死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

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第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。

1-1・いつもの病室

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 窓の外には、桜の木。

 っつっても花が咲いてるとこは一度も見たことない。おれが入院した日から今日までずっと葉桜だから、言われなきゃそれが桜だなんてわかんなかった。まあ葉っぱオンリーでも桜は桜、それなりに立派でそれなりに綺麗だ。それはいいんだけどにしてもさすがに、三か月くらいずっとおんなじもん見続けてるから、飽きた。
 でも今のおれに許された暇つぶしなんて、ベッドに寝転がったまま景色を眺めることぐらいだ。病気になって初めて知ったけど、スマホもテレビも集中して見るとけっこう体力を使う。見てる間はいいんだけど、その後三時間くらい疲れて起きれなくなる。いくらなんでも体力落ちすぎだろ、おれ。半年前まで元気にグラウンドを走り回ってたのが嘘みたいだ。
 ああ、走りたいな。試合に出たいなんて贅沢言わない。ただせめてボールが蹴りたい。暗いことも未来のこともなんも考えずに、ゴールだけに向かって体を動かすあの感じが欲しい。
 ため息をついて寝返りを打った。窓を背にして目に入るのは、今は空いている三つのベッドと、木がいっぱい使われたアイボリー調の病室。おれよりもおれのことを知っているモニターが、景気の悪いギザギザ模様を休まず画面に送り出している。
 おれの病気が発覚して、部活にも参加できなくなってからもう半年。空いたレギュラーの座を埋めることになった後輩は、おれの見舞いに来るたびにいちいち申し訳なさそうな顔をする。そのたびにおれは、首洗って待ってろ、復帰したらすぐポジション取り返してやるからな、って笑うけど。
 本当は、薄々わかってる。
 おれがサッカー部に戻れる日は、きっともう来ない。



 こんこん、と、病室にノックの音が響いた。看護師さんたちよりちょっとだけ力強くて、ちょっとだけ荒っぽいいつものノック。合わせて心電図のギザギザがちょっとだけ揺れ動く。なるべく見ないふりをしながらおれは、ベッドの中でドアが開くのをじっと待つ。
 スライドドアをそろそろと開けて現れたそいつは、誰もいないのを確かめるように病室内を見回した。それからひょいと片手を上げて、あきら、とおれの名前を呼ぶ。志水しみず光亮こうすけ。おれの幼なじみだ。制服姿の彼は勝手知ったる病室を横切って、いつもみたいにおれのベッドの隣、見舞い客用の丸椅子に腰を下ろした。

「ごめん、今日バイト早出になった。あんま長くいらんないわ」
「いいよ、別に。来てくれるだけでありがたいって」
「ごめんな」

 謝りながら床に直接カバンを放り出す。こういうとこほんと雑だよな、こいつ。病室に他の人がいるときだって、仕切りのカーテン閉めずに喋るし。もっともおれも逆の立場なら、たぶん似たようなことをやらかしてただろう。ろくにベッドから出られない日々が続くと、他人の行動がやたら目につくようになるもんだ。
 呆れるおれの視線を気にすることなく、光亮は一方的に喋り始める。おれの方もどうにか体を起こして、上半身をベッドの頭んとこに預けた。

「今日さぁ、山本が部活でケガしてさ」
「え、マジか。大丈夫なん」
「や、それは全然。ケガっても鼻血だし」
「なんだ。心配して損した」
「それがさぁあいつ馬鹿でさ、顔面シュートバーン食らってんのに鼻血出てんの気づいてねーの。ボールに血ぃついてんの見て『誰だ!』って、おめーしかいねーだろって」
「っははっ、馬鹿だ、馬鹿じゃんあいつ」
「な」

 おれの笑いに合わせて肩を揺らしながら、光亮はちらりとモニターに目を走らせる。一瞬、その表情が曇った。けれどすぐに上書きするような笑顔に戻すから、もちろんおれも気づかなかったふりで話を続ける。

「なあ、そういや、来週西高との練習試合って言ったじゃん。どんな感じ? おれ的にはやっぱ一年がまだちょっと、戦力的にはネックになるかなって気ぃするんだけど」
「あー、それな。向こうのボランチに隅田ってのがいてさ……」

 ついつい熱の入るサッカーの話題に、光亮も椅子から軽く身を乗り出す。そのままおれたちの間には、いつも通りの他愛もない、明日には忘れてしまうような話ばかりが続いた。おれが疲れを自覚する直前、彼がバイトの時間だと席を立ってしまうまで。
 光亮と話すのは、窓を開けるのに似ている。最近ちょっとそんな風に思う。息の詰まるような病室に、外の空気を吹き込んでくれる広い窓。毎回大して代わり映えもしない、そんなに内容もない話だけど、病院の桜を眺めるよりはだいぶいい。小さな頃から聞き慣れた、昔より低くなったこいつの声で語られるから、なおいい。

「……んじゃ、もう行くわ。彬もちゃんとあったかくして寝とけ?」
「ん、わかってる。ありがとな、光亮」
「おー。じゃ、また明日」
「うん。また明日」

 今度はおれの方から手を降って、ドアの向こうに消えてく背中を見送って。ドアが閉まりきったのを確かめてから、ずるずるとベッドの上に崩れ落ちた。
 また明日。また明日、か。おれは光亮にあと何回、また明日、って笑って手を振れるんだろう。いや、今日は普通に言えた「また明日」ですら、おれには本当にやってくるんだろうか?
 全身の力が抜けていく。疲れのせいだけじゃない虚脱感が、もう一つの病気みたいにおれの体に染みていく。
 もしおれに、もう新しい明日がやってこないとしたら。今日が最後の一日になるんだとしたら、今のおれはどうするだろう。この体じゃできることもそんなにないけど、それでももしも一つだけ、最後の願いが叶うとしたら。

「死ぬ前に、一度だけでいいから──」
「──あの人と、セックスがしたい」

 濁した言葉の続きはおれの口からじゃなくて、ベッドの隣の高い位置から聞こえた。
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