死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。

5-7・外れ者の蜘蛛

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「あー、あーあーあー。あったわ、確かに」
「思い出したか」

 蜘藤はあからさまにほっとした顔を見せた。蝶のコインを机に戻し、蜘蛛の方を天井のレリーフにかざしてみせる。オレたち二人の中にある共通の記憶。二人の中にあるヒントとは、これのことだろうか。

「ってことはつまり、蜘蛛が空、なのか?」
「覚えててくれたんだな。そう考えて間違いないだろう」
「ほんとかぁ? だってオレらがあんな話したことなんて、あいつに知りようねーだろ」
「普通なら俺もそう思うところだが、何でもありみたいだからな、あいつら。現に、ほら」

 蜘藤の指が、机の天板をすっとなぞった。

「見覚えあるだろ、この机。俺たちの高校にあったものと同じだ」
「え」
「それも、これ。佐薙、心当たりがあるんじゃないか?」
「心当たり? ……っ!?」

 示された指の先を見て、背筋が凍った。天板の端っこに、うっすらと「J.S.」の文字が刻まれている。オレの字だ。高校時代、授業中にカッターで机に彫ったオレのイニシャルだ。

「こ、こんなもん……なんで」
「ヒントのつもり、だったのかもしれないな。こんなことまで知られているくらいなんだ、偶然の一致とも思えない」

 鳥肌の消えないオレを他所に、蜘藤は表情を変えずに淡々と語る。平時なら不気味に思うかもしれないその態度が、今は頼もしくすら感じられる。

「とにかく、蜘蛛は空。で、いいな、佐薙?」
「お……おう。いい……と、思う」
「うん。じゃあ脚立を取ってこよう。天井のレリーフにこれを嵌め込まないと」
「あ、オ、オレ行くわ」

 せめて行動面で役に立とうと、率先して雑用に回る。緊急事態においても変わらない蜘藤とは逆に、こっちはさっきからおろおろしてばっかりだ。前々から非常時に弱い自覚はあったが、我ながら情けない。密かに唇を噛み締める。
 部屋の隅から持ってきた脚立を、レリーフの直下に立ち上げる。と、蜘蛛のコインを手にした蜘藤が、不意に小さく呟いた。

「蜘蛛は、嫌いなのにな」
(……あれ?)

 その独り言を耳にした瞬間、以前聞いた彼の言葉が蘇る。

『そんな生き方をしてるから、どこにも行けない。……昆虫の仲間ですらない、外れ者のくせに』

 脳裏にふっと疑問が湧いた。無意識に天井を見上げる。流れる雲と太陽の浮かぶ、大空を象った彫刻。真ん中に、いかにもコインを嵌め込めと言わんばかりの丸い穴。更に周囲にも目を凝らしてみる。モニターの光に照らされた薄暗い天井の、レリーフから少しだけ外れた場所に──

「っ、蜘藤、こっちだ!」
「え?」

 脚立を掴んで引きずっていく。レリーフの外に配置されたもう一つの穴──真の正解の下に。
 上を見たままの俺に釣られて、蜘藤も目を細めて天井を見上げた。少しして、あっと驚愕の声を上げる。

「本当だ。よく見つけたな、こんなの」
「あんときお前、蜘蛛は外れ者っつってたからよ」
「……本当に、覚えててくれたんだな」

 蜘藤の声音は妙に嬉しそうだ。高校時代は友達なんかいらないみたいな態度だったこいつにも、他人の記憶に残るのが嬉しいなんて感情があったのか。失礼ながら、少し意外だ。
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