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第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。
1-9・それから
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校舎の間を抜けるようにして、強く風が吹いた。乱れる髪を片手で押さえる。桜の花びらが一枚、視界の端でひらりと舞った。まだ花の残ってる木があるのか。軽くあたりを見回したけど、遅咲きの残り香は見つけられなくて、ちょっと残念に思いながらグラウンドへと向かう。
学校のグラウンドを眺めるなんて、卒業以来の久しぶりだ。少し前までは毎日のように走り回ってたし、なんなら授業中だって窓からずっと眺めてたくらいなのに。今考えても不真面目な生徒だったな、俺。ギリギリで大学受かったのが奇跡だよ。
ほんとは中に入りたかったけど、休日だし門も閉まってるし、結局外から見つめるだけにしておいた。不審者っぽいかな、って気にならないこともなかったけど、人もいないし先生たちもまだ覚えてくれてるだろうし、万一咎められてもまあいいや、ってことで。
誰もいないグラウンドは静かで寂しい。ここで賑やかに過ごしてた日々、特に中心にいた小さい奴を思い出すと尚更だ。俺たちが学校を卒業した今になってもまだ、あいつはひとりこの校庭に残って、延々とボールを追っかけ続けてるんだろう。
彬がいなくなってから、もう一年が経つ。
「ちょっとちょっと、そこで何やって……あれ?」
案の定声をかけてきた用務員さんに、帽子を取ってぺこりと会釈した。部活終わりにもたまにお世話になってた人だ。向こうも俺のことを覚えていてくれたらしく、肩を叩こうとしていた手がそのまま下ろされる。
「なんだ、光亮くんか」
「すいません。ちょっと色々浸りたくて、来ちゃいました」
「お、なんだなんだ。卒業したばっかりだって言うのに、もうホームシック?」
「それもあるけど、なんつーか……墓参りの代わり、って言うか」
「ああ……そうか」
用務員さんはちょっとうつむいて、それから遠くを見るように目を細めた。彬は人懐っこい奴だったから、この人ともよく話をしていた。確か入院前にも一度挨拶してたはずだ。彬がただいまと笑ってここに帰ってくることは、結局なかったけれど。
「そうか、そうだなあ。彬くんならお墓でじっとしてるより、こっちでサッカーやってるに決まってるもんなあ」
「ですよね。怪談になってたら後輩に教えてあげてくださいよ。別に悪い奴じゃないんで、一緒にボールでも蹴ってやってくれって」
「ははは。不甲斐ないプレーしたら祟られるんじゃないの。例のあのむくれ顔でさ」
「そんときは俺呼んでください。なんとかするんで」
顔を見合わせて笑いながら、用務員さんの言う『あの顔』について思い出す。例のむくれ顔で通じるくらい、彬がいつもやっていた表情だ。怒ったとき、悲しいとき、自分の言いたいことを言えないとき。いつもはくるくる変わる表情をなんとか自分の中に押し込めるみたいに、半泣きでむくれた彬の顔。
なあ彬、わかってるか。俺がお前としようって決めた理由。
あのときのお前の、いつものあの顔を見た瞬間。ああ、俺が応えてやんなきゃ、って思ったんだよ。
内緒だぞ、との念押しを経て、用務員さんは俺をグラウンドに通してくれた。たった数ヶ月ぶりなのにずいぶん懐かしい景色だ。使い古されたサッカーボールが一個だけ、片隅にひっそりと忘れられている。
「彬」
独り言で語りかけながらボールを蹴った。グラウンドの中ほどまで転がしてから、ゴールに向かってミドルシュート。止めるもののいないボールは、軽い音を立ててネットに突き刺さる。
息を吐いて空を見上げた。青空に彬の笑顔が浮かぶ、なんて映画みたいなことは、現実には起こらない。それでも俺の胸の中には、いつでも彬の表情全部が刻まれている。それこそあのときの、俺の腕の中で幸せそうに笑っていた顔も。
ふ、と頬が緩んだ。たぶん今も聞いてるだろう彬に一言、何かを伝えてやりたくなった。でもこんなときに気の効いた言い回しなんて、俺にはちょっとハードルが高い。そのまましばらく迷った挙句。
「えっとさ……ありがとな。俺、お前とやれてよかったよ。その……いろいろ」
結局、出てきてしまったのは、我ながらなんとも含みのある言い方だった。まあ、いいや。正直そのへんのことも込みでの話だ。長くて短くて濃密だった、彬と過ごした十七年の全部。
心地よい風がグラウンドを抜けていく。本物だか幻だかわからない桜が、木々のざわめきと共に空を舞う。
──やれてよかったってなんだよ、バカ。
半泣きで笑う彬の声が、風に乗ってかすかに届いた気がした。
学校のグラウンドを眺めるなんて、卒業以来の久しぶりだ。少し前までは毎日のように走り回ってたし、なんなら授業中だって窓からずっと眺めてたくらいなのに。今考えても不真面目な生徒だったな、俺。ギリギリで大学受かったのが奇跡だよ。
ほんとは中に入りたかったけど、休日だし門も閉まってるし、結局外から見つめるだけにしておいた。不審者っぽいかな、って気にならないこともなかったけど、人もいないし先生たちもまだ覚えてくれてるだろうし、万一咎められてもまあいいや、ってことで。
誰もいないグラウンドは静かで寂しい。ここで賑やかに過ごしてた日々、特に中心にいた小さい奴を思い出すと尚更だ。俺たちが学校を卒業した今になってもまだ、あいつはひとりこの校庭に残って、延々とボールを追っかけ続けてるんだろう。
彬がいなくなってから、もう一年が経つ。
「ちょっとちょっと、そこで何やって……あれ?」
案の定声をかけてきた用務員さんに、帽子を取ってぺこりと会釈した。部活終わりにもたまにお世話になってた人だ。向こうも俺のことを覚えていてくれたらしく、肩を叩こうとしていた手がそのまま下ろされる。
「なんだ、光亮くんか」
「すいません。ちょっと色々浸りたくて、来ちゃいました」
「お、なんだなんだ。卒業したばっかりだって言うのに、もうホームシック?」
「それもあるけど、なんつーか……墓参りの代わり、って言うか」
「ああ……そうか」
用務員さんはちょっとうつむいて、それから遠くを見るように目を細めた。彬は人懐っこい奴だったから、この人ともよく話をしていた。確か入院前にも一度挨拶してたはずだ。彬がただいまと笑ってここに帰ってくることは、結局なかったけれど。
「そうか、そうだなあ。彬くんならお墓でじっとしてるより、こっちでサッカーやってるに決まってるもんなあ」
「ですよね。怪談になってたら後輩に教えてあげてくださいよ。別に悪い奴じゃないんで、一緒にボールでも蹴ってやってくれって」
「ははは。不甲斐ないプレーしたら祟られるんじゃないの。例のあのむくれ顔でさ」
「そんときは俺呼んでください。なんとかするんで」
顔を見合わせて笑いながら、用務員さんの言う『あの顔』について思い出す。例のむくれ顔で通じるくらい、彬がいつもやっていた表情だ。怒ったとき、悲しいとき、自分の言いたいことを言えないとき。いつもはくるくる変わる表情をなんとか自分の中に押し込めるみたいに、半泣きでむくれた彬の顔。
なあ彬、わかってるか。俺がお前としようって決めた理由。
あのときのお前の、いつものあの顔を見た瞬間。ああ、俺が応えてやんなきゃ、って思ったんだよ。
内緒だぞ、との念押しを経て、用務員さんは俺をグラウンドに通してくれた。たった数ヶ月ぶりなのにずいぶん懐かしい景色だ。使い古されたサッカーボールが一個だけ、片隅にひっそりと忘れられている。
「彬」
独り言で語りかけながらボールを蹴った。グラウンドの中ほどまで転がしてから、ゴールに向かってミドルシュート。止めるもののいないボールは、軽い音を立ててネットに突き刺さる。
息を吐いて空を見上げた。青空に彬の笑顔が浮かぶ、なんて映画みたいなことは、現実には起こらない。それでも俺の胸の中には、いつでも彬の表情全部が刻まれている。それこそあのときの、俺の腕の中で幸せそうに笑っていた顔も。
ふ、と頬が緩んだ。たぶん今も聞いてるだろう彬に一言、何かを伝えてやりたくなった。でもこんなときに気の効いた言い回しなんて、俺にはちょっとハードルが高い。そのまましばらく迷った挙句。
「えっとさ……ありがとな。俺、お前とやれてよかったよ。その……いろいろ」
結局、出てきてしまったのは、我ながらなんとも含みのある言い方だった。まあ、いいや。正直そのへんのことも込みでの話だ。長くて短くて濃密だった、彬と過ごした十七年の全部。
心地よい風がグラウンドを抜けていく。本物だか幻だかわからない桜が、木々のざわめきと共に空を舞う。
──やれてよかったってなんだよ、バカ。
半泣きで笑う彬の声が、風に乗ってかすかに届いた気がした。
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