45 / 200
43・炙っておともにマヨネーズ
しおりを挟む
講義終了までの時間は、永遠みたいに思えた。
またしてもゾンビのような足取りで寮に帰り着く。今日ダメージを受けたのは体じゃなく、もっぱら心の方面だけど。
重すぎるドアを全体重で開けて、そのまま玄関ホールに倒れ込む。ちょうど廊下の掃除をしていたジルコンが、その音でこちらを振り返った。
「お帰りなさいま……なんだ、チュー太郎か」
「なんだじゃねえよお……俺にもお帰りなさいませって言えよお……」
「お帰りなさいませ。は、ずいぶんこっぴどくやられたようだな」
「うううう……」
ぞんざい極まりない挨拶にも言い返す元気が出ない。自分が世界で一番ダメなやつみたいに思えてくる。や、実際そうなのかもしれない。そうなの? そうかも……うう。
別に、怒鳴られたり叱られたりしたわけじゃない。スマラクトは親愛度最低なりに最大限、ていねいに優しく授業をしてくれた。ただあからさまに顔に出していただけだ、俺が質問の手を上げるたびに。「え? こんなこともわかんないの?」と言わんばかりの、素直すぎる驚愕と失望を。
「もうだめだぁ……俺は腐肉にたかるナメクジ以下の存在ですぅ……」
「ああ、感染ったな。まったく、スマラクトの悪癖だ」
「一歩も歩きたくねぇ……ジルコンんん、すいませんけど部屋まで運んでくださいませんでしょうかぁ……お姫様抱っこでぇ……」
「……その図々しさが残っているなら上出来だ」
ジルコンは前と同じように、俺をひょいと肩に担ぎ上げる。俺の希望、ガン無視。でもこの雑さが今の俺にはちょうどいい。こんなんでいいのよ俺なんかには。干しイカになってカサカサと揺られていると、ジルコンがおもむろに口を開く。
「チュー太郎。お前、スマラクトの経歴を知っているか」
「経歴ぃ……?」
「王立魔法学院首席入学首席卒業。魔素を利用した回復医療分野での年間発表論文数史上最多記録所持。スキア対策理論の論功と実践における功績で、いくつか褒章も受章している」
「はあ!? なにそれ、天才じゃん!!」
「そうだ。俗な褒め言葉の域を超えて、天賦の才を授かったと表現するに相応しい人間だろうな」
「なんだよそれぇえ……」
信じらんねえ。全然ダメじゃないじゃん、じゃあなんなのあの無駄な自虐マジで無駄じゃん。ちょっとはフォローしてやろうとか思ってた俺がバカみたいだよ。
鍵のない俺の私室のドアを、ジルコンはためらいも許可もなくがちゃりと開けた。そして肩に乗っていた丸干しチュー太郎くんを、居間のソファの上に雑に投げ捨てる。米袋でももうちょい丁寧に扱うぞ、おい。
「あれでも昔はなんというか、今とは真逆の意味で鼻持ちならない子供だったらしいが。俺が初めて会ったときにはもうああだったな」
「えぇ……なんで?」
「スキアとの戦争中に色々あって、鼻っ柱を木っ端微塵にされたと聞いている。百年戦争末期の激戦時に、後方支援専門とは言えまだ年端も行かない子供が駆り出されたんだ。いかに奴が天才であれ、ままならないことはいくらでもあっただろうさ」
「へえ……」
なるほどね。案外重い理由だった。っていうかやっぱお前は普通に言っちゃうんだな、そういうの。俺的にはわかりやすくてありがたいけどさ。
またしてもゾンビのような足取りで寮に帰り着く。今日ダメージを受けたのは体じゃなく、もっぱら心の方面だけど。
重すぎるドアを全体重で開けて、そのまま玄関ホールに倒れ込む。ちょうど廊下の掃除をしていたジルコンが、その音でこちらを振り返った。
「お帰りなさいま……なんだ、チュー太郎か」
「なんだじゃねえよお……俺にもお帰りなさいませって言えよお……」
「お帰りなさいませ。は、ずいぶんこっぴどくやられたようだな」
「うううう……」
ぞんざい極まりない挨拶にも言い返す元気が出ない。自分が世界で一番ダメなやつみたいに思えてくる。や、実際そうなのかもしれない。そうなの? そうかも……うう。
別に、怒鳴られたり叱られたりしたわけじゃない。スマラクトは親愛度最低なりに最大限、ていねいに優しく授業をしてくれた。ただあからさまに顔に出していただけだ、俺が質問の手を上げるたびに。「え? こんなこともわかんないの?」と言わんばかりの、素直すぎる驚愕と失望を。
「もうだめだぁ……俺は腐肉にたかるナメクジ以下の存在ですぅ……」
「ああ、感染ったな。まったく、スマラクトの悪癖だ」
「一歩も歩きたくねぇ……ジルコンんん、すいませんけど部屋まで運んでくださいませんでしょうかぁ……お姫様抱っこでぇ……」
「……その図々しさが残っているなら上出来だ」
ジルコンは前と同じように、俺をひょいと肩に担ぎ上げる。俺の希望、ガン無視。でもこの雑さが今の俺にはちょうどいい。こんなんでいいのよ俺なんかには。干しイカになってカサカサと揺られていると、ジルコンがおもむろに口を開く。
「チュー太郎。お前、スマラクトの経歴を知っているか」
「経歴ぃ……?」
「王立魔法学院首席入学首席卒業。魔素を利用した回復医療分野での年間発表論文数史上最多記録所持。スキア対策理論の論功と実践における功績で、いくつか褒章も受章している」
「はあ!? なにそれ、天才じゃん!!」
「そうだ。俗な褒め言葉の域を超えて、天賦の才を授かったと表現するに相応しい人間だろうな」
「なんだよそれぇえ……」
信じらんねえ。全然ダメじゃないじゃん、じゃあなんなのあの無駄な自虐マジで無駄じゃん。ちょっとはフォローしてやろうとか思ってた俺がバカみたいだよ。
鍵のない俺の私室のドアを、ジルコンはためらいも許可もなくがちゃりと開けた。そして肩に乗っていた丸干しチュー太郎くんを、居間のソファの上に雑に投げ捨てる。米袋でももうちょい丁寧に扱うぞ、おい。
「あれでも昔はなんというか、今とは真逆の意味で鼻持ちならない子供だったらしいが。俺が初めて会ったときにはもうああだったな」
「えぇ……なんで?」
「スキアとの戦争中に色々あって、鼻っ柱を木っ端微塵にされたと聞いている。百年戦争末期の激戦時に、後方支援専門とは言えまだ年端も行かない子供が駆り出されたんだ。いかに奴が天才であれ、ままならないことはいくらでもあっただろうさ」
「へえ……」
なるほどね。案外重い理由だった。っていうかやっぱお前は普通に言っちゃうんだな、そういうの。俺的にはわかりやすくてありがたいけどさ。
2
お気に入りに追加
328
あなたにおすすめの小説
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
【BL】【完結】闇属性の兄を助けたら魔力がなくなり、王太子候補から外された
まほりろ
BL
【完結済み】闇属性の兄を救うため、光属性のボクの魔力を全部上げた。魔力かなくなった事を知った父(陛下)に、王子の身分を剥奪され侯爵領に送られた。ボクは兄上を救えたから別にいいんだけど。
なぜか侯爵領まで一緒についてきた兄上に「一緒のベッドで寝たい」と言われ、人恋しいのかな? と思いベッドに招き入れたらベッドに組敷かれてしまって……。
元闇属性の溺愛執着系攻め×元光属性鈍感美少年受け。兄×弟ですが血のつながりはありません。
*→キス程度の描写有り、***→性的な描写有り。
「男性妊娠」タグを追加しました。このタグは後日談のみです。苦手な方は後日談は読まず、本編のみ読んでください。
※ムーンライトノベルズとアルファポリスにも投稿してます。
ムーンライトノベルズ、日間ランキング1位、週間ランキング1位、月間ランキング2位になった作品です。
アルファポリスBLランキング1位になった作品です。
「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」
※表紙イラストは「第七回なろうデスゲーム」の商品として、Jam様がイラストを描いてくださいました。製作者の許可を得て表紙イラストとして使わせて頂いております。Jam様ありがとうございます!2023/05/08
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
【完結】転生したら少女漫画の悪役令嬢でした〜アホ王子との婚約フラグを壊したら義理の兄に溺愛されました〜
まほりろ
恋愛
ムーンライトノベルズで日間総合1位、週間総合2位になった作品です。
【完結】「ディアーナ・フォークト! 貴様との婚約を破棄する!!」見目麗しい第二王子にそう言い渡されたとき、ディアーナは騎士団長の子息に取り押さえられ膝をついていた。王子の側近により読み上げられるディアーナの罪状。第二王子の腕の中で幸せそうに微笑むヒロインのユリア。悪役令嬢のディアーナはユリアに斬りかかり、義理の兄で第二王子の近衛隊のフリードに斬り殺される。
三日月杏奈は漫画好きの普通の女の子、バナナの皮で滑って転んで死んだ。享年二十歳。
目を覚ました杏奈は少女漫画「クリンゲル学園の天使」悪役令嬢ディアーナ・フォークト転生していた。破滅フラグを壊す為に義理の兄と仲良くしようとしたら溺愛されました。
私の事を大切にしてくれるお義兄様と仲良く暮らします。王子殿下私のことは放っておいてください。
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
室長サマの憂鬱なる日常と怠惰な日々
慎
BL
SECRET OF THE WORLD シリーズ《僕の名前はクリフェイド・シュバルク。僕は今、憂鬱すぎて溜め息ついている。なぜ、こうなったのか…。
※シリーズごとに章で分けています。
※タイトル変えました。
トラブル体質の主人公が巻き込み巻き込まれ…の問題ばかりを起こし、周囲を振り回す物語です。シリアスとコメディと半々くらいです。
ファンタジー含みます。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる