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第四章・生涯で唯一一度もお相手願えなかった、気位の高い猫みたいな男と。
4-13・結果報告 その3
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「ありがとな、付き合ってくれて。楽しかったよ」
「そうですか。何よりです」
「ああ、でも、これじゃ逆だな、お礼するつもりだったのに。なんか、他に探さなきゃな」
「お礼? そんなの……」
葉の土を払っていたミゴーの指が、不意に止まった。ほんの少しの間を置いて、視線がこちらに向けられる。僅かに心臓が跳ねた。ミゴーの表情に、いつもの笑みはなかった。
「じゃあ、一個だけ。お礼代わりに質問、答えてもらっていいですか」
「質問? 多肉の育て方なら、一個と言わず」
「多肉の話ではないです」
きっぱりと切り捨てられて口を閉ざす。薄々そうだろうなとわかってはいた。けれどいつになく真剣な顔のミゴーから、この先の言葉を聞くのがなんとなく怖かった。とは言え止める権利も理由も俺にはない。何気ない風を装って後ろを向き、トレーの土に葉を並べながら問いを待つ。
「ユージンさんは、あのとき」
「……あのとき?」
「あの、最初の任務の前の日。どうして俺とセックスしたのか、覚えてますか」
「……っ」
予想よりもずっと直球の質問だった。けれどミゴーの声にからかいや誘いは欠片も感じられなくて、そんなに真面目に来られた日には、俺も冗談めかして切り捨てることはできない。
「どうして、も何も。そもそもお前の方から誘ったんじゃないか」
「そうですね。でも、ユージンさんだって断らなかったでしょう」
「それは……だって、酔ってたから」
「いくら酔ってたって、普段のユージンさんならそんな判断しないですよね」
「……それは」
困惑のままにミゴーの方を振り向いた。口調に、詰問めいた部分はなかった。煮え切らない俺に圧をかけるつもりもなく、ただ純粋に問うているだけだということは、余計な色のないその表情からも十分に理解できた。
だけど俺は何も答えられなかった。そんな疑問、俺自身これまで何度も自分に問いかけた。いくら酔ってたからって、性的対象として見られない相手と気軽にセックスする奴がいるのか。まして俺は、自分で言うのもなんだがあまり軽々しく他人と触れ合える方ではない。やらかしたのが自分だなんて、この期に及んでもあまり現実感がないほどだ。
けれど起こってしまった事実は事実だ。合理的な理由を求めるなら、酔っていたから。それ以外に何がある。ないはずだ、何も。何も……何も?
「……さん。ユージンさん?」
「……え?」
強めに肩を揺すられて、ハッと我に返った。いつの間にか至近距離まで来ていたミゴーが、心配そうに俺の顔を覗き込む。反射的に距離を取ろうとした瞬間、ずきんと頭が痛んだ。
「痛……っ」
「ユージンさん、どうしたんですか。大丈夫ですか」
「あ、ああ、平気……ちょっとなんか、頭痛くて」
肩に触れたミゴーの手に、僅かに力がこもった。駄目だ、意識するな。軽く振った頭に再び疼痛が響く。今まで頭の中に潜んでいた何かが、頭蓋骨を割って外に飛び出そうとしているみたいだ。
眉を寄せて頭痛に耐えていると、ミゴーの手がすっと引いた。目だけでちらと様子を伺う。なんだか申し訳なさそうな顔をしているのは、重い話題を振った罪悪感のせいだろうか。
「あー、気にすんなって。最近多くてさ……疲れてんのかな。少し休めば治るから」
「休んでください。片付けは俺がやっときますから」
「うん……悪い。ゴミだけまとめといてもらえるか? ごめんな」
立ち上がって寝室へ向かう直前、ミゴーが控えめに声を掛けてきた。
「……さっきの、話ですけど」
「ああ……うん?」
「それだけ俺が魅力的だったから。ってことで、いいですか?」
およそ場の空気にそぐわない、軽い口調でミゴーは言った。正確には、無理に軽さを装っているのがバレバレの口調で。
笑うべきか突っ込むべきかは少し迷った。けれど決して悪い気はしなかった。こいつなりの手打ちの印だ。この話は、ここでおしまい。そして俺も、当然という振りをしてそれを受け入れる。
「……まあ、じゃあ、そういうことにしといてくれ」
「あはは。光栄です」
片手を上げて寝室に引っ込む直前、ちらりとミゴーの顔を見た。いつもの笑みを浮かべた彼の顔には、ほんの少しだけ安堵とも寂しさともつかない色が滲んでいて、なぜだか少し胸が痛んだ。
「そうですか。何よりです」
「ああ、でも、これじゃ逆だな、お礼するつもりだったのに。なんか、他に探さなきゃな」
「お礼? そんなの……」
葉の土を払っていたミゴーの指が、不意に止まった。ほんの少しの間を置いて、視線がこちらに向けられる。僅かに心臓が跳ねた。ミゴーの表情に、いつもの笑みはなかった。
「じゃあ、一個だけ。お礼代わりに質問、答えてもらっていいですか」
「質問? 多肉の育て方なら、一個と言わず」
「多肉の話ではないです」
きっぱりと切り捨てられて口を閉ざす。薄々そうだろうなとわかってはいた。けれどいつになく真剣な顔のミゴーから、この先の言葉を聞くのがなんとなく怖かった。とは言え止める権利も理由も俺にはない。何気ない風を装って後ろを向き、トレーの土に葉を並べながら問いを待つ。
「ユージンさんは、あのとき」
「……あのとき?」
「あの、最初の任務の前の日。どうして俺とセックスしたのか、覚えてますか」
「……っ」
予想よりもずっと直球の質問だった。けれどミゴーの声にからかいや誘いは欠片も感じられなくて、そんなに真面目に来られた日には、俺も冗談めかして切り捨てることはできない。
「どうして、も何も。そもそもお前の方から誘ったんじゃないか」
「そうですね。でも、ユージンさんだって断らなかったでしょう」
「それは……だって、酔ってたから」
「いくら酔ってたって、普段のユージンさんならそんな判断しないですよね」
「……それは」
困惑のままにミゴーの方を振り向いた。口調に、詰問めいた部分はなかった。煮え切らない俺に圧をかけるつもりもなく、ただ純粋に問うているだけだということは、余計な色のないその表情からも十分に理解できた。
だけど俺は何も答えられなかった。そんな疑問、俺自身これまで何度も自分に問いかけた。いくら酔ってたからって、性的対象として見られない相手と気軽にセックスする奴がいるのか。まして俺は、自分で言うのもなんだがあまり軽々しく他人と触れ合える方ではない。やらかしたのが自分だなんて、この期に及んでもあまり現実感がないほどだ。
けれど起こってしまった事実は事実だ。合理的な理由を求めるなら、酔っていたから。それ以外に何がある。ないはずだ、何も。何も……何も?
「……さん。ユージンさん?」
「……え?」
強めに肩を揺すられて、ハッと我に返った。いつの間にか至近距離まで来ていたミゴーが、心配そうに俺の顔を覗き込む。反射的に距離を取ろうとした瞬間、ずきんと頭が痛んだ。
「痛……っ」
「ユージンさん、どうしたんですか。大丈夫ですか」
「あ、ああ、平気……ちょっとなんか、頭痛くて」
肩に触れたミゴーの手に、僅かに力がこもった。駄目だ、意識するな。軽く振った頭に再び疼痛が響く。今まで頭の中に潜んでいた何かが、頭蓋骨を割って外に飛び出そうとしているみたいだ。
眉を寄せて頭痛に耐えていると、ミゴーの手がすっと引いた。目だけでちらと様子を伺う。なんだか申し訳なさそうな顔をしているのは、重い話題を振った罪悪感のせいだろうか。
「あー、気にすんなって。最近多くてさ……疲れてんのかな。少し休めば治るから」
「休んでください。片付けは俺がやっときますから」
「うん……悪い。ゴミだけまとめといてもらえるか? ごめんな」
立ち上がって寝室へ向かう直前、ミゴーが控えめに声を掛けてきた。
「……さっきの、話ですけど」
「ああ……うん?」
「それだけ俺が魅力的だったから。ってことで、いいですか?」
およそ場の空気にそぐわない、軽い口調でミゴーは言った。正確には、無理に軽さを装っているのがバレバレの口調で。
笑うべきか突っ込むべきかは少し迷った。けれど決して悪い気はしなかった。こいつなりの手打ちの印だ。この話は、ここでおしまい。そして俺も、当然という振りをしてそれを受け入れる。
「……まあ、じゃあ、そういうことにしといてくれ」
「あはは。光栄です」
片手を上げて寝室に引っ込む直前、ちらりとミゴーの顔を見た。いつもの笑みを浮かべた彼の顔には、ほんの少しだけ安堵とも寂しさともつかない色が滲んでいて、なぜだか少し胸が痛んだ。
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