55 / 115
第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。
5-4・虫のコイン
しおりを挟む
扉の先にあったのは、さっきまでの部屋とさほど変わらない光景だった。窓のないコンクリート造りの内装に、砂嵐の映ったモニターが一台。ただし今度の部屋には、天井と床に奇妙なレリーフが一つずつ。それに古びた学校机と、一脚の脚立が用意されていた。
「注意して行動しろよ、佐薙。何が起きるかわからないぞ」
「わかってるよ。お前こそ変な真似すんじゃねーぞ」
口では強がりながらも実際のところオレは、先陣を切る勇気なんざ到底持ち合わせてはいない。さりげなく後につくオレをちらりと見遣ってから、蜘藤は慎重に、まずは机の方へと歩み寄った。細い金属の脚に木の天板を組み合わせた、よくあるタイプの学校机だ。中央には何枚かのコインが山積みになっている。
「なんだこりゃ……虫のコイン?」
目を細めて表面を凝視する。コインの表面には、虫の図柄が刻まれていた。見える範囲のものだけでもトンボ、バッタ、蝶、クワガタと様々だ。どれも子供向けの絵本のような、簡素な絵柄で彫刻されている。
「迂闊に触るのも怖いな。先にあっちも確認しておこう」
蜘藤の提案に従って、部屋の中央付近へと移動する。二つのレリーフは天井と床に、互いが向き合う形で配置されていた。大きさはマンホールほどもあるだろうか。複雑な文様で彩られてはいるが、大まかな意匠として天井のレリーフは青空、床のレリーフは木の葉を模しているのが見て取れた。そしてそれぞれの真ん中には、ちょうどコインを嵌め込めるサイズの丸い穴が開いている。
「つまり、あそこのコインをここに嵌めろ、ってことか?」
『その通りです、佐薙さん』
びくりと肩を震わせて振り返る。返事をしたのは蜘藤ではなく、音を立てて点いたモニターだ。ミゴーは嫌味な笑みを浮かべながら、わざとらしく手を叩いていた。
『さすがのご明察ですね。天下のT大生の面目躍如ってとこですか』
「馬鹿にしてんのか」
『いえいえ、とんでもない。その調子でどんどんお願いしますよ。ヒントはあなたたち二人の中にありますから』
「は? ちょっと待……っ」
止める暇もなくモニターの電源が切れた。蜘藤の顔に目をやると、彼も苦りきった表情だ。それだけの情報で答えを探せってのか。失敗は死、のルールが頭に浮かぶ。ワンミスを許してもらえる楽観は、不可能と考えるべきだろう。
「……どうする、蜘藤」
「そうだな……まずはコインを全部見てみるか。ミゴーはどんどんやれと言っていた。間違ったコインに触れた程度で、一発アウトってことはないだろう」
「お、おう」
意外なほどイニチアシブを取る蜘藤に、俺は若干戸惑った。こいつ、こんな奴だったっけ。空気みたいな人間としか思ってなかったが、想像以上に頼りになる。俺が何とかするという宣言も、案外嘘ではないのかもしれない。
ほんの少しだけ心が軽くなる。彼に決断を任せられるなら、オレとしてはその方がありがたかった。
「注意して行動しろよ、佐薙。何が起きるかわからないぞ」
「わかってるよ。お前こそ変な真似すんじゃねーぞ」
口では強がりながらも実際のところオレは、先陣を切る勇気なんざ到底持ち合わせてはいない。さりげなく後につくオレをちらりと見遣ってから、蜘藤は慎重に、まずは机の方へと歩み寄った。細い金属の脚に木の天板を組み合わせた、よくあるタイプの学校机だ。中央には何枚かのコインが山積みになっている。
「なんだこりゃ……虫のコイン?」
目を細めて表面を凝視する。コインの表面には、虫の図柄が刻まれていた。見える範囲のものだけでもトンボ、バッタ、蝶、クワガタと様々だ。どれも子供向けの絵本のような、簡素な絵柄で彫刻されている。
「迂闊に触るのも怖いな。先にあっちも確認しておこう」
蜘藤の提案に従って、部屋の中央付近へと移動する。二つのレリーフは天井と床に、互いが向き合う形で配置されていた。大きさはマンホールほどもあるだろうか。複雑な文様で彩られてはいるが、大まかな意匠として天井のレリーフは青空、床のレリーフは木の葉を模しているのが見て取れた。そしてそれぞれの真ん中には、ちょうどコインを嵌め込めるサイズの丸い穴が開いている。
「つまり、あそこのコインをここに嵌めろ、ってことか?」
『その通りです、佐薙さん』
びくりと肩を震わせて振り返る。返事をしたのは蜘藤ではなく、音を立てて点いたモニターだ。ミゴーは嫌味な笑みを浮かべながら、わざとらしく手を叩いていた。
『さすがのご明察ですね。天下のT大生の面目躍如ってとこですか』
「馬鹿にしてんのか」
『いえいえ、とんでもない。その調子でどんどんお願いしますよ。ヒントはあなたたち二人の中にありますから』
「は? ちょっと待……っ」
止める暇もなくモニターの電源が切れた。蜘藤の顔に目をやると、彼も苦りきった表情だ。それだけの情報で答えを探せってのか。失敗は死、のルールが頭に浮かぶ。ワンミスを許してもらえる楽観は、不可能と考えるべきだろう。
「……どうする、蜘藤」
「そうだな……まずはコインを全部見てみるか。ミゴーはどんどんやれと言っていた。間違ったコインに触れた程度で、一発アウトってことはないだろう」
「お、おう」
意外なほどイニチアシブを取る蜘藤に、俺は若干戸惑った。こいつ、こんな奴だったっけ。空気みたいな人間としか思ってなかったが、想像以上に頼りになる。俺が何とかするという宣言も、案外嘘ではないのかもしれない。
ほんの少しだけ心が軽くなる。彼に決断を任せられるなら、オレとしてはその方がありがたかった。
3
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説

僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる