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第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。
1-4・頼みがあって
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病室に空いた黒い穴から、長い廊下を通ってユージンに案内されたのは、どこまでも真っ白で、どこまでもだだっ広い部屋だった。見渡す限り白い空間が広がっていて、入ってきたはずの扉すら見えない。そして目の前には巨大なベッドが一つ。シチュエーションのお好みがあればなんなりと、とは言われていたけど、ここに来るまでずっと頭の中まで真っ白で、思い浮かぶことなんてひとつもなかった。そのせいでこんなことになってしまったのかもしれない。
「必要と思われる道具はベッドサイドのチェストに備えてあります。ただあまり特殊な器具は準備がないので、ご要望とあらば我々にオーダーしていただく形になりますが」
「はは……至れり尽くせりじゃん」
乾いた笑いを浮かべると、ユージンも心なしか力なく笑った。ミゴーの方はともかく、この人にセックス関係の仕事ってのはどうにもミスマッチだ。そう言えば課とか任務とか、役所かよって感じのことも言ってたっけ。天使と言えども上の割り振りには逆らえない、みたいなことなんだろうか。そうだとしたらなかなか夢のない話だ。
それにしてもこの部屋に入った瞬間から、なんだか妙に体が軽い気がする。こいつらの力でどうにかしてくれてるんだろうか。まあ本来今のおれの体力じゃ、セックスどころかオナニーですら夢のまた夢だ。理由はともかくありがたいっちゃありがたい。
とりあえずまずは必要な道具とやらを物色してみる。チェストの引き出しの中には何やら怪しい物体がいっぱいに詰まっていた。本物を見るのは初めてのコンドーム、友達の兄貴が隠し持ってたローション、この二つはわかる。でもこの注射器みたいなやつとか、見た目ハンドグリップっぽい何かとかはなんだろう。ユージンの言い方からすると、別に特殊な器具ってわけじゃないみたいだけど。こんなん使うの、おれ? なんのために? どうやって?
エロい気持ちより純粋な興味で引き出しをかきまわしていると、不意に後ろから足音が聞こえた。
「……彬?」
「わぁっ!?」
飛び上がりながら引き出しを閉めた。振り向けばいつの間にかユージンの姿は消えている。代わりにベッドを挟んだ向こう側に、困惑顔の光亮がぽつんと立っていた。
「何やってんの、お前。うろついてて大丈夫なのか」
「へぇ? あ、うん、別にそれは」
片手に掴んだままのコンドームを、見えないように後ろ手に隠す。光亮がおれのそばまで歩いてきて、足を広げてベッドに座った。一瞬だけ、心臓が高鳴る。おれと光亮がふたりで寝転がったとしても、まだまだ余る大きなベッド。これからここでおれたちは、一回きりの……それを、するのか。
「彬もあの、なんか、天使っぽい奴に呼ばれたんだろ」
「あ、ああ……まあ」
「だよな。参ったよ、いきなり窓から入ってきたかと思ったら、彬が呼んでるから来い、の一点張りでさ。俺バイト中だったのに」
「え? あ……」
くしゃくしゃと頭を掻いた光亮の様子に、何か微妙な違和感があった。嫌な予感が頭をよぎる。もしかして、これ。
「あの……光亮。もしかして、なんも聞いてない?」
「ん? なんも? って言うか、ここに来い、以外の話は聞いてないけど」
「ええ……」
思わず額を押さえて俯いた。なんだよ、あの軽薄天使。我々に任せろみたいな大口叩いておいて、ただ連れてきただけってどういうことだよマジで。確かに説得してくれとは伝えなかったけどさ。これじゃ普通に頼み込むのと何も変わんないじゃないか、ちくしょう。
ああ、もういい。どっちにしろ記憶は消してもらえるんだ、恥ずかしさも気まずさも全部リセットできる。だったら自分でやったって同じことだ。って思うしかないだろ、今は。
光亮の隣に、おずおずと腰を下ろした。腕と腕が触れ合うくらいの近い距離。いつだっておれたちはこのくらいの距離にいたけど、そのたびにおれがいちいちドキドキしてたことを、きっとこいつは知らない。
横目でちらりと顔を見上げた。昔と比べて、ずいぶん男っぽい顔つきになったと思う。身長だってずっとおれの方が高かったのに、ここ三年くらいであっという間に追い越されてしまった。
大きく息を吸って、吐く。それからなるべく普段通りの声で切り出した。
「光亮。おれ、頼みがあって」
「ん? 頼み?」
「うん。その……おれと、セ……っちして欲しいんだけど」
「設置?」
「違う。その、……ッ、クス」
「エックス? って、なんだよ」
「違う! ああもう、わかれよ!」
握っていたコンドームを勢いでぶん投げた。鈍い奴だとわかってはいたけど、こんな場面でそれはないだろ。光亮は胸元に当たった銀のパッケージを拾い上げ、首をかしげながらまじまじと眺めて──固まった。
視線が振り子のように、手の中の物体とおれとを何度も行き来する。沈黙。そして、少しの時間が経ったあと。
「えーと、つまり……彬は、俺と、エッチしたいってこと?」
「……っ!」
ドストレートに放たれたその言葉に、自分の顔が一瞬で茹で上がるのがわかった。
「必要と思われる道具はベッドサイドのチェストに備えてあります。ただあまり特殊な器具は準備がないので、ご要望とあらば我々にオーダーしていただく形になりますが」
「はは……至れり尽くせりじゃん」
乾いた笑いを浮かべると、ユージンも心なしか力なく笑った。ミゴーの方はともかく、この人にセックス関係の仕事ってのはどうにもミスマッチだ。そう言えば課とか任務とか、役所かよって感じのことも言ってたっけ。天使と言えども上の割り振りには逆らえない、みたいなことなんだろうか。そうだとしたらなかなか夢のない話だ。
それにしてもこの部屋に入った瞬間から、なんだか妙に体が軽い気がする。こいつらの力でどうにかしてくれてるんだろうか。まあ本来今のおれの体力じゃ、セックスどころかオナニーですら夢のまた夢だ。理由はともかくありがたいっちゃありがたい。
とりあえずまずは必要な道具とやらを物色してみる。チェストの引き出しの中には何やら怪しい物体がいっぱいに詰まっていた。本物を見るのは初めてのコンドーム、友達の兄貴が隠し持ってたローション、この二つはわかる。でもこの注射器みたいなやつとか、見た目ハンドグリップっぽい何かとかはなんだろう。ユージンの言い方からすると、別に特殊な器具ってわけじゃないみたいだけど。こんなん使うの、おれ? なんのために? どうやって?
エロい気持ちより純粋な興味で引き出しをかきまわしていると、不意に後ろから足音が聞こえた。
「……彬?」
「わぁっ!?」
飛び上がりながら引き出しを閉めた。振り向けばいつの間にかユージンの姿は消えている。代わりにベッドを挟んだ向こう側に、困惑顔の光亮がぽつんと立っていた。
「何やってんの、お前。うろついてて大丈夫なのか」
「へぇ? あ、うん、別にそれは」
片手に掴んだままのコンドームを、見えないように後ろ手に隠す。光亮がおれのそばまで歩いてきて、足を広げてベッドに座った。一瞬だけ、心臓が高鳴る。おれと光亮がふたりで寝転がったとしても、まだまだ余る大きなベッド。これからここでおれたちは、一回きりの……それを、するのか。
「彬もあの、なんか、天使っぽい奴に呼ばれたんだろ」
「あ、ああ……まあ」
「だよな。参ったよ、いきなり窓から入ってきたかと思ったら、彬が呼んでるから来い、の一点張りでさ。俺バイト中だったのに」
「え? あ……」
くしゃくしゃと頭を掻いた光亮の様子に、何か微妙な違和感があった。嫌な予感が頭をよぎる。もしかして、これ。
「あの……光亮。もしかして、なんも聞いてない?」
「ん? なんも? って言うか、ここに来い、以外の話は聞いてないけど」
「ええ……」
思わず額を押さえて俯いた。なんだよ、あの軽薄天使。我々に任せろみたいな大口叩いておいて、ただ連れてきただけってどういうことだよマジで。確かに説得してくれとは伝えなかったけどさ。これじゃ普通に頼み込むのと何も変わんないじゃないか、ちくしょう。
ああ、もういい。どっちにしろ記憶は消してもらえるんだ、恥ずかしさも気まずさも全部リセットできる。だったら自分でやったって同じことだ。って思うしかないだろ、今は。
光亮の隣に、おずおずと腰を下ろした。腕と腕が触れ合うくらいの近い距離。いつだっておれたちはこのくらいの距離にいたけど、そのたびにおれがいちいちドキドキしてたことを、きっとこいつは知らない。
横目でちらりと顔を見上げた。昔と比べて、ずいぶん男っぽい顔つきになったと思う。身長だってずっとおれの方が高かったのに、ここ三年くらいであっという間に追い越されてしまった。
大きく息を吸って、吐く。それからなるべく普段通りの声で切り出した。
「光亮。おれ、頼みがあって」
「ん? 頼み?」
「うん。その……おれと、セ……っちして欲しいんだけど」
「設置?」
「違う。その、……ッ、クス」
「エックス? って、なんだよ」
「違う! ああもう、わかれよ!」
握っていたコンドームを勢いでぶん投げた。鈍い奴だとわかってはいたけど、こんな場面でそれはないだろ。光亮は胸元に当たった銀のパッケージを拾い上げ、首をかしげながらまじまじと眺めて──固まった。
視線が振り子のように、手の中の物体とおれとを何度も行き来する。沈黙。そして、少しの時間が経ったあと。
「えーと、つまり……彬は、俺と、エッチしたいってこと?」
「……っ!」
ドストレートに放たれたその言葉に、自分の顔が一瞬で茹で上がるのがわかった。
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