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第二章・喪われし魂の救済を求めて、最期まで心を焦がしてやまなかった彼と。
2-10・それから
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あのあと。
脱力した朝比奈からどうにか体を引き剥がし、体中に跳ねた潤滑油やら思い切り中に出されたものやらを綺麗にしてから。
学ランを着込み直した僕と朝比奈は、薄暗いベッドの上に座り込んで、真正面から相対していた。
「まったく、好き放題やってくれたな」
「……うぅ」
なぜか正座して首をしゅんと垂れている朝比奈を、あぐらと腕組みの姿勢からじろりと睨みつける。
「まあいい。その点に関してはこちらも同罪だ。それより」
そこで言葉を切ってから、咳払いを落として声を低めた。
「……本当、なんだろうな」
「え?」
「その。最中に言っていた……好きだとか、なんとか」
「ほ、本当だって!」
朝比奈が伸ばしかけた手は、けれど僕に届く前にぴたりと止まった。行き場を失ったその手がゆっくりと下りていく。朝比奈の視線と一緒に。
「……信じて、もらえないだろうけど。でも嘘じゃない、命でもなんでも賭けていい。オレはあのとき、ちゃんと神母坂のこと好きだったし……正直今でも、……好き」
「……ふん」
そんな言葉で今さら信用を得られるわけがないのは、たぶんこいつ自身もわかっているんだろう。正座した膝の上で握られた拳は、僅かに震えている。
このまま嘲笑って切り捨ててやれば、きっとこいつは傷つくはずだ。あのときの僕と同じに。僕の言葉と存在は消えない傷となり、永遠の呪いとして朝比奈を苛み続ける。それこそが僕の宿願であり、この身を捧げて成した復讐の成就となる。
だけど。
少しだけ、逡巡した。けれどきっと僕と朝比奈が体を重ねた瞬間、既に答えは決まってしまっていた。少しだけもったいつけてから、おもむろに口を開く。
「なら、これから言う条件に従え。僕とオマエとの盟約だ」
「め、盟約?」
「ああ。僕の信頼を勝ち得たい……あわよくば僕を自分のものにしてしまいたい、そう思っているのだろう、オマエは?」
「……っ」
ぱっと顔を上げた朝比奈が、水飲み鳥のように首を縦に振る。正直な奴。含み笑いを隠した真面目な顔で、僕は朝比奈に新たな盟約を申し渡す。
「なら、明日の朝、クラスの奴らの目の前で──」
空に浮かんだ紫の炎が、ゆらりと大きく揺れた。
☆ ☆ ☆
屋上から飛び降りた生徒が、落ちる途中で消えてしまったらしい。
今朝の校内はもっぱらその噂で持ち切りだ。いちおう学校の公式見解としては、大きな鳥を見間違えたんだろうってことになったらしいけど。でも確かにうちの制服を着てたとか、飛び降りる直前に目が合ったなんて言ってる奴もいて、話半分で聞いても完全に怪奇現象だ。死体も怪我人も見つからない以上、誰かが死んだとかそういうことはないんだろうけど。集団幻覚? まだ陽も高い時間の校庭で、あるのか、そんなん?
とにかく各々のグループであーだこーだと喋り続ける俺らの教室に、始業のチャイムが鳴る直前、前のドアから二人の生徒が入ってきた。
なんとなくそっちに目を向ける。ひとりは俺の友だちでもある朝比奈陽。こんなギリギリの時間に来るなんて珍しい。そしてもうひとりは、神母坂? ずいぶん変な組み合わせだ。たまたまタイミングが被っただけかと思いきや、朝比奈を追い立てるように歩く神母坂、そしてちらちらと神母坂を見る朝比奈の様子からは、どうも二人が連れ立って来ているらしいことが見て取れる。
おはよう、どしたん、二人で。そう俺が声をかける前に、二人は並んで教壇の上に立った。なんだなんだ、なんかの発表か。戸惑いながらも見守っていると、朝比奈が神母坂を見下ろして、何事かを囁いた。
神母坂が小さく頷く。朝比奈も頷き返して、教室全体をぐるりと見渡した。
「あのっ、あのさ!」
ひっくり返った朝比奈の大声に、教室にいる奴らの視線が一斉に集まった。朝比奈の頬が見る見る真っ赤になっていく。その背を神母坂がぽんと叩いた。朝比奈に何かを促す神母坂は、今まで教室では見たことのない、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
朝比奈は今にも泣きそうに眉を寄せて、でもどこか嬉しそうにも見える表情で、神母坂と一度視線を合わせる。それからもう一度教室に向かって、相変わらず裏返ったままの声を張り上げた。
「あのっ……お、オレ、実は、好きな人がいてっ……!」
脱力した朝比奈からどうにか体を引き剥がし、体中に跳ねた潤滑油やら思い切り中に出されたものやらを綺麗にしてから。
学ランを着込み直した僕と朝比奈は、薄暗いベッドの上に座り込んで、真正面から相対していた。
「まったく、好き放題やってくれたな」
「……うぅ」
なぜか正座して首をしゅんと垂れている朝比奈を、あぐらと腕組みの姿勢からじろりと睨みつける。
「まあいい。その点に関してはこちらも同罪だ。それより」
そこで言葉を切ってから、咳払いを落として声を低めた。
「……本当、なんだろうな」
「え?」
「その。最中に言っていた……好きだとか、なんとか」
「ほ、本当だって!」
朝比奈が伸ばしかけた手は、けれど僕に届く前にぴたりと止まった。行き場を失ったその手がゆっくりと下りていく。朝比奈の視線と一緒に。
「……信じて、もらえないだろうけど。でも嘘じゃない、命でもなんでも賭けていい。オレはあのとき、ちゃんと神母坂のこと好きだったし……正直今でも、……好き」
「……ふん」
そんな言葉で今さら信用を得られるわけがないのは、たぶんこいつ自身もわかっているんだろう。正座した膝の上で握られた拳は、僅かに震えている。
このまま嘲笑って切り捨ててやれば、きっとこいつは傷つくはずだ。あのときの僕と同じに。僕の言葉と存在は消えない傷となり、永遠の呪いとして朝比奈を苛み続ける。それこそが僕の宿願であり、この身を捧げて成した復讐の成就となる。
だけど。
少しだけ、逡巡した。けれどきっと僕と朝比奈が体を重ねた瞬間、既に答えは決まってしまっていた。少しだけもったいつけてから、おもむろに口を開く。
「なら、これから言う条件に従え。僕とオマエとの盟約だ」
「め、盟約?」
「ああ。僕の信頼を勝ち得たい……あわよくば僕を自分のものにしてしまいたい、そう思っているのだろう、オマエは?」
「……っ」
ぱっと顔を上げた朝比奈が、水飲み鳥のように首を縦に振る。正直な奴。含み笑いを隠した真面目な顔で、僕は朝比奈に新たな盟約を申し渡す。
「なら、明日の朝、クラスの奴らの目の前で──」
空に浮かんだ紫の炎が、ゆらりと大きく揺れた。
☆ ☆ ☆
屋上から飛び降りた生徒が、落ちる途中で消えてしまったらしい。
今朝の校内はもっぱらその噂で持ち切りだ。いちおう学校の公式見解としては、大きな鳥を見間違えたんだろうってことになったらしいけど。でも確かにうちの制服を着てたとか、飛び降りる直前に目が合ったなんて言ってる奴もいて、話半分で聞いても完全に怪奇現象だ。死体も怪我人も見つからない以上、誰かが死んだとかそういうことはないんだろうけど。集団幻覚? まだ陽も高い時間の校庭で、あるのか、そんなん?
とにかく各々のグループであーだこーだと喋り続ける俺らの教室に、始業のチャイムが鳴る直前、前のドアから二人の生徒が入ってきた。
なんとなくそっちに目を向ける。ひとりは俺の友だちでもある朝比奈陽。こんなギリギリの時間に来るなんて珍しい。そしてもうひとりは、神母坂? ずいぶん変な組み合わせだ。たまたまタイミングが被っただけかと思いきや、朝比奈を追い立てるように歩く神母坂、そしてちらちらと神母坂を見る朝比奈の様子からは、どうも二人が連れ立って来ているらしいことが見て取れる。
おはよう、どしたん、二人で。そう俺が声をかける前に、二人は並んで教壇の上に立った。なんだなんだ、なんかの発表か。戸惑いながらも見守っていると、朝比奈が神母坂を見下ろして、何事かを囁いた。
神母坂が小さく頷く。朝比奈も頷き返して、教室全体をぐるりと見渡した。
「あのっ、あのさ!」
ひっくり返った朝比奈の大声に、教室にいる奴らの視線が一斉に集まった。朝比奈の頬が見る見る真っ赤になっていく。その背を神母坂がぽんと叩いた。朝比奈に何かを促す神母坂は、今まで教室では見たことのない、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
朝比奈は今にも泣きそうに眉を寄せて、でもどこか嬉しそうにも見える表情で、神母坂と一度視線を合わせる。それからもう一度教室に向かって、相変わらず裏返ったままの声を張り上げた。
「あのっ……お、オレ、実は、好きな人がいてっ……!」
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