死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
上 下
52 / 115
第五章・きっとこの手の中に戻ってきてくれるはずの、今はまだ遠いお前と。

5-1・始まり

しおりを挟む
 湿った夜の匂いがする。
 寝苦しい熱帯夜の匂いだ。有機的で僅かに黴臭い、郷愁と嫌悪感を同時に呼び覚ます匂いだ。
 不快感で目が覚めた。目を開けてまず飛び込んできたのは、何本ものパイプが走る暗い天井だった。

「……どこだ、ここ……」

 やけに重い身体を起こしながら呟いた。独り言のつもりだったが、思いがけず間近から返事があった。

「俺たちにも、わからない」
「は? ……誰?」

 まだ焦点の合わない目を細めて、声の主を見定める。薄暗い部屋の中には、どうやらオレ以外にも二人の人間がいるようだ。少し離れたところに立って苛立たしげに腕を組んでいる、背の高い黒スーツ姿の男。それからオレの横に膝をついて、心配そうに顔を覗き込んでいる黒髪眼鏡の男。オレに声をかけてきたのはこの眼鏡か。

「佐薙にも心当たりはないのか? 何でもいい、見覚えのあるものとか、こうなった理由とか」
「っ、ちょっと待て、その前に、誰、お前」
「誰……って」

 眼鏡は驚いた顔をした。いや、驚いたなんてもんじゃない、なぜかは知らないがえらくショックを受けているようにすら見える。

「……蜘藤だよ、蜘藤俊。高校で同じクラスだっただろ」
「クドウ? クドウ、クドウ……あ、あーあー、蜘藤」

 しばらく頭を捻って、ようやく思い出した。蜘藤俊。高校時代の同級生だ。地味な奴だった。顔も頭も悪くないのに不思議なくらいに存在感がなくて、友達もほとんどいなかったはずだ。オレもほんの数回、クラスメイト以上でも以下でもない程度の会話を交わしたような記憶はあるが、それだけだ。

「で、なんでお前がこんなとこにいんだよ。つーかここどこだよ」
「俺だってわからない。だから佐薙に聞いてるんじゃないか」
「は? オレを疑ってんのかよ」
「そんなこと一言も言ってないだろう。現状把握が最優先されることぐらい、お前にだって理解できるはずだ」
「んだよ、その口の利き方は。だいたい……」
「うるせえぞ、てめえら!」

 声を荒げかけるオレたちの間に、えらくドスの効いた叫びが飛んできた。思わずぴたりと言い争いを止める。不機嫌丸出しの黒スーツが、肩を怒らせてこちらにのし歩いて来たのだ。

「おいガキ、ぎゃあぎゃあ騒ぐ前に質問に答えろ。本当に、心当たりはねえんだろうな」
「だ、だから、ねえっつってんだろ」
「チッ……使えねえ」

 男は苛立たしげに床を蹴飛ばした。その迫力に気圧されつつも、念のため室内に目を走らせる。コンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋だ。工事中のビルを思わせる見た目だが、窓がひとつもないってことは地下なのかもしれない。照明器具らしきものも見当たらないが、顔が確認できる程度の明るさが保たれているのは、部屋の隅に置かれたモニターのおかげだ。古めかしいブラウン管は虫の羽音めいた微音を立てながら、白黒の砂嵐を映し続けている。

「なんなんだよ、マジで……ドッキリかなんかか?」

 困惑しながら呟いた瞬間、モニターの映像が音を立ててぶれた。驚いてそちらに目を向ける。蜘藤と黒スーツもオレと同様に、一斉にモニターを振り向いた。
 画面の中には一人の、端正な顔立ちの男が映っていた。柔らかい、けれどどこかうすら寒い微笑みを、息を呑むオレたち三人に向けながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...