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第三章・せっくすの仕方がわからないぼくたちが、神の思し召しで遣わされた天使様方に教わって。
3-8・それから
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寮で同室のイチカという少年は、とても素晴らしい人です。
いつでも優しく他人に寄り添い、他人のことを親身になって考えてくれる。無口で引っ込みがちな僕の手を取って、光の当たる場所の景色を僕に見せてくれる。僕たちの教義たる献身をそのまま形にしたような、信仰深く善良な神の使徒。それが、イチカでした。
だから僕は、この想いを胸に秘めておかなければいけない。僕なんかにかかずらって彼の博愛を曇らせるなんてこと、万が一にもあってはいけない。自分の気持ちを自覚した日からずっと、僕はそう心に決めていました。決めていた、はずでした。
けれども。
ベッドサイドの出窓から、あえかな月の光が射し込んでいます。
僕とイチカはベッドに横たわりながら、薄青いその光を裸の素肌に浴びていました。ふたりで寝るには少し狭いイチカのベッド。その上で縮こまるように抱きしめ合ったまま、不意にイチカが、ぽつりと呟きました。
「ねえ、レイ」
「ん?」
「この先ぼくたちに何があっても、ぼくは後悔しないよ」
「……え」
唐突なその言葉に、僕はイチカの胸に伏せていた顔を上げました。彼の視線は、部屋の反対側、最近は使うことも少なくなった僕のベッドに向けられています。
「ぼくたちの為した行いは、確かに天使様に導いてもらったものだけれど……でも、もしも今、既に天使様方がぼくらを見放していたとしたって、ぼくは自分の選んだ道を後悔なんてしない」
「……イチカ」
「だってレイ、君が──隣にいるから」
降り注ぐ月の光が、イチカの金の髪の毛をうっすらと照らしています。狭い寮の一室を満たした宵闇の中、僕だけの目の前できらきらと輝くイチカの髪。僕はそれを、世界で一番美しいものだと感じていました。
「……うん」
頷いて、イチカの背に腕を回します。小さい頃から病弱で、体格もあまり成長していなかったイチカ。その彼が近ごろ少しだけ逞しくなったような気がするのは、僕の錯覚ではないはずです。
ふっと、唇から笑みがこぼれました。自分の感情を言葉にするのは、僕にとって最も苦手な行為です。けれど今だけは何のてらいも気負いもなく、その言葉は僕の口から自然にあふれ出していきました。
「僕も、後悔はしない」
イチカは少し驚いたように肩を揺らしました。けれどすぐに穏やかな笑みをつくって、僕の背を強く抱きしめ返しました。
イチカのこの笑みは、本来ならばきっと世界中のありとあらゆる人に向けられるべき慈愛です。きっと彼のこの笑みで救われる人も、これから何人となく生まれ来るのでしょう。僕だけが独り占めするなんて、許されるはずがありません。
けれど、それでも、今だけは。
「……イチカ」
「レイ……」
何度となく呼び合った名前を、再び唇に上らせながら。僕とイチカはもう一度、月に隠れた夜の中に堕ちていきます。
この罪深き幸福を、天の上の誰かに断罪される日まで、きっと。
いつでも優しく他人に寄り添い、他人のことを親身になって考えてくれる。無口で引っ込みがちな僕の手を取って、光の当たる場所の景色を僕に見せてくれる。僕たちの教義たる献身をそのまま形にしたような、信仰深く善良な神の使徒。それが、イチカでした。
だから僕は、この想いを胸に秘めておかなければいけない。僕なんかにかかずらって彼の博愛を曇らせるなんてこと、万が一にもあってはいけない。自分の気持ちを自覚した日からずっと、僕はそう心に決めていました。決めていた、はずでした。
けれども。
ベッドサイドの出窓から、あえかな月の光が射し込んでいます。
僕とイチカはベッドに横たわりながら、薄青いその光を裸の素肌に浴びていました。ふたりで寝るには少し狭いイチカのベッド。その上で縮こまるように抱きしめ合ったまま、不意にイチカが、ぽつりと呟きました。
「ねえ、レイ」
「ん?」
「この先ぼくたちに何があっても、ぼくは後悔しないよ」
「……え」
唐突なその言葉に、僕はイチカの胸に伏せていた顔を上げました。彼の視線は、部屋の反対側、最近は使うことも少なくなった僕のベッドに向けられています。
「ぼくたちの為した行いは、確かに天使様に導いてもらったものだけれど……でも、もしも今、既に天使様方がぼくらを見放していたとしたって、ぼくは自分の選んだ道を後悔なんてしない」
「……イチカ」
「だってレイ、君が──隣にいるから」
降り注ぐ月の光が、イチカの金の髪の毛をうっすらと照らしています。狭い寮の一室を満たした宵闇の中、僕だけの目の前できらきらと輝くイチカの髪。僕はそれを、世界で一番美しいものだと感じていました。
「……うん」
頷いて、イチカの背に腕を回します。小さい頃から病弱で、体格もあまり成長していなかったイチカ。その彼が近ごろ少しだけ逞しくなったような気がするのは、僕の錯覚ではないはずです。
ふっと、唇から笑みがこぼれました。自分の感情を言葉にするのは、僕にとって最も苦手な行為です。けれど今だけは何のてらいも気負いもなく、その言葉は僕の口から自然にあふれ出していきました。
「僕も、後悔はしない」
イチカは少し驚いたように肩を揺らしました。けれどすぐに穏やかな笑みをつくって、僕の背を強く抱きしめ返しました。
イチカのこの笑みは、本来ならばきっと世界中のありとあらゆる人に向けられるべき慈愛です。きっと彼のこの笑みで救われる人も、これから何人となく生まれ来るのでしょう。僕だけが独り占めするなんて、許されるはずがありません。
けれど、それでも、今だけは。
「……イチカ」
「レイ……」
何度となく呼び合った名前を、再び唇に上らせながら。僕とイチカはもう一度、月に隠れた夜の中に堕ちていきます。
この罪深き幸福を、天の上の誰かに断罪される日まで、きっと。
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