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第二章・喪われし魂の救済を求めて、最期まで心を焦がしてやまなかった彼と。
2-2・黒スーツの悪魔
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「さて!」
ひとしきり快哉を叫んだその直後、僕は目つきが鋭い方の黒スーツにずびしと指をつきつけた。先刻まで姿勢よく控えていた男が、動揺したように一歩後ずさる。
「お前たちが何者かは領解している。僕の血肉を簒奪せんとする悪魔だな」
「は? いや」
「みなまで言うな! いいだろう、この肉体ごときいくらでもくれてやる。だが盟約通り相応の代償は頂くぞ!」
「……えーっと」
たじろぐ悪魔の背後に、笑顔の方の悪魔がすっと近寄った。耳元で何事かを囁くと、囁かれた方は一瞬眉を歪める。そのまま二人はぼそぼそと、小声で何らかの相談をし始めた。奴らにとっても想定外の事態だったか。いいだろう、好きにすればいい。例えどんな手を使って来ようとも、渡り合えるだけの知識は持っているはずだ。
「あー、うん」
悪魔の一方が軽く咳払いをして、あからさまな作り笑いを僕に向けた。
「さすがによくご存知ですね、神母坂 透夜さん。そうです、お察しの通り我々は悪魔です。私はユージン。こちらはミゴー」
「ふふん、僕の目をもってすれば造作もないこと。ユージンに、ミゴーか。まずもって僕の脳髄の片隅に、ささやかな居室の造築を許そう」
「はあ……」
目線は彼らに置いたまま、足元の悪いベッドから下りる。改めて正面から対峙すると、僕よりもだいぶ長身な二人に囲まれるこの体勢はかなりの威圧感を受ける。自然と僕が彼らを見上げる形になってしまった。まずい。悪魔との取引において、この位置関係は心理的に不利だ。だが弱みを見せたらそれこそ終わり。なるべく平静を装いながら腕を組む。
「それで? 僕はこれから何をすればいい。今ここで改めて血肉を捧げれば、オマエたちが我が宿願たる呪いを成就させてくれるのか」
「い、いやいや、血肉なんて。いりませんよそんな物騒なもん」
「そうなのか?」
「血肉はいらないですけど、あなたにお願いしたいことならありますよ」
慌てるユージンと僕との間に割り入って、にこにこ顔のミゴーがぱちんと指を鳴らす。するとベッドの隣の空間に、黒い渦のような大きな穴が開いた。
「今からあなたにはこの向こうで、ある人とセックスをしてもらいます」
「セッ……!?」
「相手は……そうですね。たぶんあなたにとっても、心当たりがある人だと思うんですけど」
「……っ!!」
ほとんど反射的に、一人の男の顔が浮かんだ。消そうにも消せない傷そのものであるあの男。奴を思い浮かべてしまったこと自体が不覚の極みだが、恐らくそれも含めて悪魔の策略だろう。力でなく精神的な方面で責めてくるとは全くの予想外だったが、ここで屈するわけにはいかない。
「い、いいだろう。その対価によって僕の呪いが成し遂げられると言うのだな」
「んー、まあ、悪いようにはならないと思いますよ」
「本当だろうな!? 我が血肉を捧げし古の盟約、違えればいかに悪魔と言えどただでは済まないぞ!」
「あはは。大丈夫ですって」
いまいち信用のおけないミゴーの笑みを、僕よりもユージンの方が呆れた目で見ている。まあいい。悪魔に誠実さなど求めない。これは魂のぶつかり合い、言うなれば僕と彼らの喰らいあいだ。より相手を出し抜き、力を示した方が上に立つ。それだけのことだ。
そして更に、僕にとっての敵はもうひとり。今しがた虚像を幻視したあの男、我が因縁の相手たる朝比奈 陽が、恐らくはこの闇の先で立ちはだかっている。
ひとしきり快哉を叫んだその直後、僕は目つきが鋭い方の黒スーツにずびしと指をつきつけた。先刻まで姿勢よく控えていた男が、動揺したように一歩後ずさる。
「お前たちが何者かは領解している。僕の血肉を簒奪せんとする悪魔だな」
「は? いや」
「みなまで言うな! いいだろう、この肉体ごときいくらでもくれてやる。だが盟約通り相応の代償は頂くぞ!」
「……えーっと」
たじろぐ悪魔の背後に、笑顔の方の悪魔がすっと近寄った。耳元で何事かを囁くと、囁かれた方は一瞬眉を歪める。そのまま二人はぼそぼそと、小声で何らかの相談をし始めた。奴らにとっても想定外の事態だったか。いいだろう、好きにすればいい。例えどんな手を使って来ようとも、渡り合えるだけの知識は持っているはずだ。
「あー、うん」
悪魔の一方が軽く咳払いをして、あからさまな作り笑いを僕に向けた。
「さすがによくご存知ですね、神母坂 透夜さん。そうです、お察しの通り我々は悪魔です。私はユージン。こちらはミゴー」
「ふふん、僕の目をもってすれば造作もないこと。ユージンに、ミゴーか。まずもって僕の脳髄の片隅に、ささやかな居室の造築を許そう」
「はあ……」
目線は彼らに置いたまま、足元の悪いベッドから下りる。改めて正面から対峙すると、僕よりもだいぶ長身な二人に囲まれるこの体勢はかなりの威圧感を受ける。自然と僕が彼らを見上げる形になってしまった。まずい。悪魔との取引において、この位置関係は心理的に不利だ。だが弱みを見せたらそれこそ終わり。なるべく平静を装いながら腕を組む。
「それで? 僕はこれから何をすればいい。今ここで改めて血肉を捧げれば、オマエたちが我が宿願たる呪いを成就させてくれるのか」
「い、いやいや、血肉なんて。いりませんよそんな物騒なもん」
「そうなのか?」
「血肉はいらないですけど、あなたにお願いしたいことならありますよ」
慌てるユージンと僕との間に割り入って、にこにこ顔のミゴーがぱちんと指を鳴らす。するとベッドの隣の空間に、黒い渦のような大きな穴が開いた。
「今からあなたにはこの向こうで、ある人とセックスをしてもらいます」
「セッ……!?」
「相手は……そうですね。たぶんあなたにとっても、心当たりがある人だと思うんですけど」
「……っ!!」
ほとんど反射的に、一人の男の顔が浮かんだ。消そうにも消せない傷そのものであるあの男。奴を思い浮かべてしまったこと自体が不覚の極みだが、恐らくそれも含めて悪魔の策略だろう。力でなく精神的な方面で責めてくるとは全くの予想外だったが、ここで屈するわけにはいかない。
「い、いいだろう。その対価によって僕の呪いが成し遂げられると言うのだな」
「んー、まあ、悪いようにはならないと思いますよ」
「本当だろうな!? 我が血肉を捧げし古の盟約、違えればいかに悪魔と言えどただでは済まないぞ!」
「あはは。大丈夫ですって」
いまいち信用のおけないミゴーの笑みを、僕よりもユージンの方が呆れた目で見ている。まあいい。悪魔に誠実さなど求めない。これは魂のぶつかり合い、言うなれば僕と彼らの喰らいあいだ。より相手を出し抜き、力を示した方が上に立つ。それだけのことだ。
そして更に、僕にとっての敵はもうひとり。今しがた虚像を幻視したあの男、我が因縁の相手たる朝比奈 陽が、恐らくはこの闇の先で立ちはだかっている。
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