死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
上 下
61 / 115
第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。

5-10・世界が変わった日

しおりを挟む
「フィオナ、これが何か分かる?」

 パンプキンパイを焼き終えた後、おもむろにレティシアはフィオナに訊いた。瓶に入った白い粉を見て、フィオナは首を傾げる。

「粉砂糖じゃないの?」
「いいえ、これは妖精の粉よ。母さん、苦労して手に入れたの」
「妖精の粉? 初めて聞いたわ、そんな調味料」

 目を瞬くフィオナ。

「違うわ、真実、妖精の粉なの。妖精を捕まえて、その鱗粉りんぷんを採取したのよ」
「お母さん、私、小さい子どもじゃないんだから、騙されないわよ?」

 フィオナがじっとレティシアを見つめるのに、レティシアはうふふと微笑む。

「これをかけた食べ物を食べると、どんな人でも笑顔になるの。鉄仮面……ロベルト殿に持っていって御覧なさい。絶対に笑うから」
「ロベルトさんが……?」

 信じられなかったが、見てみたいような気もしたので、フィオナはロベルトの所にパンプキンパイを持っていった。



「ロベルトさん、こちらを召し上がってみて下さいませんか?」
「ありがとう、フィオナ殿。美味そうだな」

 警備団のロベルトの執務室に顔を出してパイを差し入れすると、ロベルトはフィオナに促されるまま、パイを食べてくれた。
 ドキドキとロベルトを見ていたフィオナは、ロベルトがにっこりと笑ったのを見て、目を丸くして驚いた。同じく、その顔を見てしまったハンスが、世界の終わりに直面したかのように呆然として、手に持っていた書類を落とす。バサバサと音を立てて紙が乱舞する。

「~~~~~!?」

 ハンスの声の無い悲鳴が上がる横で、フィオナはぱああと表情を明るくする。

(すごい! 妖精の粉ってすごい!)

 嬉しさのあまり、一言断って、家へ急いで帰る。

「お母さん、すごいわ。本当に笑ったの。ねえ、妖精の粉ってすごいのね……!」

 いつになく笑顔のフィオナは、レティシアに報告した後、浮き浮きした足取りで部屋へと帰っていった。



「で、お母さん。いつ、ハッピーハロウィーンって言うの? 姉さん、今日がハロウィンってこと、全然気付いてないわよ」
「どうしようかしら、アイシス。ここでロベルト殿と三人で仕組んだ悪戯だって言ったら、お母さん、嫌われちゃうと思うの」

 頬に手を当て、レティシアは溜息を吐く。

「何でネタばらししてないのかしら、ロベルト殿ったら」
「あの様子で言う暇無かったんじゃない? でも、副団長さん、笑うの成功したんだね。ここ一週間の母さんのしごきの甲斐があったわけだ」
「だって、アイシス。あの人が笑ったら、一番インパクトあるじゃない? 一番良い悪戯だと思ったんだけど……」
「後でバラしましょ。例え悪戯の為とはいえ、成功したのは奇跡よ」

 練習中の光景を思い出し、アイシスはぶるると震えた。

「あたし、笑ってる人があんなに怖いと思ったの、初めてよ」
「私もよ。あれは子どもが泣くわけよねえ」

 二人は青ざめた顔で言い合って、恐怖の記憶を頭から追い出した。



 一方、ネタばらしされたハンスは、安堵の息を吐いていた。

「なんだ、悪戯ですか。天変地異の前触れかと思ったじゃないですか」
「……さりげなく失礼なことを言うな」

 低く返しつつ、ロベルトは顔を手で撫でる。やがて頬をつまんでマッサージし始めるのを、ハンスは不思議そうに見る。

「顔がどうかしたんですか?」
「この一週間、笑う練習ばかりしていたせいで、顔の筋肉が痛いのだ。引きつる感じがする」

 至極真面目な、悪く言えばただの無表情でロベルトは答える。

「無茶しますね、副団長」

 そう返したハンスだが、笑顔の練習で顔面筋肉痛という状況に、笑いをこらえきれずについ吹き出してしまった。


 ……end.


 ※後日、フィオナは悪戯と知ってがっかりしましたが、ロベルトの奇跡の笑顔を見れたので大満足してました。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

処理中です...