死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。

1-5・キスとか、した方がいいの

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「っつったって、お前……」

 心底困り果てたみたいな光亮の声に、おれはぎゅっと目をつぶった。だよな。当然だよな、その反応。即座にキモいと罵られなかっただけ、まだよかったと思うべきだ。
 違うんだ。あいつらが言うには、おれと光亮がセックスしないと、なんかわかんないけど地球が大変らしくて。この期に及んで卑怯な言い訳を並べるより前に、光亮がふーっと深くため息をついた。全身が凍りつく。やっぱり、やめておけばよかった。あいつらに対する恨み言より先に、ただただ自分が恥ずかしい。
 けど。

「……わかった。いいよ」
「え!?」
「彬がそうしたいんだったら、俺はいいよ。やろうぜ」

 そう言って光亮は、にかりと影のない笑みを浮かべた。その表情はたとえばおれが、部活帰りにラーメン屋に誘ったときとまるっきり同じような、おれのよく知る、いつもの光亮だった。
 希望通りの展開のはずなのに、なぜだか胸がちくりと痛んだ。光亮はなにも聞かないまま、おれのとんでもない頼みを当たり前のように受け入れてくれた。それってもしかして、おれがかわいそうだからか。もうすぐ死ぬ親友の最期の頼みを、せめて体を張って受け止めてやらなきゃいけないって義務感。単純にそれが働いただけの話なんだろうか。
 モヤモヤを振り払うように頭を振る。何言ってんだ、それならそれでチャンスじゃん。だいたいあのうさんくさい自称天使に頼ろうとしてた奴が、今さら何をいい子ぶってんだ。光亮とやれる。光亮がおれと、えっちしてもいいって言ってくれてる。それってまさに一生で一度の、最初で最期の大ラッキーだ。
 よし、と気合いを入れて顔を上げた。瞬間、目に飛び込んできたのは、早くも上半身裸になろうとしている光亮の姿。

「あぁ!? ちょっ、何やってんだ!!」
「え? だって、エッチすんだろ。脱がなきゃ始まんねーじゃん」
「そ、そうだけど、そうかもしんないけどさぁ!!」

 光亮はきょとんとした顔のまま、制服のカッターシャツをベッドの上に脱ぎ捨てる。ああ、もう、そうだ、こういう奴だった。ムードとかデリカシーとかそんな言葉、こいつの中には存在すらしていない。なんだかうじうじしてたおれがバカみたいだ。

「ほら、彬も」
「わぁっ! いい、いい、自分でやるから!」
「そうかぁ? 別に、遠慮しなくていいけど」
「遠慮じゃねえって! ちょ、こっち見んなし!」

 入院着を掴もうとする光亮を振り払って、慌てて後ろを向いた。ったく。そういや部活や体育の着替えのときも、こいつは恥ずかしげもなくパンツ一丁になれる奴だったっけ。おれは羞恥心を捨てられないタイプだったけど、後ろで脱いでる光亮のことは気になって仕方がなくて、そんな自分がめちゃくちゃ嫌だった。必死で見ないふりをした記憶を懐かしく思い出しながら、前を閉じる紐をするりとほどく。
 一拍間を置いてから、おずおずと光亮に向き直った。相変わらず遠慮なしの光亮の目が、露わになったおれの胸を舐め回す。う、これは。正直、かなり、恥ずい。

「やっぱ痩せたな、彬」
「そう? まあ、しょーがねーよ、病気なんだし」
「うん……そうだな」

 突き刺さる光亮の視線が、同情なのか単なる興味なのかは、ずっと目を逸らしていたせいでわからない。けどおれにかけられる光亮の声は、いつもと変わらず優しい。

「彬」
「な、なに」
「やっぱり最初はその……キスとか、した方がいいの」
「キッ……」

 反射的に、そんなんいい、と言いそうになった。でもきっとここはかっこつけるとこじゃない。ていうか、そこだけ我慢したって何の意味もない。
 覚悟を決めて見上げた光亮は、やっぱりいつもと変わらない、おれの好きな優しい顔をしていて。心底ほっとした。ほっとしたと同時に、返事は自然に滑り落ちていた。

「……うん。して」
「ん」

 光亮の指が俺の顎を持ち上げる。おれの全身がそうであるのと同じように、光亮の手もちょっとだけ、震えている。おれにも秘密の何かを隠してない限り、たぶんこいつにとってもファーストキスだ。そのことを嬉しく思ってしまうと同時に、そんな自分に腹が立った。
 初めてのキスはレモンでもイチゴでもなく、フツーに部活で流す汗と同じ味がした。
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