死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
上 下
34 / 115
第三章・せっくすの仕方がわからないぼくたちが、神の思し召しで遣わされた天使様方に教わって。

3-8・それから

しおりを挟む
 寮で同室のイチカという少年は、とても素晴らしい人です。
 いつでも優しく他人に寄り添い、他人のことを親身になって考えてくれる。無口で引っ込みがちな僕の手を取って、光の当たる場所の景色を僕に見せてくれる。僕たちの教義たる献身をそのまま形にしたような、信仰深く善良な神の使徒。それが、イチカでした。
 だから僕は、この想いを胸に秘めておかなければいけない。僕なんかにかかずらって彼の博愛を曇らせるなんてこと、万が一にもあってはいけない。自分の気持ちを自覚した日からずっと、僕はそう心に決めていました。決めていた、はずでした。
 けれども。



 ベッドサイドの出窓から、あえかな月の光が射し込んでいます。
 僕とイチカはベッドに横たわりながら、薄青いその光を裸の素肌に浴びていました。ふたりで寝るには少し狭いイチカのベッド。その上で縮こまるように抱きしめ合ったまま、不意にイチカが、ぽつりと呟きました。

「ねえ、レイ」
「ん?」
「この先ぼくたちに何があっても、ぼくは後悔しないよ」
「……え」

 唐突なその言葉に、僕はイチカの胸に伏せていた顔を上げました。彼の視線は、部屋の反対側、最近は使うことも少なくなった僕のベッドに向けられています。

「ぼくたちの為した行いは、確かに天使様に導いてもらったものだけれど……でも、もしも今、既に天使様方がぼくらを見放していたとしたって、ぼくは自分の選んだ道を後悔なんてしない」
「……イチカ」
「だってレイ、君が──隣にいるから」

 降り注ぐ月の光が、イチカの金の髪の毛をうっすらと照らしています。狭い寮の一室を満たした宵闇の中、僕だけの目の前できらきらと輝くイチカの髪。僕はそれを、世界で一番美しいものだと感じていました。

「……うん」

 頷いて、イチカの背に腕を回します。小さい頃から病弱で、体格もあまり成長していなかったイチカ。その彼が近ごろ少しだけ逞しくなったような気がするのは、僕の錯覚ではないはずです。
 ふっと、唇から笑みがこぼれました。自分の感情を言葉にするのは、僕にとって最も苦手な行為です。けれど今だけは何のてらいも気負いもなく、その言葉は僕の口から自然にあふれ出していきました。

「僕も、後悔はしない」

 イチカは少し驚いたように肩を揺らしました。けれどすぐに穏やかな笑みをつくって、僕の背を強く抱きしめ返しました。
 イチカのこの笑みは、本来ならばきっと世界中のありとあらゆる人に向けられるべき慈愛です。きっと彼のこの笑みで救われる人も、これから何人となく生まれ来るのでしょう。僕だけが独り占めするなんて、許されるはずがありません。
 けれど、それでも、今だけは。

「……イチカ」
「レイ……」

 何度となく呼び合った名前を、再び唇に上らせながら。僕とイチカはもう一度、月に隠れた夜の中に堕ちていきます。
 この罪深き幸福を、天の上の誰かに断罪される日まで、きっと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

処理中です...