死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。

1-11・結果報告 その2

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 庁舎共用の給湯室で、コーヒーを二杯淹れて事務所に戻った。片方をミゴーに手渡すと、彼はどうもと受け取って机の端に置く。趣味嗜好も性格も合わない俺たちだが、コーヒーの好みだけは同じなのがありがたい。俺も席に戻って、少し熱めのコーヒーが冷めるのを待った。

「にしても、ユージンさん。今回もまた目ぇ逸らしてましたね」
「う」

 何気なく切り出されたミゴーの言葉は恐らく単なる雑談の糸口で、俺を責める意図がないことは百も承知だ。けれど俺としては自分の至らなさをほじくられてる気分になるわけで。ついつい言い訳の一つもしたくなる。

「べ、別に、直視しとけとまでは言われてないだろ。仕事の一環とは言え正直なところじろじろ見たいもんでもないし、向こうだってできれば見られたくはないだろうし。何も職務を放棄してるつもりはない。こういうことに適性のある奴が一人、きちんと監視してればそれでいい。だろ?」
「まあ、俺としてはそれなりに面白く観察させてもらってるんで、別にいいんですけど。興味とかないんですか」
「無い。俺はノンケだ」
「……へえ?」

 ミゴーの返事には、なんとも言えない微妙な間と微かな疑問符が含まれていた。問い詰めることもできたが、とりあえずは流してコーヒーを啜る。

「そもそも他人と雁首並べて他人のセックス見るって、まずその状況からして異様なんだよ。面白がれるお前の気が知れん」
「ふうん……まあ、いいですけどね」
「なんだよ。なんか言いたいことがあるんなら言えよ」
「いいえぇ? ただ」

 いつもの軽薄なにこにこ顔を、ほんの僅か意味深に歪ませながら、ミゴーは俺に向かって首をかしげた。

「俺とユージンさんは、他人じゃないのになーって」
「がふっ……」

 含みかけていたコーヒーが気管を直撃した。盛大にむせる俺を心配すらせずに、ミゴーは腕と脚を組んでニヤニヤと笑っている。こいつ。この野郎、マジで。
 こいつが何を言いたいか。他の誰に伝わらなくとも、俺だけは理解している。つまり俺にとっては是が非でも忘れたく、しかし現実問題としてどうしようもなく忘れがたい、こいつとバディを組み始めた当初の、たった一度の大いなる過ち。
 とにかくどうにか息を整えて、コーヒーまみれの口元を手の甲で擦る。

「なんでそこでそういう話になるんだ! あとゲスいんだよ、言い方が!」
「えー、だって、大事なとこじゃないですか」
「だ、だいたい、あの夜のことは忘れろって、今まで散々言ってきたはずだろ!」
「いやいや。忘れるかどうかは俺の意志ですから」

 ちらりと左上に動く目線が、思い出の反芻を見せ付けてるみたいだ。釣られて俺の中からも、思い出したくもない光景が引き出される。

 今思えば無駄に雰囲気のありすぎる、夜景の綺麗なバーだった。早々に酔って愚痴を始める俺と、あからさまに適当に流す彼。俺、ほんとにこの仕事やってけんのかな。だって俺ノンケだし男好きになる気持ちもわかんねーし、寄り添える自信もうまくこなせる覚悟もねーよ。吐露した本音と不安に、ミゴーは例のにこにこ顔のままこう答えた──気持ちがわかる方法なら、ないってこともないですけどね。
 その先の記憶が蘇る前に、必死で頭を振って打ち消した。要は、酔っていたのだ。アルコールと予想外の責務に対する狼狽が、弱った脳から深刻なバグとなって表出したのだ。そこにこいつのテキトーな甘言が染み入って、判断を誤った。結果、流された。我ながら何がどうしてそうなったんだ、と突っ込みたくなるような展開だが、本当にあのときの俺は、何かにとり憑かれていたとしか言えないくらいおかしかったのだ。
 同性愛担当官だからと言って、何も自分にまで同性愛経験が必要なわけじゃない。いやむしろ他人の性行為に踏み入るという関係上、職務と自らの嗜好とは距離を置いていた方がベターなくらいだ。そんな当然の事実に俺が思い至ったのは、すべてが終わった翌朝、隣ですやすや眠るミゴーの顔を呆然と眺めながらのことだった。

 咳払いをして息を整える。無論、俺としてもミゴーだけに責任を押し付けるつもりはない。彼だって決して無理強いはしなかった。酔っていたとはいえ大の大人が、自分の判断で彼との同衾を決めたのだ。決して被害者面できるようなもんではない──が、あれがただ一回きりの過ちであったことについては、こいつもよくよく承知のはずだ。
 緩み切ったミゴーの目元を全力で睨みつける。大して動じもしないまま、真っ向笑顔で受け止められるのがまた腹立たしいが。

「……い」
「い?」
「一回セックスしたくらいで勘違いして増長するなら、こっちにもそれなりの考えがあるからな」

 凄むつもりで低めた声に、しかしミゴーは一瞬ののち盛大に吹き出した。

「ぶっははっ、ユージンさん、それすげえ遊び人のセリフですよ。似合わないにも程があるって、あっははははは!」
「うううう」

 何も言い返せないままデスクに突っ伏した。ちくしょう。俺の全身全霊をかけた釘差しを、よくもまあ腹を抱えて笑いやがる。さっきの殊勝な態度をここで見せろよ。いつもこうだ。上背と目つきのせいで怖がられがちな俺に、こうもナメた態度を取るのなんてこいつくらいのもんだ。全然嬉しくないけど。

「くそ。一生の不覚だ。俺には重すぎる十字架だ」
「まあまあ。そもそもそんな重く考えなくていいんですよ、セックスの一回や二回。なんならもう一回くらい俺としてみれば、こんなもんかって思うようになるかも」
「お断りだ!」

 顔を上げてしっしっと手を払う。ミゴーがたまにかけてくるこの手のモーションが、本気なのか冗談なのかすら俺にはわからない。どっちにしろこいつにとっては大した比重もない戯言の一環で、だったら真面目に受け取っても俺だけが損だ。
 PCの画面に視線を逃がすと、いつの間にか新しい通知が来ているのに気づく。上からの指令だ。こんなに間を置かず任務が続くのも珍しいが、仕事とあらば謹んでやらせて頂くより他はない。

「……はあぁ。お前くらい軽く考えられる奴ばっかりだったら、この仕事もちょっとは楽になるのにな」
「あはは」

 盛大なため息と共にぼやく俺に、ミゴーはいつもの嘘くさい笑いを返した。半分はただの軽口だが、半分は本気だ。なんせこの仕事の基となるカケラの持ち主ときたら、どいつもこいつもたかが一回のセックスに人生賭けてるような重い奴ばっかりだ。そんなもんなのかね、人の欲望ってやつは。そのへんも俺にはいまいちよくわからない。
 さて、次の任務はどうなることやら。今はただ俺の頼りにならない相棒が、もうちょっと真面目に仕事してくれることを祈るのみだ。ポットの中の熊童子をもうひと撫でしてから、俺は通達の文面に目を通し始めた。
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