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第三章・せっくすの仕方がわからないぼくたちが、神の思し召しで遣わされた天使様方に教わって。
3-2・非倫理的行為
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短いようで長い沈黙が、朝暉差し込む礼拝堂を支配していました。
ユージン様は微動だにせず凍りついたままです。先程まで微笑みを絶やさなかったミゴー様ですら、少し驚かれたような、でもどことなく面白がっているような表情で、横目でユージン様を観察しています。
何かよくないことを申し上げてしまっただろうか。ぼくが不安を覚え始めた頃、ミゴー様がちょんちょんとユージン様の肩をつつかれました。ユージン様はハッとしたように身を震わせたあと、こほんと咳払いをなさいます。それから翼の後ろに手を回し、どこからともなく帳面のようなものを取り出してめくり始めました。
「えー……っと。確認しておきたいのですが、イチカさん。あなたはその、セックスという単語自体をご存じないと」
「はい……不勉強で申し訳ありません」
「ちなみに念のため、いわゆる生殖行為については」
「生殖……誕生の儀のことでしょうか」
「誕生の儀?」
「ええ。ブレスポッドに祝福を捧げる儀式のことです。自らの体内から取り出した祝福を、女性ののち男性がポッドに捧げて半年の時を待つことで、新たな神の子たる赤子が誕生するのです」
「鮭かよ……」
ユージン様がぼそりと呟かれた言葉は、ぼくにはうまく聞き取れませんでした。そのまま帳面を睨みながら、厳しいお顔で首を捻られるユージン様。そんなユージン様を黙って、しかしながら慈愛に満ちた表情で眺められているミゴー様。おふたりの表情を拝していると、ぼくの頭にはなぜかふと、ある罪深い単語が浮かんでしまいました。
「……もしかして、せっくすとは、非倫理的行為に関連する言葉でしょうか」
「え?」
その単語を口にするのは、少しだけ勇気が要りました。けれど天使様方の前で隠し事などできようはずもありません。そして顔を上げたおふたりの反応からして、畏れ多くもぼくの直感は当たってしまっていたようです。
「あー、その、非倫理的行為って言うのは」
「具体的な行為については、ぼくも詳しくは……とうの昔に廃れた因習です。自然派を標榜する方々の間では、未だに行われることもあると聞き及んでいますが」
「なるほど……ああ、なるほど」
帳面を何枚かめくったところで、ユージン様が重々しくうなずきました。開かれたページをミゴー様がひょいと覗き込み、そのままぼくにお声を掛けてくださいます。
「ちなみに、イチカさん。俺たちがあなたにその非倫理的行為をやってくれって言ったら、やっぱり嫌ですかね」
「それは……もちろん、抵抗はありますが。けれどそれが神の思し召しであれば、喜んでこの身を捧げる覚悟です」
「あはは、敬虔なことですねえ。ついでに、相手のご希望は」
「相手……」
頭の中に今度は、ある人の顔がよぎりました。どうして彼を思い浮かべてしまったのかは自分でもわかりません。けれどもその瞬間ぼくの心臓は、古傷が疼くみたいにずきんと高鳴りました。
「……相手を選ぶのも含めて、神の思し召しなのですね」
「んー……少なくとも、心当たりはあるんですよね?」
「…………」
自分が何かひどく罪深いことをしているような気になって、ぼくは思わず口をつぐみます。気が付けばユージン様も帳面から目を離し、ぼくのことを厳かに見守ってくださっていました。
背筋からふっと力が抜けます。隠し事はできない、ぼくはそう悟りました。いわんやこの方々は、天から遣わされた神の使途なのですから。
長い沈黙を、恐る恐る破って。
「…………同室の、レイという子です」
蚊の鳴くような声で絞り出した名前を、天使様方は当然、ご存知であらせられたようです。
ユージン様は微動だにせず凍りついたままです。先程まで微笑みを絶やさなかったミゴー様ですら、少し驚かれたような、でもどことなく面白がっているような表情で、横目でユージン様を観察しています。
何かよくないことを申し上げてしまっただろうか。ぼくが不安を覚え始めた頃、ミゴー様がちょんちょんとユージン様の肩をつつかれました。ユージン様はハッとしたように身を震わせたあと、こほんと咳払いをなさいます。それから翼の後ろに手を回し、どこからともなく帳面のようなものを取り出してめくり始めました。
「えー……っと。確認しておきたいのですが、イチカさん。あなたはその、セックスという単語自体をご存じないと」
「はい……不勉強で申し訳ありません」
「ちなみに念のため、いわゆる生殖行為については」
「生殖……誕生の儀のことでしょうか」
「誕生の儀?」
「ええ。ブレスポッドに祝福を捧げる儀式のことです。自らの体内から取り出した祝福を、女性ののち男性がポッドに捧げて半年の時を待つことで、新たな神の子たる赤子が誕生するのです」
「鮭かよ……」
ユージン様がぼそりと呟かれた言葉は、ぼくにはうまく聞き取れませんでした。そのまま帳面を睨みながら、厳しいお顔で首を捻られるユージン様。そんなユージン様を黙って、しかしながら慈愛に満ちた表情で眺められているミゴー様。おふたりの表情を拝していると、ぼくの頭にはなぜかふと、ある罪深い単語が浮かんでしまいました。
「……もしかして、せっくすとは、非倫理的行為に関連する言葉でしょうか」
「え?」
その単語を口にするのは、少しだけ勇気が要りました。けれど天使様方の前で隠し事などできようはずもありません。そして顔を上げたおふたりの反応からして、畏れ多くもぼくの直感は当たってしまっていたようです。
「あー、その、非倫理的行為って言うのは」
「具体的な行為については、ぼくも詳しくは……とうの昔に廃れた因習です。自然派を標榜する方々の間では、未だに行われることもあると聞き及んでいますが」
「なるほど……ああ、なるほど」
帳面を何枚かめくったところで、ユージン様が重々しくうなずきました。開かれたページをミゴー様がひょいと覗き込み、そのままぼくにお声を掛けてくださいます。
「ちなみに、イチカさん。俺たちがあなたにその非倫理的行為をやってくれって言ったら、やっぱり嫌ですかね」
「それは……もちろん、抵抗はありますが。けれどそれが神の思し召しであれば、喜んでこの身を捧げる覚悟です」
「あはは、敬虔なことですねえ。ついでに、相手のご希望は」
「相手……」
頭の中に今度は、ある人の顔がよぎりました。どうして彼を思い浮かべてしまったのかは自分でもわかりません。けれどもその瞬間ぼくの心臓は、古傷が疼くみたいにずきんと高鳴りました。
「……相手を選ぶのも含めて、神の思し召しなのですね」
「んー……少なくとも、心当たりはあるんですよね?」
「…………」
自分が何かひどく罪深いことをしているような気になって、ぼくは思わず口をつぐみます。気が付けばユージン様も帳面から目を離し、ぼくのことを厳かに見守ってくださっていました。
背筋からふっと力が抜けます。隠し事はできない、ぼくはそう悟りました。いわんやこの方々は、天から遣わされた神の使途なのですから。
長い沈黙を、恐る恐る破って。
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