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第三章・せっくすの仕方がわからないぼくたちが、神の思し召しで遣わされた天使様方に教わって。
3-1・ふたりの天使様
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ぼくたちの目の前には今、ふたりの天使様がおわします。
支柱部分に金細工の彫刻を施した、天界のおしとねのような豪奢なダブルベッドの上に、ぼくたちは緊張しつつもしゃんと腰かけています。ぼくの隣に座っているのは、ぼくの学友であり同室の友でもある少年、レイ。常に寡黙で落ち着いた物腰の彼は、しかし今日に限ってはどこか浮ついた様子で、天使様とぼくの間に視線を行き来させています。
対して目の前におわす天使様は、ぼくたちと同じく、けれどぼくたちは異なる理由にて落ち着かないご様子でした。二台並んだ大きなベッドの、ぼくたちとは違うもう一方に座していらっしゃるのは、先だってぼくの前に降臨されたおふたりの天使様です。真っ黒なスーツに真っ黒なネクタイ。端正な顔立ちに、すらりと高い身長。教えに出てくる天使様たちとは、ずいぶん異なる姿であらせられます。けれども唯一背中に広がる大きな翼だけは、世に伝わる絵画のままに神々しくありました。
その翼も今はどこか、ぼくたちには見えないところにしまわれています。片方の、お優し気な顔立ちのミゴー様が、もう片方の、鋭敏な目つきのユージン様におっしゃったからです。曰く、「その羽根邪魔なんで、しまってください」と。
そわそわするぼくたちの目の前で、ふたりの天使様は先程からずっと、小さく言葉を交わし続けていらっしゃいます。
「ほらほら、ユージンさん、そんな固くならないで、リラックスリラックス」
「無理……に、決まってるだろ……っ」
顔を赤らめて縮こまるユージン様。そしてそんなユージン様を後ろから抱きしめる形で、ベッドの上に座り込んだミゴー様。
ああ。これこそが、かの天使様方の仰せられる──
──せっくす、という行為なのでしょうか。
ことの起こりについては、少しだけ時間をさかのぼります。
日課である朝の祈りを終え、ぼくが礼拝堂を立ち去ろうとしたとき。祭壇奥の、天使様を描いたステンドグラスから、突如として強烈な光が降り注ぎました。思わずぼくは目をつぶります。少しして開いたぼくのまなこには、荘厳な光を纏ってぼくを見下ろす、ふたりの男性の姿が映っていました。
驚きは、さほどありませんでした。神に仕える身たるぼくにとっては、天使様は畏れ多くも馴染み深い存在でしたから。もしその背の翼が見えていなくとも、ぼくは彼らが天使様であることを確信していたでしょう。
説教台に相対する形で、跪く体勢をとったぼくに対して。黒髪の方の天使様──後にぼくにユージン様という御名を教えてくださいました──は、厳格なお顔立ちを微笑ませてこう告げました。
「こんにちは、イチカさん。あなたには──死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?」
言っていることの意味は、すぐには理解できませんでした。けれども死ぬ前に、という一節だけは、ぼくには心当たりのあるものでした。
いつかは、と心を決めていた事態です。とは言え思わず表情を曇らせてしまったのは、ぼく自身の未熟さを恥じるべきところでありましょう。
「……ぼくは、死ぬんですか?」
「え?」
「あの、ぼくは昔からあまり……体が丈夫な方ではないもので。ぼくの前に天使様方が降り立たれたということは、つまり、今がそのとき……ということなのでしょうか」
「い、いやいや! 大丈夫です、それは」
慌てるユージン様を庇うように、もう一方の天使様──こちらはミゴー様と仰るそうです──が、一歩僕へと近づきます。
「まあまあ、人間いつかは死にますし、あなたのその時期については、ぶっちゃけ俺たちも知らないんですけど。少なくとも俺たちがここに来た理由は、あなたの寿命とはまったく関係ないんで、そこは安心してください」
「ああ……そうですか」
ぼくはほうっと息を吐いて、天使様方に微笑みを返します。惜しむべくもない身とは言え、生きて人のために使えるのならそれに越したことはありません。胸のペンダントを握る僕を見て、ミゴー様が首を傾げておられます。
「あんまり、動揺しないんですね」
「そうでしょうか。そうだとしたら、すべては神の思し召しであるから、かもしれませんね」
「……ふーん」
ミゴー様はすっと後ろを向いて、ユージン様の隣へと戻りました。そこでぼくは初めて、先ほどの問いかけを思い出しました。礼拝堂に厳かに響き渡った、威容深きユージン様のお声。その中でぼくにはひとつだけ、どうしてもわからない単語がありました。
「あの……それで、失礼ながら、天使様方にご教示頂きたいことがあるのですが」
「はい。なんでしょう」
「せっくす……とは、どのような行いのことを指すのでしょうか?」
「…………はい?」
その問いをぼくが投げかけた瞬間。
ユージン様の厳峻たる微笑に、僅かにヒビが入ったような気がしました。
支柱部分に金細工の彫刻を施した、天界のおしとねのような豪奢なダブルベッドの上に、ぼくたちは緊張しつつもしゃんと腰かけています。ぼくの隣に座っているのは、ぼくの学友であり同室の友でもある少年、レイ。常に寡黙で落ち着いた物腰の彼は、しかし今日に限ってはどこか浮ついた様子で、天使様とぼくの間に視線を行き来させています。
対して目の前におわす天使様は、ぼくたちと同じく、けれどぼくたちは異なる理由にて落ち着かないご様子でした。二台並んだ大きなベッドの、ぼくたちとは違うもう一方に座していらっしゃるのは、先だってぼくの前に降臨されたおふたりの天使様です。真っ黒なスーツに真っ黒なネクタイ。端正な顔立ちに、すらりと高い身長。教えに出てくる天使様たちとは、ずいぶん異なる姿であらせられます。けれども唯一背中に広がる大きな翼だけは、世に伝わる絵画のままに神々しくありました。
その翼も今はどこか、ぼくたちには見えないところにしまわれています。片方の、お優し気な顔立ちのミゴー様が、もう片方の、鋭敏な目つきのユージン様におっしゃったからです。曰く、「その羽根邪魔なんで、しまってください」と。
そわそわするぼくたちの目の前で、ふたりの天使様は先程からずっと、小さく言葉を交わし続けていらっしゃいます。
「ほらほら、ユージンさん、そんな固くならないで、リラックスリラックス」
「無理……に、決まってるだろ……っ」
顔を赤らめて縮こまるユージン様。そしてそんなユージン様を後ろから抱きしめる形で、ベッドの上に座り込んだミゴー様。
ああ。これこそが、かの天使様方の仰せられる──
──せっくす、という行為なのでしょうか。
ことの起こりについては、少しだけ時間をさかのぼります。
日課である朝の祈りを終え、ぼくが礼拝堂を立ち去ろうとしたとき。祭壇奥の、天使様を描いたステンドグラスから、突如として強烈な光が降り注ぎました。思わずぼくは目をつぶります。少しして開いたぼくのまなこには、荘厳な光を纏ってぼくを見下ろす、ふたりの男性の姿が映っていました。
驚きは、さほどありませんでした。神に仕える身たるぼくにとっては、天使様は畏れ多くも馴染み深い存在でしたから。もしその背の翼が見えていなくとも、ぼくは彼らが天使様であることを確信していたでしょう。
説教台に相対する形で、跪く体勢をとったぼくに対して。黒髪の方の天使様──後にぼくにユージン様という御名を教えてくださいました──は、厳格なお顔立ちを微笑ませてこう告げました。
「こんにちは、イチカさん。あなたには──死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?」
言っていることの意味は、すぐには理解できませんでした。けれども死ぬ前に、という一節だけは、ぼくには心当たりのあるものでした。
いつかは、と心を決めていた事態です。とは言え思わず表情を曇らせてしまったのは、ぼく自身の未熟さを恥じるべきところでありましょう。
「……ぼくは、死ぬんですか?」
「え?」
「あの、ぼくは昔からあまり……体が丈夫な方ではないもので。ぼくの前に天使様方が降り立たれたということは、つまり、今がそのとき……ということなのでしょうか」
「い、いやいや! 大丈夫です、それは」
慌てるユージン様を庇うように、もう一方の天使様──こちらはミゴー様と仰るそうです──が、一歩僕へと近づきます。
「まあまあ、人間いつかは死にますし、あなたのその時期については、ぶっちゃけ俺たちも知らないんですけど。少なくとも俺たちがここに来た理由は、あなたの寿命とはまったく関係ないんで、そこは安心してください」
「ああ……そうですか」
ぼくはほうっと息を吐いて、天使様方に微笑みを返します。惜しむべくもない身とは言え、生きて人のために使えるのならそれに越したことはありません。胸のペンダントを握る僕を見て、ミゴー様が首を傾げておられます。
「あんまり、動揺しないんですね」
「そうでしょうか。そうだとしたら、すべては神の思し召しであるから、かもしれませんね」
「……ふーん」
ミゴー様はすっと後ろを向いて、ユージン様の隣へと戻りました。そこでぼくは初めて、先ほどの問いかけを思い出しました。礼拝堂に厳かに響き渡った、威容深きユージン様のお声。その中でぼくにはひとつだけ、どうしてもわからない単語がありました。
「あの……それで、失礼ながら、天使様方にご教示頂きたいことがあるのですが」
「はい。なんでしょう」
「せっくす……とは、どのような行いのことを指すのでしょうか?」
「…………はい?」
その問いをぼくが投げかけた瞬間。
ユージン様の厳峻たる微笑に、僅かにヒビが入ったような気がしました。
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