死ぬ前に一度だけ、セックスしたい人はいますか?──自称ノンケな欲望担当天使のつがわせお仕事日記

スイセイ

文字の大きさ
上 下
3 / 115
第一章・病に倒れたおれをいつも隣で励ましてくれた、幼なじみのあいつと。

1-1・いつもの病室

しおりを挟む
 窓の外には、桜の木。

 っつっても花が咲いてるとこは一度も見たことない。おれが入院した日から今日までずっと葉桜だから、言われなきゃそれが桜だなんてわかんなかった。まあ葉っぱオンリーでも桜は桜、それなりに立派でそれなりに綺麗だ。それはいいんだけどにしてもさすがに、三か月くらいずっとおんなじもん見続けてるから、飽きた。
 でも今のおれに許された暇つぶしなんて、ベッドに寝転がったまま景色を眺めることぐらいだ。病気になって初めて知ったけど、スマホもテレビも集中して見るとけっこう体力を使う。見てる間はいいんだけど、その後三時間くらい疲れて起きれなくなる。いくらなんでも体力落ちすぎだろ、おれ。半年前まで元気にグラウンドを走り回ってたのが嘘みたいだ。
 ああ、走りたいな。試合に出たいなんて贅沢言わない。ただせめてボールが蹴りたい。暗いことも未来のこともなんも考えずに、ゴールだけに向かって体を動かすあの感じが欲しい。
 ため息をついて寝返りを打った。窓を背にして目に入るのは、今は空いている三つのベッドと、木がいっぱい使われたアイボリー調の病室。おれよりもおれのことを知っているモニターが、景気の悪いギザギザ模様を休まず画面に送り出している。
 おれの病気が発覚して、部活にも参加できなくなってからもう半年。空いたレギュラーの座を埋めることになった後輩は、おれの見舞いに来るたびにいちいち申し訳なさそうな顔をする。そのたびにおれは、首洗って待ってろ、復帰したらすぐポジション取り返してやるからな、って笑うけど。
 本当は、薄々わかってる。
 おれがサッカー部に戻れる日は、きっともう来ない。



 こんこん、と、病室にノックの音が響いた。看護師さんたちよりちょっとだけ力強くて、ちょっとだけ荒っぽいいつものノック。合わせて心電図のギザギザがちょっとだけ揺れ動く。なるべく見ないふりをしながらおれは、ベッドの中でドアが開くのをじっと待つ。
 スライドドアをそろそろと開けて現れたそいつは、誰もいないのを確かめるように病室内を見回した。それからひょいと片手を上げて、あきら、とおれの名前を呼ぶ。志水しみず光亮こうすけ。おれの幼なじみだ。制服姿の彼は勝手知ったる病室を横切って、いつもみたいにおれのベッドの隣、見舞い客用の丸椅子に腰を下ろした。

「ごめん、今日バイト早出になった。あんま長くいらんないわ」
「いいよ、別に。来てくれるだけでありがたいって」
「ごめんな」

 謝りながら床に直接カバンを放り出す。こういうとこほんと雑だよな、こいつ。病室に他の人がいるときだって、仕切りのカーテン閉めずに喋るし。もっともおれも逆の立場なら、たぶん似たようなことをやらかしてただろう。ろくにベッドから出られない日々が続くと、他人の行動がやたら目につくようになるもんだ。
 呆れるおれの視線を気にすることなく、光亮は一方的に喋り始める。おれの方もどうにか体を起こして、上半身をベッドの頭んとこに預けた。

「今日さぁ、山本が部活でケガしてさ」
「え、マジか。大丈夫なん」
「や、それは全然。ケガっても鼻血だし」
「なんだ。心配して損した」
「それがさぁあいつ馬鹿でさ、顔面シュートバーン食らってんのに鼻血出てんの気づいてねーの。ボールに血ぃついてんの見て『誰だ!』って、おめーしかいねーだろって」
「っははっ、馬鹿だ、馬鹿じゃんあいつ」
「な」

 おれの笑いに合わせて肩を揺らしながら、光亮はちらりとモニターに目を走らせる。一瞬、その表情が曇った。けれどすぐに上書きするような笑顔に戻すから、もちろんおれも気づかなかったふりで話を続ける。

「なあ、そういや、来週西高との練習試合って言ったじゃん。どんな感じ? おれ的にはやっぱ一年がまだちょっと、戦力的にはネックになるかなって気ぃするんだけど」
「あー、それな。向こうのボランチに隅田ってのがいてさ……」

 ついつい熱の入るサッカーの話題に、光亮も椅子から軽く身を乗り出す。そのままおれたちの間には、いつも通りの他愛もない、明日には忘れてしまうような話ばかりが続いた。おれが疲れを自覚する直前、彼がバイトの時間だと席を立ってしまうまで。
 光亮と話すのは、窓を開けるのに似ている。最近ちょっとそんな風に思う。息の詰まるような病室に、外の空気を吹き込んでくれる広い窓。毎回大して代わり映えもしない、そんなに内容もない話だけど、病院の桜を眺めるよりはだいぶいい。小さな頃から聞き慣れた、昔より低くなったこいつの声で語られるから、なおいい。

「……んじゃ、もう行くわ。彬もちゃんとあったかくして寝とけ?」
「ん、わかってる。ありがとな、光亮」
「おー。じゃ、また明日」
「うん。また明日」

 今度はおれの方から手を降って、ドアの向こうに消えてく背中を見送って。ドアが閉まりきったのを確かめてから、ずるずるとベッドの上に崩れ落ちた。
 また明日。また明日、か。おれは光亮にあと何回、また明日、って笑って手を振れるんだろう。いや、今日は普通に言えた「また明日」ですら、おれには本当にやってくるんだろうか?
 全身の力が抜けていく。疲れのせいだけじゃない虚脱感が、もう一つの病気みたいにおれの体に染みていく。
 もしおれに、もう新しい明日がやってこないとしたら。今日が最後の一日になるんだとしたら、今のおれはどうするだろう。この体じゃできることもそんなにないけど、それでももしも一つだけ、最後の願いが叶うとしたら。

「死ぬ前に、一度だけでいいから──」
「──あの人と、セックスがしたい」

 濁した言葉の続きはおれの口からじゃなくて、ベッドの隣の高い位置から聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

処理中です...