死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第四章・生涯で唯一一度もお相手願えなかった、気位の高い猫みたいな男と。

4-3・三毛猫とワン君

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「なんだ、キミか」

 ボックス席の角ばった背もたれに、猫塚は片腕を乗せて寄りかかる。まるでそこから先、俺の領域へは一歩も近寄る気はありませんってな具合に。相変わらず癇に障る奴だ。あえて空気を読まず、ずかずかとそちらの席に踏み入っていく。

「なんだ、とはご挨拶だな。仮にも同じ銀幕で妍を競い合った仲じゃないか」
「オレとしては競ったつもりなどなかったのだけれど。キミが勝手に噛みついてきてただけだろう、ワン君」

 切れ長の目を細め、細い指で前髪をかき上げる。仕草の一つ一つにまで華のある男だ。俺に対する奇矯な呼び名と相まって、いちいち心を苛立たせる。だが、だからこその刺激的な獲物でもある。
 ふぅん、と軽く鼻を鳴らした。なるほど。先ほどの妙な質問はここに繋がるというわけか。

「つまり俺は、この三毛猫氏と濡れ場を演じて見せればいいってわけだな、黒服様方?」
「はあ?」

 顔を歪める猫塚ではなく、例の二人に向かって問いかけた。返事はない。姿も消えたままだ。まあいい。答えがどうであろうと、俺の意志は決まった。

「なあ、猫塚、あんたもこの状況が普通じゃないことは理解しているだろう? 俺にも理屈はよくわからないが、どうもそういうことらしいぜ」

 猫塚の表情がますます険しくなる。何度か彼に誘いをかけたが、ここまで露骨に嫌な顔をされたのは初めてだ。

「キミもつくづく懲りないね、ワン君。キミにもキミなりの粋があることを信じたからこそ、今日まではさらりとかわすに留めておいたのに」
「俺だってこんな野暮な真似はしたくなかったさ。けれど仕方ないだろう? 俺たちを迷わせた誰かさんは、据え膳を平らげるまで返してくれる気はないようだ」

 確証があるわけではなかったが、はったりを利かせて言い切った。こういうときは自我を押し通した方が勝ちだ。猫塚が頭痛を堪えるように額を押さえる。

「……はぁ。黄泉戸喫ヨモツヘグイにならないことを祈るよ」

 もしかすると猫塚の方も、あのミゴーとか言う男に何か言い含められていたのか。荒唐無稽な俺の話を、彼はらしくなくあっさりと飲み込んだ。内心にやりとほくそ笑む俺を、猫塚が鋭い目で睨みつける。

「ひとつだけ、条件を出してもいいかい」
「なんだ」
「行為の間は、オレの好きに動かせて欲しい」
「は、なんだって?」
「元々望んでいたのはキミの側だろう。だったらせめて場のイニティアシブくらい、オレに執らせてくれてもいいんじゃないのか」

 そうは言われても男の矜持として、情事の支配権を易々と譲りたくはない。難色を顔一面に出す俺に、猫塚は妙にしおらしく、着物の袂によよと顔を隠してみせる。

「頼むよ。その……オレだって、不安なんだ」

 伏した顔からの上目遣いが、遠慮がちに刺さった。へえ。なかなか可愛らしいところもあるんじゃないか。俺ほどではないにしろ彼もそれなりに遊んでいるように見えたが、予想していたよりも擦れてはいないのか。そうとあらば無下にするわけにもいかない。

「……まあ、仕方がないな。共寝の初心を受け入れるのも男の度量だ」
「ああ、ありがとう。嬉しいよ、ワン君」

 首を傾げた猫塚が、着物の袖越しに俺の手を握った。態度とは裏腹に相変わらずの舐めた呼称は、若干気になるところではあったが。
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