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第二章・喪われし魂の救済を求めて、最期まで心を焦がしてやまなかった彼と。
2-7・役立たずの玩具
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風のにおいや細部の風景まで、写真のように鮮明に記憶している。人目につかない狭い体育館裏。汚れたコンクリートと雑草だけが目立つ彩のない景色。その中で僕を見つめながら、真剣な顔で立っていた朝比奈陽。
「ごめんね、わざわざ呼び出しちゃって」
「あ、ああ……べ、別に、それはいい、けど」
「えっと、それで……話って言うのは、さ」
そこまで言って朝比奈は、一度僕から目を逸らした。ためらうように口元を覆う手のひら。その隙間から僅かに、赤く染まった頬が見えた気がした。
いぶかしく思いながらも自ら話を切り出す勇気もなく、僕はただぼんやりと立ちすくんでいるだけだ。朝比奈の瞳が、ちらりと僕を捉えた。少し離れたところの僕の耳にまで、朝比奈がすうっと息を吸う音が聞こえた。
「あの……オレ、実は……い、神母坂のことが、好きっ、……なんだけど」
「…………は?」
言葉の意味は、すぐにはわからなかった。好き。使う相手と状況によっていかようにも取れる言葉だ。二人きりの校舎裏で、顔を赤くして告げられたという文脈を考えれば、たどり着く答えは一つある。でもその答えは間違いなく間違いだ。だって朝比奈が僕を好きなわけがない。理由がない。意味もない。だから僕はこのあり得るべからざる状況をひも解いて、真に正しい答えを探さなきゃいけない。
固まったまま何もしゃべらない僕に、朝比奈はどうやら焦りを感じ始めているようだ。頬や耳のあたりをしきりに触りながら、きょろきょろと辺りを見回している。
「あっえっと、ごめんっ、なんつーか、まず順を追って説明」
「あれ? あさひーじゃん」
空気に、唐突に第三者の声が混入した。僕と朝比奈は同時にハッと顔を上げる。申し訳程度の植木を挟んで、フェンスを越えた先の細い道路から。見覚えのある数人の男女が、好奇の視線を僕たちに注いでいる。
「ほんとだ。てかそっち神母坂くん? 何その組み合わせ」
「え、なになに、告白現場?」
「あはは、ほんとだ、告白だ告白」
「……!」
冗談めかした軽口に、朝比奈はあからさまな動揺を返した。乱入者どもにもそれは伝わってしまったらしい。奴らの緩んだにやけ面が、僅かに引きつって静止する。
「……え、うそ、マジ?」
「違っ……いや、あのっ」
「ちょっと、そういうのやめなよ山崎。マジなわけないじゃん」
「あ……っ」
朝比奈が一歩、僕から離れる。どくんと心臓が鳴った。朝比奈の目が僕と奴らを行き来する。値踏みするみたいに。あるいは遊び飽きた玩具の中から、不要なひとつを選ぼうとするかのように。
「……やっぱり、そういうことか」
自分の表情が、膜が張るように氷結していくのがわかった。考えてみれば当然だ。好くべくもない僕を朝比奈が好きだと言い張る以上、そこには何らかの、やむを得ない理由があるはずだったのだ。例えば知らない誰かとの賭けの種とか、あるいは興味本位の玩具扱いとか。真相がどれであるのかは、今さら知りたくもなかったが。
「違っ……オレ、はっ」
「何が違う。いい、聞きたくない、どうせオマエも……一緒だ」
「えー何、ふたり揉めてんの? うちら帰った方がいい?」
「……あ……っ、……っ……!」
朝比奈の動きが止まる。しばしの沈黙。僕は何も言わない。何も言わないまま、朝比奈の出方だけを待つ。
そして僕の推論を裏付けるかのように、朝比奈はへらりと相好を崩して片手を立てた。
「あー、えっと……ご、ごめん! なんていうか、その……本気にした?」
自分の心が音を立てて裂けるのを、僕の耳はどこか他人のことのように聴いていた。
「ごめん! キモかったよな。い、いや、冗談冗談、冗談に決まってるじゃん、こんなの。なー。ほら、もういいだろ、お前らも散れ散れ!」
地面を見つめて立ち尽くす僕の前で、野次馬どもをどこかに遠ざけてから。
「あの、なんつーか、そういうことだから。ごめんね! マジごめん! あんま気にしないでね! えっと……そんじゃね!」
振り向いた朝比奈の笑顔は、普段と同じ、太陽のような善人面をしていた。
ああ、そうか。
結局オマエもそうやって、僕を役にも立たない玩具として扱うんだな。
なら僕は、探すだけだ。僕が創り上げた世界の中で。最後まで価値のなかった僕の命を、自ら使い捨てでも。
オマエの心を永遠に穢し続ける、がらくたの呪いを。
「ごめんね、わざわざ呼び出しちゃって」
「あ、ああ……べ、別に、それはいい、けど」
「えっと、それで……話って言うのは、さ」
そこまで言って朝比奈は、一度僕から目を逸らした。ためらうように口元を覆う手のひら。その隙間から僅かに、赤く染まった頬が見えた気がした。
いぶかしく思いながらも自ら話を切り出す勇気もなく、僕はただぼんやりと立ちすくんでいるだけだ。朝比奈の瞳が、ちらりと僕を捉えた。少し離れたところの僕の耳にまで、朝比奈がすうっと息を吸う音が聞こえた。
「あの……オレ、実は……い、神母坂のことが、好きっ、……なんだけど」
「…………は?」
言葉の意味は、すぐにはわからなかった。好き。使う相手と状況によっていかようにも取れる言葉だ。二人きりの校舎裏で、顔を赤くして告げられたという文脈を考えれば、たどり着く答えは一つある。でもその答えは間違いなく間違いだ。だって朝比奈が僕を好きなわけがない。理由がない。意味もない。だから僕はこのあり得るべからざる状況をひも解いて、真に正しい答えを探さなきゃいけない。
固まったまま何もしゃべらない僕に、朝比奈はどうやら焦りを感じ始めているようだ。頬や耳のあたりをしきりに触りながら、きょろきょろと辺りを見回している。
「あっえっと、ごめんっ、なんつーか、まず順を追って説明」
「あれ? あさひーじゃん」
空気に、唐突に第三者の声が混入した。僕と朝比奈は同時にハッと顔を上げる。申し訳程度の植木を挟んで、フェンスを越えた先の細い道路から。見覚えのある数人の男女が、好奇の視線を僕たちに注いでいる。
「ほんとだ。てかそっち神母坂くん? 何その組み合わせ」
「え、なになに、告白現場?」
「あはは、ほんとだ、告白だ告白」
「……!」
冗談めかした軽口に、朝比奈はあからさまな動揺を返した。乱入者どもにもそれは伝わってしまったらしい。奴らの緩んだにやけ面が、僅かに引きつって静止する。
「……え、うそ、マジ?」
「違っ……いや、あのっ」
「ちょっと、そういうのやめなよ山崎。マジなわけないじゃん」
「あ……っ」
朝比奈が一歩、僕から離れる。どくんと心臓が鳴った。朝比奈の目が僕と奴らを行き来する。値踏みするみたいに。あるいは遊び飽きた玩具の中から、不要なひとつを選ぼうとするかのように。
「……やっぱり、そういうことか」
自分の表情が、膜が張るように氷結していくのがわかった。考えてみれば当然だ。好くべくもない僕を朝比奈が好きだと言い張る以上、そこには何らかの、やむを得ない理由があるはずだったのだ。例えば知らない誰かとの賭けの種とか、あるいは興味本位の玩具扱いとか。真相がどれであるのかは、今さら知りたくもなかったが。
「違っ……オレ、はっ」
「何が違う。いい、聞きたくない、どうせオマエも……一緒だ」
「えー何、ふたり揉めてんの? うちら帰った方がいい?」
「……あ……っ、……っ……!」
朝比奈の動きが止まる。しばしの沈黙。僕は何も言わない。何も言わないまま、朝比奈の出方だけを待つ。
そして僕の推論を裏付けるかのように、朝比奈はへらりと相好を崩して片手を立てた。
「あー、えっと……ご、ごめん! なんていうか、その……本気にした?」
自分の心が音を立てて裂けるのを、僕の耳はどこか他人のことのように聴いていた。
「ごめん! キモかったよな。い、いや、冗談冗談、冗談に決まってるじゃん、こんなの。なー。ほら、もういいだろ、お前らも散れ散れ!」
地面を見つめて立ち尽くす僕の前で、野次馬どもをどこかに遠ざけてから。
「あの、なんつーか、そういうことだから。ごめんね! マジごめん! あんま気にしないでね! えっと……そんじゃね!」
振り向いた朝比奈の笑顔は、普段と同じ、太陽のような善人面をしていた。
ああ、そうか。
結局オマエもそうやって、僕を役にも立たない玩具として扱うんだな。
なら僕は、探すだけだ。僕が創り上げた世界の中で。最後まで価値のなかった僕の命を、自ら使い捨てでも。
オマエの心を永遠に穢し続ける、がらくたの呪いを。
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