
蜘藤は妙に感じ入ったような様子だが、オレはいまひとつぴんと来ない。何度か席替えもしたしそもそも三年以上も前の話なのだ。席からの眺めを確認してみても、覚えはなかった。だが有無を言わせぬ蜘藤の口調に、そうだったような気もしてくる。蜘藤がそんなふうに断言するなら、ここはオレの席だったんだろう、たぶん。
蜘藤の手がするするとオレの着衣を剥いでいく。丸出しにされた下半身に、生肌の感触が僅かに触れる。蜘藤の体温はオレより明らかに高い。興奮しているのか、それとも元々そういう体質なのか。どちらにしろ伝わる熱の生々しさは、裸身の蜘藤をオレにまざまざと実感させた。天板を掴んだ手に知らず力がこもる。
「佐薙」
「ん?」
「最後に聞く。……いいんだな」
もちろん、と頷こうとした瞬間。
脳の隅にちり、と、静電気のような感覚が走った。ふと外界からの感覚が途切れる。微かな電流は脳から鼓膜を震わせて、オレ自身の声でオレに問いかける。
(本当に、いいのか)
いいって、何が。
(おかしいと思わねえのか。違和感はずっとあったはずだろ)
何の話だよ、だから。
(思い出せよ、ほら。本当はオレだって、とっくに気が付いてるはずなんだ)
なんなんだよ──と問い返すより先に。記憶の中にある蜘藤の声が、奔流のように耳元で再生される。
『俺には佐薙じゃなきゃ駄目だったんだ。それに、佐薙も』
『何でもありみたいだからな、あいつら』
『覚えていてくれよ、佐薙。都会に行っても、俺と見たこの星のことを』
「ぐ……っ!」
「佐薙!?」
耳を押さえて机に突っ伏した。耳の奥が痛い。金属の棒を突っ込まれて、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されているみたいだ。
わからない。何もわからない。この違和感に従って、オレは蜘藤を拒絶するべきなのか。ゲームの終わりを目前にして、絡まった糸を一から解き直さなきゃいけなくなるのか。蜘藤の消えた盤面を。オレが、ひとりで。
涙で潤んだ目で蜘藤を見上げた。蜘藤は心配そうにオレを見下ろしている。その手がそっと、オレの頬に触れる。
「大丈夫だ、佐薙」
「う……あ」
蜘藤の声は、低くて優しい。触れた手は温かくて柔らかい。混乱と狂騒がすっと癒えていく。オレ自身の声で響く疑念が、糸で包むみたいにどこかに遠ざけられていく。
「俺が守ってやる。佐薙はずっと、俺の腕の中にいればいい」
「……く、どう」
「だから……佐薙。いいよな」
──ああ。
黒く丸い瞳に捕らわれたまま、オレはもう一度、自分自身の意志で頷いた。
蜘藤が破顔した。今までオレが見てきた彼の中で、一番と言っていいくらい嬉しそうな笑みだ。その笑みに何を思う暇もなく、裏腿が蜘藤の膝に押し上げられる。
「うあ、あっ……!?」
「は、ぁっ……さ、なぎ……っ」
裂けるような痛みが身体の中心を貫いた。低い呻きが喉の奥から漏れる。蜘藤の熱いもの、彼がずっと抱え込んでいた熱のすべてが、オレの中をえぐるように侵略していく。
「あ、あ、はぁっ……く、ど、……う、ぅっ……!」
「っく、佐薙、佐薙っ、やっと、やっと……っ!」
蜘藤のものがグラインドして出入りするたび、抱え込んだ机がガタガタと揺れた。目の前が白く染まる。薄れていく意識を、どちらのものともつかない荒い息だけが埋めていく。
そうだ。やっとわかった。なんでこんな簡単なことに、オレはずっと気づけずにいたんだろう。
オレの居場所は、蜘藤の腕の中だ。
どこか遠くで、またチャイムの音が聞こえた気がした。
「佐薙、覚えているか」
「えぁ、な、何?」
「この席。お前が座っていた席だ」
「あ……あぁ?」
蜘藤は妙に感じ入ったような様子だが、オレはいまひとつぴんと来ない。何度か席替えもしたしそもそも三年以上も前の話なのだ。席からの眺めを確認してみても、覚えはなかった。だが有無を言わせぬ蜘藤の口調に、そうだったような気もしてくる。蜘藤がそんなふうに断言するなら、ここはオレの席だったんだろう、たぶん。
蜘藤の手がするするとオレの着衣を剥いでいく。丸出しにされた下半身に、生肌の感触が僅かに触れる。蜘藤の体温はオレより明らかに高い。興奮しているのか、それとも元々そういう体質なのか。どちらにしろ伝わる熱の生々しさは、裸身の蜘藤をオレにまざまざと実感させた。天板を掴んだ手に知らず力がこもる。
「佐薙」
「ん?」
「最後に聞く。……いいんだな」
もちろん、と頷こうとした瞬間。
脳の隅にちり、と、静電気のような感覚が走った。ふと外界からの感覚が途切れる。微かな電流は脳から鼓膜を震わせて、オレ自身の声でオレに問いかける。
(本当に、いいのか)
いいって、何が。
(おかしいと思わねえのか。違和感はずっとあったはずだろ)
何の話だよ、だから。
(思い出せよ、ほら。本当はオレだって、とっくに気が付いてるはずなんだ)
なんなんだよ──と問い返すより先に。記憶の中にある蜘藤の声が、奔流のように耳元で再生される。
『俺には佐薙じゃなきゃ駄目だったんだ。それに、佐薙も』
『何でもありみたいだからな、あいつら』
『覚えていてくれよ、佐薙。都会に行っても、俺と見たこの星のことを』
「ぐ……っ!」
「佐薙!?」
耳を押さえて机に突っ伏した。耳の奥が痛い。金属の棒を突っ込まれて、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されているみたいだ。
わからない。何もわからない。この違和感に従って、オレは蜘藤を拒絶するべきなのか。ゲームの終わりを目前にして、絡まった糸を一から解き直さなきゃいけなくなるのか。蜘藤の消えた盤面を。オレが、ひとりで。
涙で潤んだ目で蜘藤を見上げた。蜘藤は心配そうにオレを見下ろしている。その手がそっと、オレの頬に触れる。
「大丈夫だ、佐薙」
「う……あ」
蜘藤の声は、低くて優しい。触れた手は温かくて柔らかい。混乱と狂騒がすっと癒えていく。オレ自身の声で響く疑念が、糸で包むみたいにどこかに遠ざけられていく。
「俺が守ってやる。佐薙はずっと、俺の腕の中にいればいい」
「……く、どう」
「だから……佐薙。いいよな」
──ああ。
黒く丸い瞳に捕らわれたまま、オレはもう一度、自分自身の意志で頷いた。
蜘藤が破顔した。今までオレが見てきた彼の中で、一番と言っていいくらい嬉しそうな笑みだ。その笑みに何を思う暇もなく、裏腿が蜘藤の膝に押し上げられる。
「うあ、あっ……!?」
「は、ぁっ……さ、なぎ……っ」
裂けるような痛みが身体の中心を貫いた。低い呻きが喉の奥から漏れる。蜘藤の熱いもの、彼がずっと抱え込んでいた熱のすべてが、オレの中をえぐるように侵略していく。
「あ、あ、はぁっ……く、ど、……う、ぅっ……!」
「っく、佐薙、佐薙っ、やっと、やっと……っ!」
蜘藤のものがグラインドして出入りするたび、抱え込んだ机がガタガタと揺れた。目の前が白く染まる。薄れていく意識を、どちらのものともつかない荒い息だけが埋めていく。
そうだ。やっとわかった。なんでこんな簡単なことに、オレはずっと気づけずにいたんだろう。
オレの居場所は、蜘藤の腕の中だ。
どこか遠くで、またチャイムの音が聞こえた気がした。
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