29 / 200
27・私の課金額は800万です
しおりを挟む
路地の角をぞろぞろと曲がって、騎士サマたちの姿が見えなくなったあと。
たっぷり一分ほどの間を置いて、ミマは俺の方を振り向いた。
目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走った。いつもの可愛らしい笑顔だ。怒った顔も、俺を馬鹿にしたような顔も見せてはいない。けど、目だけが──クリーム色の丸っこい瞳だけが、ビー玉みたいな無機質さで俺をとらえている。
「理解した?」
「え」
「一週間前に僕が言ったこと。そろそろ理解できたかな、チュー君?」
その言葉で記憶が蘇る。一週間経ったら、世界の仕組みを教えてあげる。ミマは確かにそう言った。けれどこの一週間、そして今日の散々な討伐を経てもまだ、俺自身はその仕組みとやらにまったく心当たりがないままだ。
答えを返せない俺に向けて、ミマはまた深く息を吐いた。それから道端に積まれた木箱の上に、どっかりと足を組んで座り込む。
「お前、転生者だろ」
「は!?」
「確信を得るまで一週間も好きに遊ばせてやったんだ。感謝しろよ」
いきなりの豹変、いきなりのお前呼びなんて吹き飛ぶほどの衝撃発言。一瞬で全身から汗が吹き出る。どうしよう、隠した方がいいのか、いやでも多分もう完璧バレた。動揺で視線が定まらない俺を、ミマはひどく冷たい目で見つめている。
「ねえ、チュー君。変だと思わなかったのかな」
「へ、変?」
耳元で揺れる真珠のピアスを、指先で弄びながらミマは言う。
「僕と君の格差とか。僕が溢れんばかりに持ってるジュエネルを、君はひとかけたりとも持っていないこととか。同じ灯士であるはずの僕だけが、顔も服もこんなにキラキラで可愛いこととか」
「そ、れは……だって、お前も恋愛対象だからじゃ……ねえの?」
「恋愛対象?」
ミマは心底馬鹿にしたように、はん、と鼻息を吹き出した。
「まあ、お前がNPCだったら、僕のハーレムに入れてやるって手もなくはなかったけどな。でも嫌だろ? 同じ転生者の、どこの馬の骨とも知れないキモオタニワカ野郎を、僕の騎士様ハーレムに紛れ込ませるなんて」
「同じ転生者……って、じゃあお前、まさかっ!?」
「気づくの、おっそ」
愕然として立ち尽くす。今まで考えもしてなかった。自分と同じ転生者が、この世界にもう一人存在しているなんて。しかもそれが、最初に俺に優しくしてくれたミマだったなんて。
「ああ、でも、『同じ』じゃないな。僕とお前には決定的な違いがある。その違いがすなわちそのまま、お前が僕に死んでも勝てない理由だ」
「な、なんだよ、それ」
「……宝石騎士ってゲームには、残念ながら欠点があってね」
悲しげに眉を寄せ、首を振るミマの話を、俺はろくに口も動かせないまま聞くしかできない。
「主人公と騎士様たちの他に、主人公の恋路を邪魔するライバルがいるんだ。そいつが騎士様たちと仲良くなればなるほど、騎士様たちの主人公に対する好感度が下がる。もちろん、その逆も然りだけどね」
「え、マジかよ……なんだその仕様は」
「ね、ひどい話でしょう? 黎明期の恋愛ゲーならともかく、リアルマネーで好感度を買う課金制ソシャゲでこれはないよな。ま、あんまり不評だったもんだから、途中でそいつ怪鳥にさらわれて出てこなくなるんだけど」
「それはそれでなんだその仕様は……」
思わずツッコミを入れた直後、ハッと気づく。
「ま、まさか。その主人公とライバルって」
「ようやくわかってくれた? ふふっ♡」
驚愕に目を見開く俺に、悪意たっぷりの「ふふっ♡」を返して、ミマは木箱の上にすっくと立ち上がった。
「そう。主人公は僕。僕が主人公だ。この物語の主人公はお前じゃなくてこの僕、デフォ名クリスタル改め、珠真=クリアブライト様だ!!」
「ほげっ」
思わず漏らした汚い声に、ミマはますます調子に乗ってびしりと指を突きつける。
「そしてこの僕……僕様の、宝石騎士への総課金額は約800万円!! その額に見合うジュエネル資産が、僕の手中には収められているんだよ!!」
「ほげええええぇ!!!」
ミマの高らかな宣言に、俺は雷に打たれたようにその場に崩れ落ちた。
たっぷり一分ほどの間を置いて、ミマは俺の方を振り向いた。
目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走った。いつもの可愛らしい笑顔だ。怒った顔も、俺を馬鹿にしたような顔も見せてはいない。けど、目だけが──クリーム色の丸っこい瞳だけが、ビー玉みたいな無機質さで俺をとらえている。
「理解した?」
「え」
「一週間前に僕が言ったこと。そろそろ理解できたかな、チュー君?」
その言葉で記憶が蘇る。一週間経ったら、世界の仕組みを教えてあげる。ミマは確かにそう言った。けれどこの一週間、そして今日の散々な討伐を経てもまだ、俺自身はその仕組みとやらにまったく心当たりがないままだ。
答えを返せない俺に向けて、ミマはまた深く息を吐いた。それから道端に積まれた木箱の上に、どっかりと足を組んで座り込む。
「お前、転生者だろ」
「は!?」
「確信を得るまで一週間も好きに遊ばせてやったんだ。感謝しろよ」
いきなりの豹変、いきなりのお前呼びなんて吹き飛ぶほどの衝撃発言。一瞬で全身から汗が吹き出る。どうしよう、隠した方がいいのか、いやでも多分もう完璧バレた。動揺で視線が定まらない俺を、ミマはひどく冷たい目で見つめている。
「ねえ、チュー君。変だと思わなかったのかな」
「へ、変?」
耳元で揺れる真珠のピアスを、指先で弄びながらミマは言う。
「僕と君の格差とか。僕が溢れんばかりに持ってるジュエネルを、君はひとかけたりとも持っていないこととか。同じ灯士であるはずの僕だけが、顔も服もこんなにキラキラで可愛いこととか」
「そ、れは……だって、お前も恋愛対象だからじゃ……ねえの?」
「恋愛対象?」
ミマは心底馬鹿にしたように、はん、と鼻息を吹き出した。
「まあ、お前がNPCだったら、僕のハーレムに入れてやるって手もなくはなかったけどな。でも嫌だろ? 同じ転生者の、どこの馬の骨とも知れないキモオタニワカ野郎を、僕の騎士様ハーレムに紛れ込ませるなんて」
「同じ転生者……って、じゃあお前、まさかっ!?」
「気づくの、おっそ」
愕然として立ち尽くす。今まで考えもしてなかった。自分と同じ転生者が、この世界にもう一人存在しているなんて。しかもそれが、最初に俺に優しくしてくれたミマだったなんて。
「ああ、でも、『同じ』じゃないな。僕とお前には決定的な違いがある。その違いがすなわちそのまま、お前が僕に死んでも勝てない理由だ」
「な、なんだよ、それ」
「……宝石騎士ってゲームには、残念ながら欠点があってね」
悲しげに眉を寄せ、首を振るミマの話を、俺はろくに口も動かせないまま聞くしかできない。
「主人公と騎士様たちの他に、主人公の恋路を邪魔するライバルがいるんだ。そいつが騎士様たちと仲良くなればなるほど、騎士様たちの主人公に対する好感度が下がる。もちろん、その逆も然りだけどね」
「え、マジかよ……なんだその仕様は」
「ね、ひどい話でしょう? 黎明期の恋愛ゲーならともかく、リアルマネーで好感度を買う課金制ソシャゲでこれはないよな。ま、あんまり不評だったもんだから、途中でそいつ怪鳥にさらわれて出てこなくなるんだけど」
「それはそれでなんだその仕様は……」
思わずツッコミを入れた直後、ハッと気づく。
「ま、まさか。その主人公とライバルって」
「ようやくわかってくれた? ふふっ♡」
驚愕に目を見開く俺に、悪意たっぷりの「ふふっ♡」を返して、ミマは木箱の上にすっくと立ち上がった。
「そう。主人公は僕。僕が主人公だ。この物語の主人公はお前じゃなくてこの僕、デフォ名クリスタル改め、珠真=クリアブライト様だ!!」
「ほげっ」
思わず漏らした汚い声に、ミマはますます調子に乗ってびしりと指を突きつける。
「そしてこの僕……僕様の、宝石騎士への総課金額は約800万円!! その額に見合うジュエネル資産が、僕の手中には収められているんだよ!!」
「ほげええええぇ!!!」
ミマの高らかな宣言に、俺は雷に打たれたようにその場に崩れ落ちた。
3
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる