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61・味わい深きものども

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 弧を描いて出っ張った崖の向こう側に、砂利浜を踏みしめながら回り込む。すぐに一軒の家にたどり着いた。漁師小屋だろうか。見るからに古いけど、結構大きい。広いひさしの下に作業場らしき場所があって、男女入り混じった何人かの人が、こんな時間から忙しげに立ち働いている。海の上では何隻かの小舟が、長い棒を海に差して何かをしているのが見えた。

「ハフノン」

 ジルコンがそう呼ぶと、作業場の一人が顔を上げた。女の人だ。ジルコンよりはわりと年上だろうか。ジルコンほどキラキラはしてないけど、似た色の長い髪の毛を後ろで縛っている。そして、び、美人。
 網の準備をしていたらしい彼女は、ジルコンを見るなり小走りでこちらに寄ってきた。

「ジル、来てくれたの? 無理しなくていいって言ったのに」
「無理をするつもりは毛頭ない。今日は助っ人を連れてきた」
「助っ人? ……あら」

 ジルコンと、ハフノンと呼ばれた彼女の視線が俺に突き刺さる。美人アンドイケメンの集中砲火。いやもう、火力が高え。頭の後ろに手を当てて、へこへこと頭を下げる。

「ど、どうも……チュー太郎って言います」
「チュー太郎……ああ、あなたが」
「姉だ」

 何か言いかけたハフノンさんを遮るように、ジルコンが俺たちの間に割り入った。若干違和感があったけど、いやそれより、姉?

「姉……って、えっと……」
「正真正銘、血の繋がった姉だ。この家は俺の生家だからな」
「えっ」

 反射的にジルコンとハフノンさんを見比べる。確かに顔立ちといい髪色といい、言われてみれば姉弟にしか見えないけど、どういうこと? ジルが王子サマなら、この人は王女様のはずだよな? 慈善事業……ってわけじゃないよな? 気になるけどでも、俺が聞いていいもんなのか? 常日頃ジルコンにプライバシーがどうとか言ってる手前、あんまりぶしつけには踏み込みづらい。
 俺の混乱は、たぶんジルコンにとっては予想通りの反応だったみたいだ。特に気にした様子もなく、ふっと軽く息をつく。

「話せば長くなる。後々説明してやる。まずは仕事を手伝え」
「お、おー……」
「ふふ、よろしく。遠慮なくこき使っちゃってもいいのかな?」
「あ、ハイ、もうそれは。お、お手柔らかに」

 ちょっとだけ腰が引ける。ブラックバイトなら慣れてはいるが、なんせジルコンのお姉さんだ、気を抜いたら何をされるかわかんねえ。戦々恐々とする俺に、ハフノンさんはにこっと優しく笑いかけてみせた。うーん、顔は似てるけどこういうとこは似てないな。あ、執事モードのジルコンなら若干面影はあるか?

「えっと、じゃあ、何すればいいすか」
「うん。今日はね、昆布を干すのを手伝ってほしいんだ」
「昆布? なんだ、それくらいなら……」
「あ。ほら、ちょうど漁船の第一陣が帰ってきたよ」
「おー。……お、おお!?」

 ハフノンさんが指差した方向に目を向けて、ぎょっとする。沖の方から浜に向かって、波しぶきを立てる何隻かの小舟。それはいいのだが問題は、甲板に山盛りになった黒くてうねうねした物体だ。一見してどこぞの深きものどもにしか見えないあの小山は、ひょっとして、昆布?

「な……なるほど。こりゃ大変そうっすね」
「言っておくけど、これはあくまで第一陣だよ。舟はもう何回か往復するからね」
「マジすか!?」

 一回分だけでもあの山なのに、結構な重労働じゃねえか。青ざめる俺を見て、ジルコンがくっくっと声を上げて笑う。くそう、やるよ、謹んでやらせていただきますよ!
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