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第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。
5-2・脱落
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『はじめまして、みなさん』
画面の男が、悠然と口を開く。明確に、オレたちに向けた言葉だった。
『私の名前はミゴー。このたびのゲームの案内人、ゲームマスターを務めさせていただく者です。どうぞお見知りおきを』
「……ゲーム?」
蜘藤が眉をひそめる。警戒しているのだろうか、やや腰の引けた姿勢でブラウン管から距離を取っている。
『そうです、ゲームです。状況からなんとなく想像はつくでしょう? あなた方三人は今回のゲームにおいて、栄えあるプレイヤーとして選ばれたというわけです』
「おいおいおい、なーにわけのわかんねえことをほざいてやがる」
ずいと前に出た黒スーツが、オレとモニターの間に割り込んだ。両手をポケットに突っ込んだまま頭を低くして、ミゴーと名乗った男を舐めるように睨む。
「ゲームだかなんだか知らねえが、勝手に人をこんなとこに連れ込みやがって。お前、ただで済むとは思ってねえだろうな」
『まあまあ、落ち着いてください。あなたちょっとチンピラ丸出しすぎですよ』
「ああ!?」
黒スーツは青筋を立てながら、モニターを強く蹴飛ばした。ミゴーの笑顔が、ノイズと共に波打って揺れる。蜘藤が慌てたように、しかしモニターとの距離は保ったまま声を掛けた。
「ま、まずいですよ。この状況、どう考えても普通じゃない。下手に刺激すると何をされるか」
「はぁ? 上等だ、やってみろってんだ、コラ!」
『……困りましたねぇ。ゲームマスターへの敵対行為はルール違反ですよ』
言葉とは裏腹に、あまり困っているようにも見えないミゴーがぼやく。対照的にオレの背にはさっきから、どうしてか冷たい汗が流れ続けていた。悪寒が止まらない。理由はわからないが、オレたちは今非常に危険な状況下に置かれている。そんな予感がしてならない。恐らく蜘藤もそうなのだろう、口で黒スーツを止めつつも、その場からは一歩たりとも近づこうとはしない。
ひとりだけ、この張り詰めた空気を感じ取っていないらしい黒スーツは、画面を見下ろしたままフンと鼻を鳴らした。
「なぁにがゲームマスターだ、ごっこ遊びに付き合ってる暇はねえんだよ。それともてめえ、どっかの組の差し金か、あぁ?」
『やれやれ……下品な人ですねえ』
ミゴーは悲しげに首を振る。わざとらしいくらいに眉を下げた、その表情すらどこか嘘くさい。
『こんなに早く脱落者を出してしまうのは、こちらとしても本意ではないんですけど。こちらがいくらお願いしたところで、あくまであなたはルールに従う気はない、と。そういうことですね?』
「当たり前だ、コラ! ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとこっから出しやがれ!!」
『そうですか。非常に残念ですが、仕方ありません』
深くため息をついたミゴーが、白い手袋に包まれた右手を画面正面に掲げた。
『では。公式ルール第一条第十三項に従い、ゲームの進行を乱すプレイヤーの排除を行います』
「あぁ!? だから、さっきから何を……」
『お疲れ様でした。……さようなら』
交差した二本の指が、ぱちんと高らかに鳴らされる。その音に重なって画面のこちら側でも、妙に粘り気のある水音が弾けた。
「あ……?」
ほとんど同時に、妙に気の抜けた声が聞こえた。
オレと蜘藤は最初、何が起こったのかわからなかった。黒スーツがオレたちに背を向けていたからだ。けれどぽかんと目を見開いた彼が、動きの悪い人形みたいにゆっくりとこちらを振り向いたとき──オレたち二人は、同時に凍りついた。
男の胸元には、大きな赤い染みが広がっていた。
悲鳴の一つも上げぬまま、男はスローモーションのようにどさりと倒れた。
誰もが声を失った空間に、ブラウン管のノイズだけが不気味に響いていた。
画面の男が、悠然と口を開く。明確に、オレたちに向けた言葉だった。
『私の名前はミゴー。このたびのゲームの案内人、ゲームマスターを務めさせていただく者です。どうぞお見知りおきを』
「……ゲーム?」
蜘藤が眉をひそめる。警戒しているのだろうか、やや腰の引けた姿勢でブラウン管から距離を取っている。
『そうです、ゲームです。状況からなんとなく想像はつくでしょう? あなた方三人は今回のゲームにおいて、栄えあるプレイヤーとして選ばれたというわけです』
「おいおいおい、なーにわけのわかんねえことをほざいてやがる」
ずいと前に出た黒スーツが、オレとモニターの間に割り込んだ。両手をポケットに突っ込んだまま頭を低くして、ミゴーと名乗った男を舐めるように睨む。
「ゲームだかなんだか知らねえが、勝手に人をこんなとこに連れ込みやがって。お前、ただで済むとは思ってねえだろうな」
『まあまあ、落ち着いてください。あなたちょっとチンピラ丸出しすぎですよ』
「ああ!?」
黒スーツは青筋を立てながら、モニターを強く蹴飛ばした。ミゴーの笑顔が、ノイズと共に波打って揺れる。蜘藤が慌てたように、しかしモニターとの距離は保ったまま声を掛けた。
「ま、まずいですよ。この状況、どう考えても普通じゃない。下手に刺激すると何をされるか」
「はぁ? 上等だ、やってみろってんだ、コラ!」
『……困りましたねぇ。ゲームマスターへの敵対行為はルール違反ですよ』
言葉とは裏腹に、あまり困っているようにも見えないミゴーがぼやく。対照的にオレの背にはさっきから、どうしてか冷たい汗が流れ続けていた。悪寒が止まらない。理由はわからないが、オレたちは今非常に危険な状況下に置かれている。そんな予感がしてならない。恐らく蜘藤もそうなのだろう、口で黒スーツを止めつつも、その場からは一歩たりとも近づこうとはしない。
ひとりだけ、この張り詰めた空気を感じ取っていないらしい黒スーツは、画面を見下ろしたままフンと鼻を鳴らした。
「なぁにがゲームマスターだ、ごっこ遊びに付き合ってる暇はねえんだよ。それともてめえ、どっかの組の差し金か、あぁ?」
『やれやれ……下品な人ですねえ』
ミゴーは悲しげに首を振る。わざとらしいくらいに眉を下げた、その表情すらどこか嘘くさい。
『こんなに早く脱落者を出してしまうのは、こちらとしても本意ではないんですけど。こちらがいくらお願いしたところで、あくまであなたはルールに従う気はない、と。そういうことですね?』
「当たり前だ、コラ! ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとこっから出しやがれ!!」
『そうですか。非常に残念ですが、仕方ありません』
深くため息をついたミゴーが、白い手袋に包まれた右手を画面正面に掲げた。
『では。公式ルール第一条第十三項に従い、ゲームの進行を乱すプレイヤーの排除を行います』
「あぁ!? だから、さっきから何を……」
『お疲れ様でした。……さようなら』
交差した二本の指が、ぱちんと高らかに鳴らされる。その音に重なって画面のこちら側でも、妙に粘り気のある水音が弾けた。
「あ……?」
ほとんど同時に、妙に気の抜けた声が聞こえた。
オレと蜘藤は最初、何が起こったのかわからなかった。黒スーツがオレたちに背を向けていたからだ。けれどぽかんと目を見開いた彼が、動きの悪い人形みたいにゆっくりとこちらを振り向いたとき──オレたち二人は、同時に凍りついた。
男の胸元には、大きな赤い染みが広がっていた。
悲鳴の一つも上げぬまま、男はスローモーションのようにどさりと倒れた。
誰もが声を失った空間に、ブラウン管のノイズだけが不気味に響いていた。
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