死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。

1-10・結果報告 その1

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欠片源所持者:火口彬
行為遂行対象者:志水光亮
場所・用具・手段共に特段の希望なし 標準様式にて対応
備考:ミゴーの勤務態度に若干の問題あり



 報告書の送信を首尾よく終えて、PCの前で大きく伸びをする。今日の仕事、終わり。いや厳密には就業時間が終わったわけじゃないが、どうせ他にはサボり魔のミゴーしかいないんだ。俺ばっかり真面目にやってられるか。決意の証としてネクタイを緩め、椅子の背もたれに身を預ける。支給品の安い事務椅子は音を立てて軋み、気だるい午後の怠惰を受け止めてくれた。
 天使庁欲望担当課、男性同性愛担当局事務所。古い庁舎の一室に、事務机と椅子とラックが詰め込まれただけの小さなオフィス。それが俺たちの拠点だ。用具や備品に若干の特異性こそあれど、少なくとも外観的には下界の小規模なそれと大差ない。効率と予算を考慮すれば、最適解は自ずと似通ってくるものだ、とは上の弁だが、端的に世知辛え。天使が予算とか言うな。しかしそれを突っ込んでみたところで、天国のオフィスが上から降ってくるわけもない。
 ともかく狭苦しくついでに男二人のむさ苦しいこの部屋で、俺を癒してくれるものと言えば机上を彩る多肉植物たちだけだ。中でも最近のお気に入りは、コチドレン属の熊童子。多肉特有の丸っこい葉に、もふっとした産毛と小さな爪が生えた姿は、異名通りの子熊の手みたいで実に愛らしい。もう少ししたらきっと花も咲くだろう。今から楽しみで仕方ない。
 ビロードのように滑らかな手触りの葉を、目を細めながらぷにぷにといじくりまわす俺に、隣のデスクのミゴーがあからさまに嫌な顔をした。

「葉、落とさないでくださいよ」
「あ、う、うん」
「今度増やしても引き取らないですよ。俺の机もう空きないですからね」
「わ、わかってるよ。っていうか葉挿しは発芽率が低いから、育てたとしてもそんなに」

 言い訳にならない言い訳は、もの言いたげなジト目に押されて消えていく。なんだよ、そこまで嫌そうにすることないだろ。以前にちょっとだけ増やしすぎた多肉を、たった四鉢ばかり押し付けたからって。……五鉢だったかもしれない。六鉢は……なかったはずだ、たぶん。
 目を逸らす俺にわざとらしくため息をついてみせてから、ミゴーは自分のPCに向き直る。机の端ギリギリの縁付近には、ココットに入った寄せ植えが三つ。それでも律儀に飾ってくれてるあたり、なんだかんだいい奴ではあるんだよな。文句言いつつも世話はちゃんとしてくれてるみたいだし。横目でちらちら生育状態を確かめていると、不意にミゴーの顔が上がる。

「あ、そうだ。カケラの確認忘れてました」
「えぇ、またかよ。戻る前にやっとけっつったろ」
「すいません。今気づいたからセーフ、ってことにはなりませんかね」
「あのなあ、ミゴー」

 椅子をくるりと回転させて、ミゴーにまっすぐ向き直る。俺は別に彼の上司でもなんでもないけれど、さすがに今日ばかりはビシッと言っとかなきゃだめだ。普段からテキトーな奴ではあるが、今回のそれは度を超えている。

「お前今回まともな仕事してないぞ。いつも以上にふらふらしてるし、対象者への説明は忘れて記憶消すのも忘れて、何しに下界まで行ったんだよ」
「すみません。いや、久しぶりだったもんで、つい」
「そうだけど、限度ってもんがあるだろ。マジでちゃんとしろ?」
「申し訳ないです」

 ミゴーは珍しく殊勝な態度で、俺に向かってしゅんと頭を下げた。いつもヘラヘラしてるこいつの凹みぶりに、ほんのちょっとだけ胸が痛む。いや、雰囲気に流されるな、俺。言うべきことを言ってるだけのはずだ。

「……まあ、記憶の件に関してだけは、結果的にいい方に転んだとは思うけど」

 とは言え罪悪感に耐え切れず、ついつい余計なフォローを付け加えてしまう俺だ。甘いなあ。いや、別にこいつを庇うための嘘ってわけじゃないんだけど。源所持者の希望にはできる限り沿うのが原則とは言え、対象者の中に残ったあの記憶は、やっぱり消すべきものではなかったと思うし。
 俺の内なる自省をよそに、ミゴーはぱっと表情を輝かせる。

「ユージンさんって、ほんといい人ですよね」
「う、うるさいな。それより早くカケラの確認しろよ」
「はい」

 さっきの反省をちゃんと覚えているのかいないのか、ミゴーはいつも以上のにこにこ顔のまま、胸ポケットから小さな黒いケースを取り出した。片手でぱちんと留め金を開けると、中にはキラキラ輝く小さなカケラが一つ。下界に降りる前はどす黒く濁っていたそのカケラは、今は水晶みたいに透き通って、清廉な川の流れみたいに光っている。

「はい、おっけーです。これで完全に任務完了、っと」
「うん、お疲れ。まあ、今回は悪くなかったんじゃないか、色々と」
「ですね。けっこうコスパもよかったですしね」
「コスパ……とか、そういう話じゃないんだが……」

 死者の未練を解消するという仕事の性質上、与えられる任務はすべてが気分のいいものとは限らない。誰かが不幸になったり、悲しむ結末を迎えざるを得ないことだってある。もちろんそれも大きな流れで見れば神様の思し召しってやつで、しがない一天使の俺が異を唱えられる類の話ではないのだが、それでも後味の悪い仕事の後にはどうしても、自分の中にモヤモヤが残ってしまうのが人情ってものだ。その点今回は担当していて気分の悪い仕事ではなかったと、俺としてはそういうことを言いたかったのだが、どうもミゴーには伝わらなかったようだ。

「まあ、あれですよ。良いセックスは良い人生の褒章たるべし、ってやつです」
「センスねえ格言だな。誰の言葉だ」
「ミゴーさんって人らしいですよ。いいこと言いますね」
「へえ。きっと大物になるな、そいつ」

 中身のない軽口を交わしながら席を立つ。こいつの作るよくわからない格言には、含蓄というものがまるで含まれていた試しがないが、説教臭くないのだけは唯一の美点だ。
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