76 / 200
74・林檎の頬と雫の睫毛
しおりを挟む
次の日、いつもの演習場である中庭にて。
「はい、お疲れ様です。今日はこれくらいにしておきましょう」
「はふぃー……」
ランジンが両手を叩いたのを合図に、俺は組んだ足を崩してその場に倒れ込む。今週のパートナー、ランジンの担当能力は気力。精神力の修養が魔法の能力向上につながるとかで、主な内容は坐禅を組んだり絵を描いたりすることだ。これはこれでそれこそ気力を使うこともあるけれど、体を動かしたり暗記や計算をさせられるよりは結構楽しい。体力も、終わったあとに多少の雑談ができるくらいには残ってる。……とは言え親愛度は相変わらず最低ライン、会話が弾むかどうかはまた別の問題だけど。
とは言え、今日の俺は話を切り出す大義名分を持ってるぞ。中庭の芝生に大きく足を伸ばす。手入れの行き届いた芝の中心には大きな宝石製のオブジェ、そしてそれを取り巻く石のベンチには、監督のランジンが腰を下ろしている。
「なあ、ランジン。昨日トパシオとちょっと話したんだけどさ」
「え? あ、はい、なんでしょう」
「あのさ、えーっと。闘技場での賭け試合……のことなんだけど」
「あっ……」
ランジンは驚いたように目を丸くした。白い頬がぽっと朱に染まる。その女の子みたいな顔立ちもあいまって、なんだか悪いことを聞いてしまったような気分になってくる。
「知ってた……んですか」
「ああ、うん、まあ」
「あの……もしかして、呼び込みのとき、あの場所にいたり」
「いや、いたって言うかそのなんだ、……見ちゃったのはその、ごめん」
「ああ、いえ、いいんです。往来であんなことをしていたのは、おれたちの方ですから……」
ピンクに火照った彼のほっぺたを、意外にしっかり男っぽい手が隠す。う、うーん。気まずい。でも聞くべきことはしっかり聞いとかないと。下世話な話、親愛度アップのチャンスかもしれない。
「あのさ、あんま立ち入ったこと聞くのもあれだけど、その……ああいうの、トパシオに無理にやらされてたりすることない? なんつーかあの……犬の真似みたいのとか」
「……! い、いえ、そんなことないです!」
「ほんとに? マジであの銭ゲバに嫌なことされてない? 俺べつに告げ口したりしないよ」
「ぜ、銭ゲバだなんて……」
宝石のオブジェに手を当てて、ランジンは長いまつ毛を伏せる。少女漫画の登場人物みたいだ。それも、どっちかって言えばヒロインの方。
「本当に、感謝してるんです、おれ。そりゃ、トパシオはちょっと……ちょっとどころじゃないかもしれないくらい、悪辣外道で人の心がない奴だけど」
「あ、そこはちゃんと理解してるんだ」
「それでも、おれにはない発想や衆目の惹きつけ方、人やお金の動かし方をよくわかってる。それに彼は、多少強引なやり方を取ることはあっても、最低限……本当にギリギリの最低限ですけど……法で罰されるラインは絶対に超えません。まあ……法律さえ守ればそれでいいのか、って疑問は、当然のことだとは思いますけど……」
「う、うーん……?」
なんだか聞けば聞くほど、本気でそれでいいんかって気持ちが増してくる。擁護のつもりで言ってるんだろうけど、ランジン本人ですら時折首を傾げてるし。本当に、大丈夫なのか。なんか弱みでも握られてないか?
「はい、お疲れ様です。今日はこれくらいにしておきましょう」
「はふぃー……」
ランジンが両手を叩いたのを合図に、俺は組んだ足を崩してその場に倒れ込む。今週のパートナー、ランジンの担当能力は気力。精神力の修養が魔法の能力向上につながるとかで、主な内容は坐禅を組んだり絵を描いたりすることだ。これはこれでそれこそ気力を使うこともあるけれど、体を動かしたり暗記や計算をさせられるよりは結構楽しい。体力も、終わったあとに多少の雑談ができるくらいには残ってる。……とは言え親愛度は相変わらず最低ライン、会話が弾むかどうかはまた別の問題だけど。
とは言え、今日の俺は話を切り出す大義名分を持ってるぞ。中庭の芝生に大きく足を伸ばす。手入れの行き届いた芝の中心には大きな宝石製のオブジェ、そしてそれを取り巻く石のベンチには、監督のランジンが腰を下ろしている。
「なあ、ランジン。昨日トパシオとちょっと話したんだけどさ」
「え? あ、はい、なんでしょう」
「あのさ、えーっと。闘技場での賭け試合……のことなんだけど」
「あっ……」
ランジンは驚いたように目を丸くした。白い頬がぽっと朱に染まる。その女の子みたいな顔立ちもあいまって、なんだか悪いことを聞いてしまったような気分になってくる。
「知ってた……んですか」
「ああ、うん、まあ」
「あの……もしかして、呼び込みのとき、あの場所にいたり」
「いや、いたって言うかそのなんだ、……見ちゃったのはその、ごめん」
「ああ、いえ、いいんです。往来であんなことをしていたのは、おれたちの方ですから……」
ピンクに火照った彼のほっぺたを、意外にしっかり男っぽい手が隠す。う、うーん。気まずい。でも聞くべきことはしっかり聞いとかないと。下世話な話、親愛度アップのチャンスかもしれない。
「あのさ、あんま立ち入ったこと聞くのもあれだけど、その……ああいうの、トパシオに無理にやらされてたりすることない? なんつーかあの……犬の真似みたいのとか」
「……! い、いえ、そんなことないです!」
「ほんとに? マジであの銭ゲバに嫌なことされてない? 俺べつに告げ口したりしないよ」
「ぜ、銭ゲバだなんて……」
宝石のオブジェに手を当てて、ランジンは長いまつ毛を伏せる。少女漫画の登場人物みたいだ。それも、どっちかって言えばヒロインの方。
「本当に、感謝してるんです、おれ。そりゃ、トパシオはちょっと……ちょっとどころじゃないかもしれないくらい、悪辣外道で人の心がない奴だけど」
「あ、そこはちゃんと理解してるんだ」
「それでも、おれにはない発想や衆目の惹きつけ方、人やお金の動かし方をよくわかってる。それに彼は、多少強引なやり方を取ることはあっても、最低限……本当にギリギリの最低限ですけど……法で罰されるラインは絶対に超えません。まあ……法律さえ守ればそれでいいのか、って疑問は、当然のことだとは思いますけど……」
「う、うーん……?」
なんだか聞けば聞くほど、本気でそれでいいんかって気持ちが増してくる。擁護のつもりで言ってるんだろうけど、ランジン本人ですら時折首を傾げてるし。本当に、大丈夫なのか。なんか弱みでも握られてないか?
1
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる