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27・私の課金額は800万です

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 路地の角をぞろぞろと曲がって、騎士サマたちの姿が見えなくなったあと。
 たっぷり一分ほどの間を置いて、ミマは俺の方を振り向いた。
 目が合った瞬間、背筋に冷たいものが走った。いつもの可愛らしい笑顔だ。怒った顔も、俺を馬鹿にしたような顔も見せてはいない。けど、目だけが──クリーム色の丸っこい瞳だけが、ビー玉みたいな無機質さで俺をとらえている。

「理解した?」
「え」
「一週間前に僕が言ったこと。そろそろ理解できたかな、チュー君?」

 その言葉で記憶が蘇る。一週間経ったら、世界の仕組みを教えてあげる。ミマは確かにそう言った。けれどこの一週間、そして今日の散々な討伐を経てもまだ、俺自身はその仕組みとやらにまったく心当たりがないままだ。
 答えを返せない俺に向けて、ミマはまた深く息を吐いた。それから道端に積まれた木箱の上に、どっかりと足を組んで座り込む。

「お前、転生者だろ」
「は!?」
「確信を得るまで一週間も好きに遊ばせてやったんだ。感謝しろよ」

 いきなりの豹変、いきなりのお前呼びなんて吹き飛ぶほどの衝撃発言。一瞬で全身から汗が吹き出る。どうしよう、隠した方がいいのか、いやでも多分もう完璧バレた。動揺で視線が定まらない俺を、ミマはひどく冷たい目で見つめている。

「ねえ、チュー君。変だと思わなかったのかな」
「へ、変?」

 耳元で揺れる真珠のピアスを、指先で弄びながらミマは言う。

「僕と君の格差とか。僕が溢れんばかりに持ってるジュエネルを、君はひとかけたりとも持っていないこととか。同じ灯士であるはずの僕だけが、顔も服もこんなにキラキラで可愛いこととか」
「そ、れは……だって、お前も恋愛対象だからじゃ……ねえの?」
「恋愛対象?」

 ミマは心底馬鹿にしたように、はん、と鼻息を吹き出した。

「まあ、お前がNPCだったら、僕のハーレムに入れてやるって手もなくはなかったけどな。でも嫌だろ? 同じ転生者の、どこの馬の骨とも知れないキモオタニワカ野郎を、僕の騎士様ハーレムに紛れ込ませるなんて」
「同じ転生者……って、じゃあお前、まさかっ!?」
「気づくの、おっそ」

 愕然として立ち尽くす。今まで考えもしてなかった。自分と同じ転生者が、この世界にもう一人存在しているなんて。しかもそれが、最初に俺に優しくしてくれたミマだったなんて。

「ああ、でも、『同じ』じゃないな。僕とお前には決定的な違いがある。その違いがすなわちそのまま、お前が僕に死んでも勝てない理由だ」
「な、なんだよ、それ」
「……宝石騎士ってゲームには、残念ながら欠点があってね」

 悲しげに眉を寄せ、首を振るミマの話を、俺はろくに口も動かせないまま聞くしかできない。

主人公じぶんと騎士様たちの他に、主人公の恋路を邪魔するライバルがいるんだ。そいつが騎士様たちと仲良くなればなるほど、騎士様たちの主人公に対する好感度が下がる。もちろん、その逆も然りだけどね」
「え、マジかよ……なんだその仕様は」
「ね、ひどい話でしょう? 黎明期の恋愛ゲーならともかく、リアルマネーで好感度を買う課金制ソシャゲでこれはないよな。ま、あんまり不評だったもんだから、途中でそいつ怪鳥にさらわれて出てこなくなるんだけど」
「それはそれでなんだその仕様は……」

 思わずツッコミを入れた直後、ハッと気づく。

「ま、まさか。その主人公とライバルって」
「ようやくわかってくれた? ふふっ♡」

 驚愕に目を見開く俺に、悪意たっぷりの「ふふっ♡」を返して、ミマは木箱の上にすっくと立ち上がった。

「そう。主人公は僕。僕が主人公だ。この物語の主人公はお前じゃなくてこの僕、デフォ名クリスタル改め、珠真ミマ=クリアブライト様だ!!」
「ほげっ」

 思わず漏らした汚い声に、ミマはますます調子に乗ってびしりと指を突きつける。

「そしてこの僕……僕様の、宝石騎士への総課金額は約800万円!! その額に見合うジュエネル資産が、僕の手中には収められているんだよ!!」
「ほげええええぇ!!!」

 ミマの高らかな宣言に、俺は雷に打たれたようにその場に崩れ落ちた。
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