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100・キラキラはキラキラで
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(あれ……?)
違和感を覚えたのは、二人が剣を交え始めて程なくのことだった。
ランジンが切り込む。ジルコンが受け流し、あるいは弾き返す。状況がふりだしに戻ったような、一見、互いに一歩も引かない勝負だ。どちらが勝ってもおかしくない互角の攻防、そのはずだ。が。
(……ジルコンが、攻めてこない?)
そう。試合再開以降のジルコンは、剣を受けるばかりで攻撃に移る気配がまったくないのだ。気迫を増したランジンに向かって、踏み込むだけの覇気を失ってしまっているようにも見える。技術的なことは俺にはわからないが、作戦でそうしているようにも見えない。手数を増やして突き込むランジンもさすがに違和感を覚えたか、闘争心を煽るように声を上げる。
「っ、どうしたんですか、殿下! 守るばかりじゃ勝ちは掴めませんよ!!」
「ぐ……っ!!」
ジルコンの顔に焦りが浮かぶ。意図しての作戦じゃないのは明白だ。が、いつまで経ってもその剣に鋭さは戻らない。
満員の観客にも、ジルコンの異変は伝わってしまっているようだ。戸惑い混じりのざわめきが、次第に大きくなっていく。
「え、なに、どうしたの殿下……なんかおかしくない?」
「ひょっとして手加減してんのか? あいつが怪我したから? 嘘だろ?」
「おいおい、殿下まで塩試合かよ……勘弁してくれよなあ」
不穏な色を帯びたさざめきは、一つ間違えば今にもブーイングに変わりそうな気配を帯び始めている。違う。ジルコンは良くも悪くも、真剣勝負にそんな温情を持ち込むようなやつじゃない。でも俺がそんなことを言ったところで、余計に変な疑惑をかけられるだけだろう。
視線がジルコンに吸い寄せられる。一瞬だけ、目が合った。心臓が跳ね上がる。銀色の瞳からはいつもの傲慢さも、まっすぐすぎるほどの輝きも消えていた。
「……何やって……チッ、これだから……!」
俺の対角線上から、ミマが小さく吐き捨てる。駄目だ。頭から血の気が引いてくらくらしてきた。こういうのは、駄目だ。
別に、あいつに、いつでもどこでもキラキラ王子でいろなんてことは言わない。ただ──信念を持って、いつでもみんなのキラキラ王子であろうとしているあいつが、自分の意に反してこんな姿を晒されるのは、駄目だ。試合の勝ち負け云々以前に。あいつの、ジルコンのあんな顔を見たくないんだ、俺は。
衝動的にタイムをかけようとした瞬間、ひときわ甲高い声が耳に飛び込んでくる。
「こらーっ、ディアマンテ!! なーに海水よりしょっぱい試合見せてるですぅかー!! そんなんじゃ王子界の片隅にも置けねえですぅよ!?」
「あぁ……!?」
反射的にそちらを睨みつける。声の主は、コラル。ピンクの性悪もちもちは生意気にも、豪華な関係者席の一シートを占領し、ぴょんぴょん飛び跳ねながら野次を送ってきている。こ、この野郎!
何か言い返してやろうと思ったところで、ふと、隣にいるトパシオに目が行った。腕を組んで、余裕の笑みを浮かべている。こ、こいつ、誰のせいでこんなことになってると思ってんだ! 何がショウマストゴーオンだよ、この銭ゲバサイコパス──
「……あっ!!」
うっかり上げた大声に、一同の視線が俺に突き刺さる。しまった──いや違う、むしろこれは俺にとってチャンスの糸口かもしれない。
必死で頭を回して展開を考える。ちょっとぐらい粗があってもいい。とにかく勢い、勢いが大事。こういうのは得意なはずだ俺、オタクの矜持見せやがれ!
そうだ。トパシオは言っていた。衆目を惹くのはとにもかくにもストーリー、そして一度始めたショウは決して止まれない。さんざん煮え湯を飲まされたその言葉、そっくり返してやるぜ、今ここで!
違和感を覚えたのは、二人が剣を交え始めて程なくのことだった。
ランジンが切り込む。ジルコンが受け流し、あるいは弾き返す。状況がふりだしに戻ったような、一見、互いに一歩も引かない勝負だ。どちらが勝ってもおかしくない互角の攻防、そのはずだ。が。
(……ジルコンが、攻めてこない?)
そう。試合再開以降のジルコンは、剣を受けるばかりで攻撃に移る気配がまったくないのだ。気迫を増したランジンに向かって、踏み込むだけの覇気を失ってしまっているようにも見える。技術的なことは俺にはわからないが、作戦でそうしているようにも見えない。手数を増やして突き込むランジンもさすがに違和感を覚えたか、闘争心を煽るように声を上げる。
「っ、どうしたんですか、殿下! 守るばかりじゃ勝ちは掴めませんよ!!」
「ぐ……っ!!」
ジルコンの顔に焦りが浮かぶ。意図しての作戦じゃないのは明白だ。が、いつまで経ってもその剣に鋭さは戻らない。
満員の観客にも、ジルコンの異変は伝わってしまっているようだ。戸惑い混じりのざわめきが、次第に大きくなっていく。
「え、なに、どうしたの殿下……なんかおかしくない?」
「ひょっとして手加減してんのか? あいつが怪我したから? 嘘だろ?」
「おいおい、殿下まで塩試合かよ……勘弁してくれよなあ」
不穏な色を帯びたさざめきは、一つ間違えば今にもブーイングに変わりそうな気配を帯び始めている。違う。ジルコンは良くも悪くも、真剣勝負にそんな温情を持ち込むようなやつじゃない。でも俺がそんなことを言ったところで、余計に変な疑惑をかけられるだけだろう。
視線がジルコンに吸い寄せられる。一瞬だけ、目が合った。心臓が跳ね上がる。銀色の瞳からはいつもの傲慢さも、まっすぐすぎるほどの輝きも消えていた。
「……何やって……チッ、これだから……!」
俺の対角線上から、ミマが小さく吐き捨てる。駄目だ。頭から血の気が引いてくらくらしてきた。こういうのは、駄目だ。
別に、あいつに、いつでもどこでもキラキラ王子でいろなんてことは言わない。ただ──信念を持って、いつでもみんなのキラキラ王子であろうとしているあいつが、自分の意に反してこんな姿を晒されるのは、駄目だ。試合の勝ち負け云々以前に。あいつの、ジルコンのあんな顔を見たくないんだ、俺は。
衝動的にタイムをかけようとした瞬間、ひときわ甲高い声が耳に飛び込んでくる。
「こらーっ、ディアマンテ!! なーに海水よりしょっぱい試合見せてるですぅかー!! そんなんじゃ王子界の片隅にも置けねえですぅよ!?」
「あぁ……!?」
反射的にそちらを睨みつける。声の主は、コラル。ピンクの性悪もちもちは生意気にも、豪華な関係者席の一シートを占領し、ぴょんぴょん飛び跳ねながら野次を送ってきている。こ、この野郎!
何か言い返してやろうと思ったところで、ふと、隣にいるトパシオに目が行った。腕を組んで、余裕の笑みを浮かべている。こ、こいつ、誰のせいでこんなことになってると思ってんだ! 何がショウマストゴーオンだよ、この銭ゲバサイコパス──
「……あっ!!」
うっかり上げた大声に、一同の視線が俺に突き刺さる。しまった──いや違う、むしろこれは俺にとってチャンスの糸口かもしれない。
必死で頭を回して展開を考える。ちょっとぐらい粗があってもいい。とにかく勢い、勢いが大事。こういうのは得意なはずだ俺、オタクの矜持見せやがれ!
そうだ。トパシオは言っていた。衆目を惹くのはとにもかくにもストーリー、そして一度始めたショウは決して止まれない。さんざん煮え湯を飲まされたその言葉、そっくり返してやるぜ、今ここで!
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