64 / 115
第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。
5-13・選択
しおりを挟む
蜘藤がゆらりと顔を上げた。視線がぶつかる。獲物を狙う蜘蛛みたいな、黒くて無機質な瞳。本能的な恐怖で身がすくんだ。現実から逃げるようにきつく目を閉じる。
けれど覚悟した蜘蛛の触肢は、いつまで経ってもオレの元には届かなかった。
「……?」
安堵よりもむしろ疑問を覚えて瞼を上げる。蜘藤は、黙り込んでいた。拳をきつく握りしめて。この教室で過ごしていた頃みたいな、陰鬱な視線でオレを見つめながら。
「……違う。駄目なんだ。佐薙自身に選んでもらわなくちゃ、駄目なんだ」
「え……」
「佐薙。佐薙は、どうしたい」
「どうしたい、って……んな、急に……」
「俺から先に言っておく。佐薙自身が許してくれるのなら、俺は佐薙を抱きたいと思っている」
「なっ……!?」
あまりに直接的な言葉に絶句する。蜘藤の表情は暗いけれど、てらいや迷いは見当たらない。
「お前だって本当はわかっていただろう。あの……吊り橋の幻が言っていた通り。俺はお前のことが好きだ。高校時代からずっと」
「……っ」
「……こんな状況下で初めて伝えるってのも、情けない話だが」
そこまで言って蜘藤は、ちらりと窓の外に視線を向けた。人気のないグラウンドは沈みかけた陽に照らされている。サッカーゴールの影が、地面に長く伸びている。
ふっ、と小さく笑った声が聞こえた。自嘲にも似た蜘藤の声だ。その意味を俺が飲み込むより先に、蜘藤は真顔に戻って言葉を継ぐ。
「その上で聞く。佐薙はどうしたい。この趣味の悪いゲームに乗るのか、乗らないのか」
「そんなん……聞かれたって、オレは……」
「どちらを選ぼうと、俺はお前の選択を尊重する。その上で俺は、佐薙の正直な気持ちを問う」
「あ……ぅ」
情けない声を漏らしながら、並んだ机の一つに尻を預ける。この局面に来てオレに選ばせるのか。ここまでずっと蜘藤の手で引っ張ってきてくれたのに、蜘藤についていけば大丈夫なんだと信じさせてくれたのに、なんで今さら、オレの意志なんか。
蜘藤の目には、オレ自身の弱り切った顔が映っている。黒い瞳の奥にオレが捕らえられているみたいだ。視界がぐらつく。コップの水が溢れるみたいに、記憶がランダムに撒き散らされる。
オレを好きだと告げた蜘藤の声。
吊り橋の上で握った手の温かさ。
渡り廊下で話した蜘蛛の与太話。
極限状況で混乱するオレを、幾度も支えてくれた頼もしい背中。
そして、いつか二人で見上げた満天の星空。
水しぶきのような記憶が、脳の芯までじんわりと染み渡った。
ああ、そうか──そうだった。
オレは初めから、そうするべきだったんだ。
揺らいだ視界が、再び焦点を結びゆく。まっすぐにオレを待っていてくれた、蜘藤の瞳に。
「佐薙は俺のことを、好きでいてくれるか?」
真正面から投げかけられた問いに、はっきりと頷いた。
今のオレにとっては、必然の選択だった。
けれど覚悟した蜘蛛の触肢は、いつまで経ってもオレの元には届かなかった。
「……?」
安堵よりもむしろ疑問を覚えて瞼を上げる。蜘藤は、黙り込んでいた。拳をきつく握りしめて。この教室で過ごしていた頃みたいな、陰鬱な視線でオレを見つめながら。
「……違う。駄目なんだ。佐薙自身に選んでもらわなくちゃ、駄目なんだ」
「え……」
「佐薙。佐薙は、どうしたい」
「どうしたい、って……んな、急に……」
「俺から先に言っておく。佐薙自身が許してくれるのなら、俺は佐薙を抱きたいと思っている」
「なっ……!?」
あまりに直接的な言葉に絶句する。蜘藤の表情は暗いけれど、てらいや迷いは見当たらない。
「お前だって本当はわかっていただろう。あの……吊り橋の幻が言っていた通り。俺はお前のことが好きだ。高校時代からずっと」
「……っ」
「……こんな状況下で初めて伝えるってのも、情けない話だが」
そこまで言って蜘藤は、ちらりと窓の外に視線を向けた。人気のないグラウンドは沈みかけた陽に照らされている。サッカーゴールの影が、地面に長く伸びている。
ふっ、と小さく笑った声が聞こえた。自嘲にも似た蜘藤の声だ。その意味を俺が飲み込むより先に、蜘藤は真顔に戻って言葉を継ぐ。
「その上で聞く。佐薙はどうしたい。この趣味の悪いゲームに乗るのか、乗らないのか」
「そんなん……聞かれたって、オレは……」
「どちらを選ぼうと、俺はお前の選択を尊重する。その上で俺は、佐薙の正直な気持ちを問う」
「あ……ぅ」
情けない声を漏らしながら、並んだ机の一つに尻を預ける。この局面に来てオレに選ばせるのか。ここまでずっと蜘藤の手で引っ張ってきてくれたのに、蜘藤についていけば大丈夫なんだと信じさせてくれたのに、なんで今さら、オレの意志なんか。
蜘藤の目には、オレ自身の弱り切った顔が映っている。黒い瞳の奥にオレが捕らえられているみたいだ。視界がぐらつく。コップの水が溢れるみたいに、記憶がランダムに撒き散らされる。
オレを好きだと告げた蜘藤の声。
吊り橋の上で握った手の温かさ。
渡り廊下で話した蜘蛛の与太話。
極限状況で混乱するオレを、幾度も支えてくれた頼もしい背中。
そして、いつか二人で見上げた満天の星空。
水しぶきのような記憶が、脳の芯までじんわりと染み渡った。
ああ、そうか──そうだった。
オレは初めから、そうするべきだったんだ。
揺らいだ視界が、再び焦点を結びゆく。まっすぐにオレを待っていてくれた、蜘藤の瞳に。
「佐薙は俺のことを、好きでいてくれるか?」
真正面から投げかけられた問いに、はっきりと頷いた。
今のオレにとっては、必然の選択だった。
2
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説


【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる