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第二章・喪われし魂の救済を求めて、最期まで心を焦がしてやまなかった彼と。
2-4・闇の中の太陽
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同級生の朝比奈陽は、その名の通り太陽のごとき人物だった。
金混じりの茶に染めた派手な髪。人心を魅了する溌剌たる笑顔。嫌味なくそれでいて明瞭な喋り口。どこを取っても僕とは対極にある人間で、だからこそ僕は初めからずっと、彼の存在自体が気に食わなかった。
そうだ。本当はあのときだって、あいつの戯言なんか真に受けるべきじゃなかった。ホームルームが終わった直後の、騒々しい放課後の教室で。いつものように早々と帰宅の用意を始めた僕に、朝比奈が声をかけてきたときも。
「あのさ、神母坂のそれ、かっこいいよね」
「へ? ……は?」
後ろの席から不意に声をかけられて、僕は動揺しながら振り返る。事務連絡以外で僕に声をかけてくる奴なんて一人もいない。そう信じきっていた僕の世界を、唐突に、無遠慮に破ったのが朝比奈の声だった。
「その髪。インナーメッシュってーの?」
影のない笑みを浮かべた朝比奈が、不遜にも僕の髪をちょいと持ち上げた。長い指が耳元を掠めて、髪の内側が露わになる。外から見えないように密かに染めた、一筋の紫も。
「さ、触るな!」
反射的に椅子ごと後ろに飛び逃げる。擦れた床が立てた大きな音に、教室の有象無象が一斉に振り向いた。頬がかっと熱くなる。朝比奈は伸ばした指をそのままに、きょとんとした顔で僕を見ている。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「う……べ、別に嫌、ではない、けど」
「よかった。やー、この席で寝てるとさ、下から神母坂の髪透けて見えんじゃん? 中の紫きれーだなーって、前からずっと思ってたんだよね」
「……ッ」
「あーでも、なんかごめんね、いきなり。変な感じにしちゃったね」
「……ッ!!」
口をきつく結んだまま、ぶんぶんと頭を横に振る。申し訳なさそうに片手を立てる彼の様子からは、僕に対する揶揄や悪意は全く読み取れなかった。だからこそ、このまま彼に罪悪感を植え付けたまま放っておくのは、僕自身の沽券に関わる。そう考えての否定だったが、それをうまく説明する言葉は出てこなかった。
のろのろと席を立ち、机の列からはみ出した椅子を元に戻す。ついでに朝比奈をちらりと見やった。目が合った。一瞬で目を逸らす。
「か、帰る、から」
「うん。じゃーね、神母坂」
「あ、う……、じゃ、じゃあ……」
胸を防具の如く鞄に抱えて、こそこそと教室を出る僕の後ろで、誰かが小さく、けれど確かにくすりと笑った。胸を鈍重な錨で刺された気がした。その声が朝比奈のものでなかったことだけが、僕にとっては僅かな救いだった。
朝比奈とまともに会話をしたのなんて、ほとんどそれ一回きりと言っていい。あいつは太陽みたいな人間だから、挨拶や社交辞令の類なら息を吸うように行う。けれどこれ以前もこれ以降も、僕がまともに返事をした記憶なんてほとんどない。それでもあいつは嫌な顔ひとつしなかった。礼節あるとは言い難い振る舞いを残して、逃げるように彼の前を去った時ですら。
そのせいで、見誤った。
「神母坂。神母坂だよな? ちょっと、暗くてよくわかんないんだけど……でも、神母坂……だよな?」
「……」
ベッドから立ち上がった朝比奈の影が、不安げに辺りを見回している。ぼんやりと見えるシルエットは、学校で見るのと同じ学ラン姿のようだ。自分を奮い立たせるように、密かに拳を握った。怖気づくな。たとえあいつが太陽だとしても、闇の中ならば僕の領域だ。
無言のまま、つかつかと朝比奈に近寄った。うっすらと朝比奈の顔が見える。こんなときですら狼狽はあれど、暗い影は微塵も見当たらない。そのことがなぜか酷く癇に障った。片手を突き出して朝比奈をベッドに押し倒す。
「いげ……うわっ!?」
重ねて上から僕も彼にのしかかり、全身を被せてその身を捕らえた。この期に及んで朝比奈はまだ状況を理解していないと見える。唐突な僕の蛮行にも、身をよじる素振りすら見せない。
「ちょっ、え、何なになに!?」
「朝比奈。オマエは今から」
死の宣告を与える死神のごとく、肺の深くまで息を吸う。
「僕と、セックスをする」
朝比奈の前で吃らずに言葉を出せたのは、この宣言が初めてだった。
金混じりの茶に染めた派手な髪。人心を魅了する溌剌たる笑顔。嫌味なくそれでいて明瞭な喋り口。どこを取っても僕とは対極にある人間で、だからこそ僕は初めからずっと、彼の存在自体が気に食わなかった。
そうだ。本当はあのときだって、あいつの戯言なんか真に受けるべきじゃなかった。ホームルームが終わった直後の、騒々しい放課後の教室で。いつものように早々と帰宅の用意を始めた僕に、朝比奈が声をかけてきたときも。
「あのさ、神母坂のそれ、かっこいいよね」
「へ? ……は?」
後ろの席から不意に声をかけられて、僕は動揺しながら振り返る。事務連絡以外で僕に声をかけてくる奴なんて一人もいない。そう信じきっていた僕の世界を、唐突に、無遠慮に破ったのが朝比奈の声だった。
「その髪。インナーメッシュってーの?」
影のない笑みを浮かべた朝比奈が、不遜にも僕の髪をちょいと持ち上げた。長い指が耳元を掠めて、髪の内側が露わになる。外から見えないように密かに染めた、一筋の紫も。
「さ、触るな!」
反射的に椅子ごと後ろに飛び逃げる。擦れた床が立てた大きな音に、教室の有象無象が一斉に振り向いた。頬がかっと熱くなる。朝比奈は伸ばした指をそのままに、きょとんとした顔で僕を見ている。
「あ、ごめん。嫌だった?」
「う……べ、別に嫌、ではない、けど」
「よかった。やー、この席で寝てるとさ、下から神母坂の髪透けて見えんじゃん? 中の紫きれーだなーって、前からずっと思ってたんだよね」
「……ッ」
「あーでも、なんかごめんね、いきなり。変な感じにしちゃったね」
「……ッ!!」
口をきつく結んだまま、ぶんぶんと頭を横に振る。申し訳なさそうに片手を立てる彼の様子からは、僕に対する揶揄や悪意は全く読み取れなかった。だからこそ、このまま彼に罪悪感を植え付けたまま放っておくのは、僕自身の沽券に関わる。そう考えての否定だったが、それをうまく説明する言葉は出てこなかった。
のろのろと席を立ち、机の列からはみ出した椅子を元に戻す。ついでに朝比奈をちらりと見やった。目が合った。一瞬で目を逸らす。
「か、帰る、から」
「うん。じゃーね、神母坂」
「あ、う……、じゃ、じゃあ……」
胸を防具の如く鞄に抱えて、こそこそと教室を出る僕の後ろで、誰かが小さく、けれど確かにくすりと笑った。胸を鈍重な錨で刺された気がした。その声が朝比奈のものでなかったことだけが、僕にとっては僅かな救いだった。
朝比奈とまともに会話をしたのなんて、ほとんどそれ一回きりと言っていい。あいつは太陽みたいな人間だから、挨拶や社交辞令の類なら息を吸うように行う。けれどこれ以前もこれ以降も、僕がまともに返事をした記憶なんてほとんどない。それでもあいつは嫌な顔ひとつしなかった。礼節あるとは言い難い振る舞いを残して、逃げるように彼の前を去った時ですら。
そのせいで、見誤った。
「神母坂。神母坂だよな? ちょっと、暗くてよくわかんないんだけど……でも、神母坂……だよな?」
「……」
ベッドから立ち上がった朝比奈の影が、不安げに辺りを見回している。ぼんやりと見えるシルエットは、学校で見るのと同じ学ラン姿のようだ。自分を奮い立たせるように、密かに拳を握った。怖気づくな。たとえあいつが太陽だとしても、闇の中ならば僕の領域だ。
無言のまま、つかつかと朝比奈に近寄った。うっすらと朝比奈の顔が見える。こんなときですら狼狽はあれど、暗い影は微塵も見当たらない。そのことがなぜか酷く癇に障った。片手を突き出して朝比奈をベッドに押し倒す。
「いげ……うわっ!?」
重ねて上から僕も彼にのしかかり、全身を被せてその身を捕らえた。この期に及んで朝比奈はまだ状況を理解していないと見える。唐突な僕の蛮行にも、身をよじる素振りすら見せない。
「ちょっ、え、何なになに!?」
「朝比奈。オマエは今から」
死の宣告を与える死神のごとく、肺の深くまで息を吸う。
「僕と、セックスをする」
朝比奈の前で吃らずに言葉を出せたのは、この宣言が初めてだった。
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