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142・なにがむむむだ

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 食堂の出口に向かって、俺の前を通り過ぎる寸前。ミマはまるで独り言のように、俺の方を見ないままで呟いた。

「どうも今日は妙な展開になっちゃったけど、僕だって引くつもりはさらさらないから」
「う……お、おう」
「そもそも現時点での親愛度は、僕の方が圧倒的に勝ってるんだ。……いずれ必ず騎士サマたちのハーレムは僕のものになる。必ずね」

 言って立ち去る横顔に、いつもの不敵さは感じられない。こいつもこいつで追い詰められてる。でも確かにミマの言う通り、親愛度だけで量るなら断然、ミマの方が有利だ。

(……ん?)

 そこまで考えて、また違和感を覚えた。まただ。なんだろう。ここのところ俺の中に立ち昇っては消える、なんとなく本質突いてる気配のする感覚。それはミマがここまで憔悴してる理由にも繋がる気がするけれど、今の俺にはうまく言葉にできない。フラグ足りてない? いや違う、そういうことじゃねえんだ、多分。

「チュー太郎」

 むむむと考え込む俺の肩を、険しい顔をしたジルコンの手が叩く。

「え、ああ、何」
「何、じゃないだろう。怪我はないか」
「あ、うん、大丈夫。……なんか、ごめんな」
「いや。謝罪すべきは俺の方だ」

 どこか不服そうにそう言って、ジルコンは前髪をかき上げた。すべきと言いつつ頭は下げない。なんでや。

「我ながらどうも冷静さを欠いたな。あの餅玉にまで気取られるとは。不覚の極みだ」
「お前、本人いなくなったと思って……あ、そうだ、お前こそ手ぇだいじょぶか?」
「ああ。皮一枚破れただけだ」
「それ大丈夫って言わねーよ……うわ」

 彼の手の甲に目をやって、思わず顔をしかめる。チスイコウモリにでもやられたような二つの噛み傷からは、手首に向かってたらりと血が流れている。俺だったら迷わず泣いてる怪我だが、ジルコンは涼しい顔のまま、持ち上げた拳をしげしげと眺めている。

「ああ、だが、念のため回復魔法はかけておいた方がいいか。野生の獣からの咬傷は、雑菌による汚染が怖いからな」
「野生……ではないと思うけど、あ、なら俺やろうか?」
「お前が?」

 意外そうに眉を上げるジルコンに、俺はちょっとだけ誇らしく胸を張る。

「最近スマラクトに教わったんだ。まーまだ見よう見まねって感じだけど」
「ああ、なるほど」
「俺の能力はともかく、なんせ先生が天才だからさ。バンソーコーレベルの怪我までなら合格のお墨付きもらってるけど、……まあ、でも、万一のことがないとは言えないし、どっちかっつったらちゃんとした医者に診てもらった方がいい、とは思う、けど……」
「いや」

 しゃべってるうちにどんどん自信がなくなる俺に向かって、ジルコンは問答無用で椅子に座り込み、ずいっと拳を突き出した。

「やってみろ」
「お……おうっ」

 自分を鼓舞するかのように、隣の椅子に座ってその拳を両手で掴む。俺の手よりもだいぶ大きい、骨張った武骨な手。相変わらずイケメン様は手までイケ手だ。くそう。
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