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89・ぽろり、一輪

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 そんなわけで。相変わらずスキップ不可の演習パートを繰り返しているうちに、1ヶ月なんて月日はあっという間に過ぎる。このひと月の間、俺は演習パートナーをランジンに選び続け、特訓漬けの毎日を送っていた。ジルコンに知られたら公私混同と叱られそうだが、実戦にも役立つからギリギリセーフってことにしてほしい。

 あの日以来、ミマともジルコンともろくに話はしていない。ミマの方は通常運転だが、問題はジルコンだ。もちろん朝晩顔を合わせる機会はあった。ジルコンが何か言いたそうな素振りを見せている瞬間が、何度かあったことにも気がついてはいた。だが結局ジルコンは俺に対してずっと慇懃執事モードを崩すことなく、当てつけのような丁寧さでにこやかに接してくるだけだった。そうなりゃこっちも意地になる。リアルに頬を膨らませるレベルでむくれているうちに、いつの間にかちゃんと話をする機を完全に逃してしまったのだ。反抗期の子供か俺は、と思う瞬間もなくはなかったが、それを言ったらジルコンだって同じことだ。

 反省や後悔は、もちろんないわけじゃない。だがとにもかくにも今の俺は、ランジンとの課題をなんとかしなくちゃいけない。つきまとう憂鬱を頭の隅に追い払い、親愛度ゼロのコンビがそれでもどうにか形になってきたかと思えたのが、ちょうど今週終わりのあたり。

 そして、運命の日曜日。俺withランジンvsミマfeat.ジルコン、宿命の一戦が行われる日は、あっという間にやってきた。



「やあ、ランジン、チュー太郎。調子はどうだい」

 挨拶とともに勢いよく扉が開いた。机に置かれた花かごから、水色の花が一輪、ガクごとぽろりと落ちる。え、縁起悪。
 闘技場に出る選手の中でも、花形選手だけが使える個室の楽屋。革張りのソファに座禅を組んで、息を細く長く吐きながら集中を高めていたランジンは、トパシオの声でぱちりと目を開けた。

「おれは、いつも通りにやるだけです。トパシオの方は……いつにも増して、元気そうですね」
「まあね」

 苦笑するランジンを気にした風もなく、トパシオはランジンの向かいに腰を下ろす。座禅で集中できるほどの根性もなく、さっきからひたすらそわそわしていた俺の隣に。

「まったく、空前と言っていいほどの大入りだよ。本当に、あのふたりはよくやってくれた。あとは試合の結果がどうなるかだな」
「そ、そんなに?」
「ん? ああ、チュー太郎。立ち見席どころか闘技場の外まで満員御礼さ。彼らが二人で提案してくれた、新規アトラクション含めた数々の施策と、あとは彼ら自身が買って出てくれた宣伝活動のおかげだね」
「二人で……」

 無意識にそこだけを復唱する。また俺の知らないイベントの話だ。それも今度は、ミマとジルコン。俺にはわざとらしいほど普段通りに接する裏側で、ちゃっかりミマと親愛を深めてたってわけか。やっぱイベント進行してんじゃん。わかってんだよ、最初から。本人がどう言ったところで。何かを一緒に成し遂げた相手に、冷たく接し続けることができるような奴じゃないんだ、ジルコンは。
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