死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
上 下
6 / 115
第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。

1-4・頼みがあって

しおりを挟む
 病室に空いた黒い穴から、長い廊下を通ってユージンに案内されたのは、どこまでも真っ白で、どこまでもだだっ広い部屋だった。見渡す限り白い空間が広がっていて、入ってきたはずの扉すら見えない。そして目の前には巨大なベッドが一つ。シチュエーションのお好みがあればなんなりと、とは言われていたけど、ここに来るまでずっと頭の中まで真っ白で、思い浮かぶことなんてひとつもなかった。そのせいでこんなことになってしまったのかもしれない。

「必要と思われる道具はベッドサイドのチェストに備えてあります。ただあまり特殊な器具は準備がないので、ご要望とあらば我々にオーダーしていただく形になりますが」
「はは……至れり尽くせりじゃん」

 乾いた笑いを浮かべると、ユージンも心なしか力なく笑った。ミゴーの方はともかく、この人にセックス関係の仕事ってのはどうにもミスマッチだ。そう言えば課とか任務とか、役所かよって感じのことも言ってたっけ。天使と言えども上の割り振りには逆らえない、みたいなことなんだろうか。そうだとしたらなかなか夢のない話だ。
 それにしてもこの部屋に入った瞬間から、なんだか妙に体が軽い気がする。こいつらの力でどうにかしてくれてるんだろうか。まあ本来今のおれの体力じゃ、セックスどころかオナニーですら夢のまた夢だ。理由はともかくありがたいっちゃありがたい。
 とりあえずまずは必要な道具とやらを物色してみる。チェストの引き出しの中には何やら怪しい物体がいっぱいに詰まっていた。本物を見るのは初めてのコンドーム、友達の兄貴が隠し持ってたローション、この二つはわかる。でもこの注射器みたいなやつとか、見た目ハンドグリップっぽい何かとかはなんだろう。ユージンの言い方からすると、別に特殊な器具ってわけじゃないみたいだけど。こんなん使うの、おれ? なんのために? どうやって?
 エロい気持ちより純粋な興味で引き出しをかきまわしていると、不意に後ろから足音が聞こえた。

「……彬?」
「わぁっ!?」

 飛び上がりながら引き出しを閉めた。振り向けばいつの間にかユージンの姿は消えている。代わりにベッドを挟んだ向こう側に、困惑顔の光亮がぽつんと立っていた。

「何やってんの、お前。うろついてて大丈夫なのか」
「へぇ? あ、うん、別にそれは」

 片手に掴んだままのコンドームを、見えないように後ろ手に隠す。光亮がおれのそばまで歩いてきて、足を広げてベッドに座った。一瞬だけ、心臓が高鳴る。おれと光亮がふたりで寝転がったとしても、まだまだ余る大きなベッド。これからここでおれたちは、一回きりの……それを、するのか。

「彬もあの、なんか、天使っぽい奴に呼ばれたんだろ」
「あ、ああ……まあ」
「だよな。参ったよ、いきなり窓から入ってきたかと思ったら、彬が呼んでるから来い、の一点張りでさ。俺バイト中だったのに」
「え? あ……」

 くしゃくしゃと頭を掻いた光亮の様子に、何か微妙な違和感があった。嫌な予感が頭をよぎる。もしかして、これ。

「あの……光亮。もしかして、なんも聞いてない?」
「ん? なんも? って言うか、ここに来い、以外の話は聞いてないけど」
「ええ……」

 思わず額を押さえて俯いた。なんだよ、あの軽薄天使。我々に任せろみたいな大口叩いておいて、ただ連れてきただけってどういうことだよマジで。確かに説得してくれとは伝えなかったけどさ。これじゃ普通に頼み込むのと何も変わんないじゃないか、ちくしょう。
 ああ、もういい。どっちにしろ記憶は消してもらえるんだ、恥ずかしさも気まずさも全部リセットできる。だったら自分でやったって同じことだ。って思うしかないだろ、今は。
 光亮の隣に、おずおずと腰を下ろした。腕と腕が触れ合うくらいの近い距離。いつだっておれたちはこのくらいの距離にいたけど、そのたびにおれがいちいちドキドキしてたことを、きっとこいつは知らない。
 横目でちらりと顔を見上げた。昔と比べて、ずいぶん男っぽい顔つきになったと思う。身長だってずっとおれの方が高かったのに、ここ三年くらいであっという間に追い越されてしまった。
 大きく息を吸って、吐く。それからなるべく普段通りの声で切り出した。

「光亮。おれ、頼みがあって」
「ん? 頼み?」
「うん。その……おれと、セ……っちして欲しいんだけど」
「設置?」
「違う。その、……ッ、クス」
「エックス? って、なんだよ」
「違う! ああもう、わかれよ!」

 握っていたコンドームを勢いでぶん投げた。鈍い奴だとわかってはいたけど、こんな場面でそれはないだろ。光亮は胸元に当たった銀のパッケージを拾い上げ、首をかしげながらまじまじと眺めて──固まった。
 視線が振り子のように、手の中の物体とおれとを何度も行き来する。沈黙。そして、少しの時間が経ったあと。

「えーと、つまり……彬は、俺と、エッチしたいってこと?」
「……っ!」

 ドストレートに放たれたその言葉に、自分の顔が一瞬で茹で上がるのがわかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...