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第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。
5-4・虫のコイン
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扉の先にあったのは、さっきまでの部屋とさほど変わらない光景だった。窓のないコンクリート造りの内装に、砂嵐の映ったモニターが一台。ただし今度の部屋には、天井と床に奇妙なレリーフが一つずつ。それに古びた学校机と、一脚の脚立が用意されていた。
「注意して行動しろよ、佐薙。何が起きるかわからないぞ」
「わかってるよ。お前こそ変な真似すんじゃねーぞ」
口では強がりながらも実際のところオレは、先陣を切る勇気なんざ到底持ち合わせてはいない。さりげなく後につくオレをちらりと見遣ってから、蜘藤は慎重に、まずは机の方へと歩み寄った。細い金属の脚に木の天板を組み合わせた、よくあるタイプの学校机だ。中央には何枚かのコインが山積みになっている。
「なんだこりゃ……虫のコイン?」
目を細めて表面を凝視する。コインの表面には、虫の図柄が刻まれていた。見える範囲のものだけでもトンボ、バッタ、蝶、クワガタと様々だ。どれも子供向けの絵本のような、簡素な絵柄で彫刻されている。
「迂闊に触るのも怖いな。先にあっちも確認しておこう」
蜘藤の提案に従って、部屋の中央付近へと移動する。二つのレリーフは天井と床に、互いが向き合う形で配置されていた。大きさはマンホールほどもあるだろうか。複雑な文様で彩られてはいるが、大まかな意匠として天井のレリーフは青空、床のレリーフは木の葉を模しているのが見て取れた。そしてそれぞれの真ん中には、ちょうどコインを嵌め込めるサイズの丸い穴が開いている。
「つまり、あそこのコインをここに嵌めろ、ってことか?」
『その通りです、佐薙さん』
びくりと肩を震わせて振り返る。返事をしたのは蜘藤ではなく、音を立てて点いたモニターだ。ミゴーは嫌味な笑みを浮かべながら、わざとらしく手を叩いていた。
『さすがのご明察ですね。天下のT大生の面目躍如ってとこですか』
「馬鹿にしてんのか」
『いえいえ、とんでもない。その調子でどんどんお願いしますよ。ヒントはあなたたち二人の中にありますから』
「は? ちょっと待……っ」
止める暇もなくモニターの電源が切れた。蜘藤の顔に目をやると、彼も苦りきった表情だ。それだけの情報で答えを探せってのか。失敗は死、のルールが頭に浮かぶ。ワンミスを許してもらえる楽観は、不可能と考えるべきだろう。
「……どうする、蜘藤」
「そうだな……まずはコインを全部見てみるか。ミゴーはどんどんやれと言っていた。間違ったコインに触れた程度で、一発アウトってことはないだろう」
「お、おう」
意外なほどイニチアシブを取る蜘藤に、俺は若干戸惑った。こいつ、こんな奴だったっけ。空気みたいな人間としか思ってなかったが、想像以上に頼りになる。俺が何とかするという宣言も、案外嘘ではないのかもしれない。
ほんの少しだけ心が軽くなる。彼に決断を任せられるなら、オレとしてはその方がありがたかった。
「注意して行動しろよ、佐薙。何が起きるかわからないぞ」
「わかってるよ。お前こそ変な真似すんじゃねーぞ」
口では強がりながらも実際のところオレは、先陣を切る勇気なんざ到底持ち合わせてはいない。さりげなく後につくオレをちらりと見遣ってから、蜘藤は慎重に、まずは机の方へと歩み寄った。細い金属の脚に木の天板を組み合わせた、よくあるタイプの学校机だ。中央には何枚かのコインが山積みになっている。
「なんだこりゃ……虫のコイン?」
目を細めて表面を凝視する。コインの表面には、虫の図柄が刻まれていた。見える範囲のものだけでもトンボ、バッタ、蝶、クワガタと様々だ。どれも子供向けの絵本のような、簡素な絵柄で彫刻されている。
「迂闊に触るのも怖いな。先にあっちも確認しておこう」
蜘藤の提案に従って、部屋の中央付近へと移動する。二つのレリーフは天井と床に、互いが向き合う形で配置されていた。大きさはマンホールほどもあるだろうか。複雑な文様で彩られてはいるが、大まかな意匠として天井のレリーフは青空、床のレリーフは木の葉を模しているのが見て取れた。そしてそれぞれの真ん中には、ちょうどコインを嵌め込めるサイズの丸い穴が開いている。
「つまり、あそこのコインをここに嵌めろ、ってことか?」
『その通りです、佐薙さん』
びくりと肩を震わせて振り返る。返事をしたのは蜘藤ではなく、音を立てて点いたモニターだ。ミゴーは嫌味な笑みを浮かべながら、わざとらしく手を叩いていた。
『さすがのご明察ですね。天下のT大生の面目躍如ってとこですか』
「馬鹿にしてんのか」
『いえいえ、とんでもない。その調子でどんどんお願いしますよ。ヒントはあなたたち二人の中にありますから』
「は? ちょっと待……っ」
止める暇もなくモニターの電源が切れた。蜘藤の顔に目をやると、彼も苦りきった表情だ。それだけの情報で答えを探せってのか。失敗は死、のルールが頭に浮かぶ。ワンミスを許してもらえる楽観は、不可能と考えるべきだろう。
「……どうする、蜘藤」
「そうだな……まずはコインを全部見てみるか。ミゴーはどんどんやれと言っていた。間違ったコインに触れた程度で、一発アウトってことはないだろう」
「お、おう」
意外なほどイニチアシブを取る蜘藤に、俺は若干戸惑った。こいつ、こんな奴だったっけ。空気みたいな人間としか思ってなかったが、想像以上に頼りになる。俺が何とかするという宣言も、案外嘘ではないのかもしれない。
ほんの少しだけ心が軽くなる。彼に決断を任せられるなら、オレとしてはその方がありがたかった。
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