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2・俺の名前はJIS第2水準
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「……思い、出した」
視線の先はイケメンどもに向けたまま、小声でそう呟いた。たぶん、恐らく、あのとき俺は死んだ。持病みたいなもんはなかったけれど、心当たりはないとは言えない。元々不摂生な生活を送っていたところに、溜まった疲れとストレスが火を噴いたのだ。心臓の一つや二つ爆発しても不思議はない。
27年かぁ。短いと言えば短いけれど、じゃあ心残りはと聞かれてもこれと言って思い当たることもない。寂しい人生だった。俺の葬式、誰が出すんだろ。母ちゃんが知ったらさすがに泣くだろうか。知るすべもないと思うけど。
しかし実際問題、今の俺は確かに二本の足でこの地に立っている。周りの何をどう見ても、少なくとも日本国内に存在するとは思えないこの場所に、だ。試しに頬をつねってみてもちゃんと痛くて、どうやら夢じゃないことは確定だ。
ひょっとして、これはあれか。世に聞く異世界転生ってやつか。マジか。トラックに轢かれなくてもイケるのか。もしそうだとしたら生涯最高のラッキーではあるのだが、しかし、問題が一つある。イケメンどもの顔、いやどっちかって言うとそのキラキラした髪の色に、非常に見覚えがあるのだ。
そのことに思い至った瞬間、俺の耳元で、死ぬ寸前に聞いた声が蘇る。
『宝石の騎士と、七つの耀燈』
がくりと膝から崩れ落ちた。魂の奥底からの叫びが、口をついて飛び出した。
「なんでジュエぷりの世界じゃねえんだよ……っ!!」
イケメンどもがいっせいにこちらを振り向いた。が、今の俺はそんなことに構っちゃいられない。ちくしょう、なんで、なんで最後の瞬間に起動してたのが、ジュエぷりじゃなくてよく知りもしないBLゲームだったんだ! もしかしたらワンチャン今ごろダイアちゃんやルヴィアちゃんたちに囲まれて、二度目の人生はハーレムソシャゲで! ってな楽園が始まってたかもしれないのに! バカバカバカ、俺のバカ! 俺と、コラボを決めた運営のバカ!!
「どうしたんだ、あいつは? ひょっとして気分でも悪いのか?」
「いえ、なんか……よくわかんないこと言いながら、床叩いてるみたいですけど……」
「えぇ、なになに? 死ぬの? 死ぬの?」
「アメティスタ。人間はそう簡単には死ねないですよ」
両手両足を地に着いて悲嘆にくれる俺を見下ろしながら、イケメンどもが何ごとかを囁き合っている。知ったこっちゃねえ! え、っていうか待って、俺のジュエぷりのデータどうなんの? この世界スマホあんの? 3DMVがゴリゴリ動く6コア以上のスマホはあんの!?
「……い。おい、お前!」
投げかけられた声に、ハッと我に返った。
慌てて顔を上げ、正面を見据える。声の主はイケメンどもの一番奥、少し高くなった場所におわしているようだ。玉座の前にカーテンがかかっていて、上半身のあたりまでが隠れている。組まれたやたら長い脚と、肘掛けについた肘だけがかろうじて見えた。平安貴族かよ。ずいぶんな態度だな、おい。
「立て。宣誓の儀を始める」
「せ、センセイのギ?」
聞き慣れない言葉に首をかしげながら立ち上がる。玉座の誰かは軽くため息をついてから、俺を飛び越えた後ろに向かって声を投げかけた。
「まずはお前からだ。自らの名を告げよ」
「はいっ」
明るくはきはきした返事は、俺の背後から聞こえた。驚いて振り返る。俺より少し背の低い少年が、物怖じした様子もなしに歩み出る。こんなやつもいたのか。タイトル画面では見なかった気がするけど。って言うか、こいつもこいつでキラキラしすぎじゃない? 薄桃色の髪の毛に、アイドルめいたかわいらしい顔立ち。ちょっと学生服っぽいブレザーのジャケットには、白やらピンクやらの真珠があちこちに縫い留められている。今更だけど、俺浮いてない? 自分の格好が恥ずかしくなってきた。
「僕の名前はミマと言います。天と殿下より授かりし灯士の使命、これから誠心誠意努めさせていただきますっ」
「ああ。その名で間違いはないな」
「はいっ」
少年が可愛らしく両手で握りこぶしを作る。瞬間、彼の頭上にパッと半透明の文字が浮かんだ。『ミマ=クリアブライト』。おお、なんだこれ、名前出んのか。便利だな。カタカナ名前覚えらんない病の俺には助かる機能だ。
「それでは、水晶の加護を持つ者、ミマ=クリアブライトよ。お前の働きに期待しているぞ」
「頑張ります! ふふっ♡」
ふふっ♡、かぁ。ちょっとあざとすぎねえかと突っつきたくなるような仕草だが、似合ってるから許されるんだろうな。なんて、ぼけっと眺めている俺に、ミマがちらりと視線を投げた。ん? なんか意味深な表情。気のせいか?
「おい。おい、お前」
「……え? あ、俺?」
「他に誰がいる。お前の名を告げる番だ」
玉座の誰か、っていうかこいつが多分殿下とやらなんだろうが、ともかくそいつは苛立ったように脚を組み直す。あー、わかった、要するにこれ名前入力だな?
「えーっと、名前、名前ね。俺の名前は、鍮太郎、です」
「間違いはないな」
「うん。はい」
「そうか」
集まる注目にどぎまぎしながら答えると、殿下(仮)は偉そうに頷いた。
「それでは、黄銅の加護を持つ者、チュー太郎=ブラスワークスよ。お前の」
「待て待て待て待て」
自分の名前が表示された瞬間、思わず赤じゅうたんの上を一歩踏み出す。アンバランスすぎる字面も大概だが、それより何より。
「おかしいだろってかおかしいと思えよ!! なにチュー太郎って、俺鍮太郎っつったじゃん!?」
「ちゅ……なんだって?」
「鍮!! 真鍮のチュウ! カネへんにえーっとなんか、なんかサザエさんが飛び込んだ家みたいな奴で、鍮!!」
「悪いがそんな文字、この世界には存在しないな」
「はぁ!?」
んなわけあるか、と言い返そうとして、はたと気づいた。そうか、ここはゲームの世界。漢字自体は使えるみたいだが鍮の文字がないという、この状況に俺は覚えがあった。つまり。
「フォントが……無いのかっ……!」
うめいて天を仰いだ。そう、真鍮の鍮の字は常用漢字外、すべての環境で表示できるとは限らない。それでも最近のゲームなら大抵の場合は問題なく表示できるはずだが、あの運営のことだ、どうせケチってフリーフォントでも使ってやがるんだろう。っていうかそれならそれで標準フォントで表示すりゃいいじゃん、文字ごと存在を抹消するってどういうことだよ。GHQか。
「……ともかく、チュー太郎=ブラスワークスよ。お前も黄銅の加護に恥じぬよう、精一杯使命に努めるように」
「へいへい……」
どうやら今さら泣いても笑っても、俺の名前はもはやチュー太郎で決定してしまったらしい。確認は連打で飛ばしてはいけない、これ教訓。俺がRPGの村人になったらこれ言おう。
それにしても、黄銅の加護ってのもなんなんだよ。俺だけ金属ってなんで? ゲームの設定にまでお前浮いてんぞって言われてる? 転生してもこんな扱いされんのかよ。悲しくなってきた。
視線の先はイケメンどもに向けたまま、小声でそう呟いた。たぶん、恐らく、あのとき俺は死んだ。持病みたいなもんはなかったけれど、心当たりはないとは言えない。元々不摂生な生活を送っていたところに、溜まった疲れとストレスが火を噴いたのだ。心臓の一つや二つ爆発しても不思議はない。
27年かぁ。短いと言えば短いけれど、じゃあ心残りはと聞かれてもこれと言って思い当たることもない。寂しい人生だった。俺の葬式、誰が出すんだろ。母ちゃんが知ったらさすがに泣くだろうか。知るすべもないと思うけど。
しかし実際問題、今の俺は確かに二本の足でこの地に立っている。周りの何をどう見ても、少なくとも日本国内に存在するとは思えないこの場所に、だ。試しに頬をつねってみてもちゃんと痛くて、どうやら夢じゃないことは確定だ。
ひょっとして、これはあれか。世に聞く異世界転生ってやつか。マジか。トラックに轢かれなくてもイケるのか。もしそうだとしたら生涯最高のラッキーではあるのだが、しかし、問題が一つある。イケメンどもの顔、いやどっちかって言うとそのキラキラした髪の色に、非常に見覚えがあるのだ。
そのことに思い至った瞬間、俺の耳元で、死ぬ寸前に聞いた声が蘇る。
『宝石の騎士と、七つの耀燈』
がくりと膝から崩れ落ちた。魂の奥底からの叫びが、口をついて飛び出した。
「なんでジュエぷりの世界じゃねえんだよ……っ!!」
イケメンどもがいっせいにこちらを振り向いた。が、今の俺はそんなことに構っちゃいられない。ちくしょう、なんで、なんで最後の瞬間に起動してたのが、ジュエぷりじゃなくてよく知りもしないBLゲームだったんだ! もしかしたらワンチャン今ごろダイアちゃんやルヴィアちゃんたちに囲まれて、二度目の人生はハーレムソシャゲで! ってな楽園が始まってたかもしれないのに! バカバカバカ、俺のバカ! 俺と、コラボを決めた運営のバカ!!
「どうしたんだ、あいつは? ひょっとして気分でも悪いのか?」
「いえ、なんか……よくわかんないこと言いながら、床叩いてるみたいですけど……」
「えぇ、なになに? 死ぬの? 死ぬの?」
「アメティスタ。人間はそう簡単には死ねないですよ」
両手両足を地に着いて悲嘆にくれる俺を見下ろしながら、イケメンどもが何ごとかを囁き合っている。知ったこっちゃねえ! え、っていうか待って、俺のジュエぷりのデータどうなんの? この世界スマホあんの? 3DMVがゴリゴリ動く6コア以上のスマホはあんの!?
「……い。おい、お前!」
投げかけられた声に、ハッと我に返った。
慌てて顔を上げ、正面を見据える。声の主はイケメンどもの一番奥、少し高くなった場所におわしているようだ。玉座の前にカーテンがかかっていて、上半身のあたりまでが隠れている。組まれたやたら長い脚と、肘掛けについた肘だけがかろうじて見えた。平安貴族かよ。ずいぶんな態度だな、おい。
「立て。宣誓の儀を始める」
「せ、センセイのギ?」
聞き慣れない言葉に首をかしげながら立ち上がる。玉座の誰かは軽くため息をついてから、俺を飛び越えた後ろに向かって声を投げかけた。
「まずはお前からだ。自らの名を告げよ」
「はいっ」
明るくはきはきした返事は、俺の背後から聞こえた。驚いて振り返る。俺より少し背の低い少年が、物怖じした様子もなしに歩み出る。こんなやつもいたのか。タイトル画面では見なかった気がするけど。って言うか、こいつもこいつでキラキラしすぎじゃない? 薄桃色の髪の毛に、アイドルめいたかわいらしい顔立ち。ちょっと学生服っぽいブレザーのジャケットには、白やらピンクやらの真珠があちこちに縫い留められている。今更だけど、俺浮いてない? 自分の格好が恥ずかしくなってきた。
「僕の名前はミマと言います。天と殿下より授かりし灯士の使命、これから誠心誠意努めさせていただきますっ」
「ああ。その名で間違いはないな」
「はいっ」
少年が可愛らしく両手で握りこぶしを作る。瞬間、彼の頭上にパッと半透明の文字が浮かんだ。『ミマ=クリアブライト』。おお、なんだこれ、名前出んのか。便利だな。カタカナ名前覚えらんない病の俺には助かる機能だ。
「それでは、水晶の加護を持つ者、ミマ=クリアブライトよ。お前の働きに期待しているぞ」
「頑張ります! ふふっ♡」
ふふっ♡、かぁ。ちょっとあざとすぎねえかと突っつきたくなるような仕草だが、似合ってるから許されるんだろうな。なんて、ぼけっと眺めている俺に、ミマがちらりと視線を投げた。ん? なんか意味深な表情。気のせいか?
「おい。おい、お前」
「……え? あ、俺?」
「他に誰がいる。お前の名を告げる番だ」
玉座の誰か、っていうかこいつが多分殿下とやらなんだろうが、ともかくそいつは苛立ったように脚を組み直す。あー、わかった、要するにこれ名前入力だな?
「えーっと、名前、名前ね。俺の名前は、鍮太郎、です」
「間違いはないな」
「うん。はい」
「そうか」
集まる注目にどぎまぎしながら答えると、殿下(仮)は偉そうに頷いた。
「それでは、黄銅の加護を持つ者、チュー太郎=ブラスワークスよ。お前の」
「待て待て待て待て」
自分の名前が表示された瞬間、思わず赤じゅうたんの上を一歩踏み出す。アンバランスすぎる字面も大概だが、それより何より。
「おかしいだろってかおかしいと思えよ!! なにチュー太郎って、俺鍮太郎っつったじゃん!?」
「ちゅ……なんだって?」
「鍮!! 真鍮のチュウ! カネへんにえーっとなんか、なんかサザエさんが飛び込んだ家みたいな奴で、鍮!!」
「悪いがそんな文字、この世界には存在しないな」
「はぁ!?」
んなわけあるか、と言い返そうとして、はたと気づいた。そうか、ここはゲームの世界。漢字自体は使えるみたいだが鍮の文字がないという、この状況に俺は覚えがあった。つまり。
「フォントが……無いのかっ……!」
うめいて天を仰いだ。そう、真鍮の鍮の字は常用漢字外、すべての環境で表示できるとは限らない。それでも最近のゲームなら大抵の場合は問題なく表示できるはずだが、あの運営のことだ、どうせケチってフリーフォントでも使ってやがるんだろう。っていうかそれならそれで標準フォントで表示すりゃいいじゃん、文字ごと存在を抹消するってどういうことだよ。GHQか。
「……ともかく、チュー太郎=ブラスワークスよ。お前も黄銅の加護に恥じぬよう、精一杯使命に努めるように」
「へいへい……」
どうやら今さら泣いても笑っても、俺の名前はもはやチュー太郎で決定してしまったらしい。確認は連打で飛ばしてはいけない、これ教訓。俺がRPGの村人になったらこれ言おう。
それにしても、黄銅の加護ってのもなんなんだよ。俺だけ金属ってなんで? ゲームの設定にまでお前浮いてんぞって言われてる? 転生してもこんな扱いされんのかよ。悲しくなってきた。
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