58 / 115
第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。
5-7・外れ者の蜘蛛
しおりを挟む
「あー、あーあーあー。あったわ、確かに」
「思い出したか」
蜘藤はあからさまにほっとした顔を見せた。蝶のコインを机に戻し、蜘蛛の方を天井のレリーフにかざしてみせる。オレたち二人の中にある共通の記憶。二人の中にあるヒントとは、これのことだろうか。
「ってことはつまり、蜘蛛が空、なのか?」
「覚えててくれたんだな。そう考えて間違いないだろう」
「ほんとかぁ? だってオレらがあんな話したことなんて、あいつに知りようねーだろ」
「普通なら俺もそう思うところだが、何でもありみたいだからな、あいつら。現に、ほら」
蜘藤の指が、机の天板をすっとなぞった。
「見覚えあるだろ、この机。俺たちの高校にあったものと同じだ」
「え」
「それも、これ。佐薙、心当たりがあるんじゃないか?」
「心当たり? ……っ!?」
示された指の先を見て、背筋が凍った。天板の端っこに、うっすらと「J.S.」の文字が刻まれている。オレの字だ。高校時代、授業中にカッターで机に彫ったオレのイニシャルだ。
「こ、こんなもん……なんで」
「ヒントのつもり、だったのかもしれないな。こんなことまで知られているくらいなんだ、偶然の一致とも思えない」
鳥肌の消えないオレを他所に、蜘藤は表情を変えずに淡々と語る。平時なら不気味に思うかもしれないその態度が、今は頼もしくすら感じられる。
「とにかく、蜘蛛は空。で、いいな、佐薙?」
「お……おう。いい……と、思う」
「うん。じゃあ脚立を取ってこよう。天井のレリーフにこれを嵌め込まないと」
「あ、オ、オレ行くわ」
せめて行動面で役に立とうと、率先して雑用に回る。緊急事態においても変わらない蜘藤とは逆に、こっちはさっきからおろおろしてばっかりだ。前々から非常時に弱い自覚はあったが、我ながら情けない。密かに唇を噛み締める。
部屋の隅から持ってきた脚立を、レリーフの直下に立ち上げる。と、蜘蛛のコインを手にした蜘藤が、不意に小さく呟いた。
「蜘蛛は、嫌いなのにな」
(……あれ?)
その独り言を耳にした瞬間、以前聞いた彼の言葉が蘇る。
『そんな生き方をしてるから、どこにも行けない。……昆虫の仲間ですらない、外れ者のくせに』
脳裏にふっと疑問が湧いた。無意識に天井を見上げる。流れる雲と太陽の浮かぶ、大空を象った彫刻。真ん中に、いかにもコインを嵌め込めと言わんばかりの丸い穴。更に周囲にも目を凝らしてみる。モニターの光に照らされた薄暗い天井の、レリーフから少しだけ外れた場所に──
「っ、蜘藤、こっちだ!」
「え?」
脚立を掴んで引きずっていく。レリーフの外に配置されたもう一つの穴──真の正解の下に。
上を見たままの俺に釣られて、蜘藤も目を細めて天井を見上げた。少しして、あっと驚愕の声を上げる。
「本当だ。よく見つけたな、こんなの」
「あんときお前、蜘蛛は外れ者っつってたからよ」
「……本当に、覚えててくれたんだな」
蜘藤の声音は妙に嬉しそうだ。高校時代は友達なんかいらないみたいな態度だったこいつにも、他人の記憶に残るのが嬉しいなんて感情があったのか。失礼ながら、少し意外だ。
「思い出したか」
蜘藤はあからさまにほっとした顔を見せた。蝶のコインを机に戻し、蜘蛛の方を天井のレリーフにかざしてみせる。オレたち二人の中にある共通の記憶。二人の中にあるヒントとは、これのことだろうか。
「ってことはつまり、蜘蛛が空、なのか?」
「覚えててくれたんだな。そう考えて間違いないだろう」
「ほんとかぁ? だってオレらがあんな話したことなんて、あいつに知りようねーだろ」
「普通なら俺もそう思うところだが、何でもありみたいだからな、あいつら。現に、ほら」
蜘藤の指が、机の天板をすっとなぞった。
「見覚えあるだろ、この机。俺たちの高校にあったものと同じだ」
「え」
「それも、これ。佐薙、心当たりがあるんじゃないか?」
「心当たり? ……っ!?」
示された指の先を見て、背筋が凍った。天板の端っこに、うっすらと「J.S.」の文字が刻まれている。オレの字だ。高校時代、授業中にカッターで机に彫ったオレのイニシャルだ。
「こ、こんなもん……なんで」
「ヒントのつもり、だったのかもしれないな。こんなことまで知られているくらいなんだ、偶然の一致とも思えない」
鳥肌の消えないオレを他所に、蜘藤は表情を変えずに淡々と語る。平時なら不気味に思うかもしれないその態度が、今は頼もしくすら感じられる。
「とにかく、蜘蛛は空。で、いいな、佐薙?」
「お……おう。いい……と、思う」
「うん。じゃあ脚立を取ってこよう。天井のレリーフにこれを嵌め込まないと」
「あ、オ、オレ行くわ」
せめて行動面で役に立とうと、率先して雑用に回る。緊急事態においても変わらない蜘藤とは逆に、こっちはさっきからおろおろしてばっかりだ。前々から非常時に弱い自覚はあったが、我ながら情けない。密かに唇を噛み締める。
部屋の隅から持ってきた脚立を、レリーフの直下に立ち上げる。と、蜘蛛のコインを手にした蜘藤が、不意に小さく呟いた。
「蜘蛛は、嫌いなのにな」
(……あれ?)
その独り言を耳にした瞬間、以前聞いた彼の言葉が蘇る。
『そんな生き方をしてるから、どこにも行けない。……昆虫の仲間ですらない、外れ者のくせに』
脳裏にふっと疑問が湧いた。無意識に天井を見上げる。流れる雲と太陽の浮かぶ、大空を象った彫刻。真ん中に、いかにもコインを嵌め込めと言わんばかりの丸い穴。更に周囲にも目を凝らしてみる。モニターの光に照らされた薄暗い天井の、レリーフから少しだけ外れた場所に──
「っ、蜘藤、こっちだ!」
「え?」
脚立を掴んで引きずっていく。レリーフの外に配置されたもう一つの穴──真の正解の下に。
上を見たままの俺に釣られて、蜘藤も目を細めて天井を見上げた。少しして、あっと驚愕の声を上げる。
「本当だ。よく見つけたな、こんなの」
「あんときお前、蜘蛛は外れ者っつってたからよ」
「……本当に、覚えててくれたんだな」
蜘藤の声音は妙に嬉しそうだ。高校時代は友達なんかいらないみたいな態度だったこいつにも、他人の記憶に残るのが嬉しいなんて感情があったのか。失礼ながら、少し意外だ。
3
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説


お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。



【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる